第127話 悪役令嬢、未来の王太子妃として初めて公務へ出ます
数日後。
私は人生でもかなり上位に入る緊張をしていた。
「……帰りたいです」
小さく呟く。
「却下です」
エマが即答した。
最近、本当に容赦がない。
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今日は、未来の王太子妃として初めて正式な公務へ出る日だった。
行き先は、王都西地区の福祉施設。
孤児院や炊き出し支援とも関わりが深い場所らしい。
「王妃様は?」
「先に向かわれています」
逃げ道が消えた。
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馬車へ乗り込む。
向かいには、アルフレッド。
いつも通り落ち着いている。
悔しい。
「そんなに緊張することか」
「します」
即答だった。
「今日は“未来の王太子妃”として見られるんですよ!?」
「今さらだな」
「今さらじゃありません」
私は思わず顔を覆いたくなる。
すると。
「アメリア」
低い声。
顔を上げる。
「お前は、いつも通りでいい」
その一言だけで、少しだけ肩の力が抜けた。
ずるい。
本当にずるい。
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到着。
施設前には、既に多くの人が集まっていた。
子どもたち。
使用人。
施設職員。
そして、視察へ同行する貴族たち。
空気が少し張る。
「王太子殿下だ」
「隣の方が……」
「未来の王太子妃様……?」
視線が集まる。
胸がどきどきする。
だが。
「行くぞ」
アルフレッドが自然に歩き出した。
私は小さく息を吸い、その隣へ並ぶ。
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施設内へ入る。
最初は視察だけの予定だった。
だが。
「とても温かい食事ですね」
私は並べられた料理を見ながら、小さく微笑んだ。
「子どもたち、きっと喜んでいると思います」
施設長が少しほっとしたように笑う。
「ありがとうございます」
私はパンを手に取り、少しだけ考えた。
「……小さい子には、もう少し柔らかいものもあると食べやすいかもしれません」
「あと、温かい飲み物が増えると、冬場はもっと安心できそうです」
静かな声。
提案するように。
寄り添うように。
施設長は目を見開いた。
「……そこまで見ておられるとは」
「厨房にいたので」
自然と答える。
「食べる時の表情は、分かりやすいんです」
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その時だった。
小さな女の子が、そっと私の服を引っ張った。
「おねえちゃん」
「はい?」
「パン、あったかいの好き」
小さな声。
私は思わず笑ってしまう。
「そうですよね」
女の子も嬉しそうに笑った。
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少し離れた場所。
同行していた年配貴族たちが、小声で話していた。
「……なるほど」
「ただの噂ではなかったか」
「殿下が選ばれた理由が分かる」
私は聞こえないふりをした。
でも。
胸の奥が、少しだけ熱かった。
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視察が終わる頃には、私はかなり疲れていた。
「……緊張しました」
馬車へ戻り、小さく息を吐く。
すると。
「そうは見えなかった」
アルフレッドが静かに言った。
「え?」
「堂々としていた」
低い声。
真っ直ぐな視線。
「十分だった」
その言葉に、胸がどくりと跳ねる。
「……褒めても何も出ません」
「別に期待していない」
即答だった。
だが。
ほんの少しだけ。
口元が緩んでいる。
珍しい。
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王宮へ戻る途中。
夕陽が窓から差し込んでいた。
私はその光を見つめながら、小さく息を吐く。
(……少しだけ)
怖くなくなった気がする。
未来の王太子妃。
その立場が。
すると。
隣から低い声。
「アメリア」
「はい」
「今日のお前は」
一拍。
「私の自慢だった」
心臓が止まりかけた。
「っ……!」
私は一気に顔が熱くなる。
「きゅ、急にそういうことを言わないでください!」
「思ったことを言っただけだ」
またその無自覚なストレートだ。
前はそれで誤魔化されていたけれど、これからは公務に出るたびに、こんな甘い言葉を真顔で言われるのだろうか。
私の心臓がもたない。
本当にずるい人である。
アルフレッドは少しだけ目を細める。
その横顔は、どこか穏やかだった。
こうして悪役令嬢は――
未来の王太子妃として、初めて“公務”という一歩を踏み出すのだった。




