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悪役令嬢ですが、王宮厨房から王太子妃になりました  作者: 星乃茶々


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121/160

第121話 悪役令嬢、王太子へ愛妻弁当を届けます

翌朝。


私はいつもより少し早く厨房へ入っていた。


「……よし」


静かな厨房。


まだ見習いたちも来ていない時間。


私は小さく息を吐きながら、食材を並べていく。


ご飯。


卵。


鮭。


ほうれん草。


鶏肉。


そして、小さめの水筒。


(今日は忙しいって言っていたから)


昨日。


久しぶりにちゃんと眠れたアルフレッドの顔を思い出す。


少しだけ穏やかだった。


だからこそ。


今日は、ちゃんと食べてほしい。


「……お弁当くらいなら、いいですよね」


誰に言い訳しているのか分からないまま、私は卵を割った。


---


まずは卵焼き。


卵へ、だし汁、砂糖、塩を少し加え、丁寧に混ぜる。


温めた卵焼き器へ卵液を流すと、じゅわっと優しい音が広がった。


半熟状になったところで奥から手前へ巻いていく。


そこへ再び卵液を流し込み、何度か繰り返しながら焼き上げる。


ふわりと膨らんだ卵焼きから、優しいだしの香りが立ち上った。


次は塩鮭。


焼きすぎないよう注意しながら、香ばしく火を通す。


「冷めても固くならないように……」


小さく呟きながら、骨を丁寧に外していく。


ほうれん草は軽く茹でて胡麻和えに。


鶏肉は小さめに切り、甘辛く照り焼きにした。


最後に、おにぎり。


今日は食べやすいよう、小さめに握る。


梅。


鮭。


昆布。


三種類。


「……これくらいなら」


私は小さく笑った。


気づけば、かなり“お弁当らしい”ものになっている。


---


「朝から何をしているんですか?」


後ろから声が落ちた。


「ひゃっ!?」


振り向くと、料理長がにやりと笑って並んだおかずを見ていた。


嫌な予感しかしない。


「殿下用か。――愛妻弁当ってやつだな?」


「な、なんですかその恥ずかしい単語は! まだ結婚してません!」


「時間の問題だろ」


否定できないのが、もの凄く悔しい。


---


朝食会場。


私は少しだけ緊張しながら包みを抱えていた。


(落ち着いてください)


ただのお弁当。


そう、ただのお弁当だ。


その時。


「おはようございます」


アルフレッドが会場へ入ってきた。


昨日より顔色が良い。


私は少しだけ安心する。


「おはよう、アメリアさん」


王妃様が微笑む。


ルシアンはパンを頬張りながら手を振っていた。


「おはよー」


私は小さく息を吸い――


そして。


「殿下」


包みを差し出した。


アルフレッドが視線を落とす。


「……何だ」


「お昼です」


「昼?」


「今日は長時間の会議があると聞きましたので」


一瞬。


会場が静かになった。


ルシアンの口が止まる。


王妃様の目が輝いた。


国王陛下は静かに紅茶を飲んでいる。


アルフレッドは包みを見つめたまま、数秒黙る。


「……作ったのか」


「はい」


「いつ」


「今朝です」


再び沈黙。


そして。


「……そうか」


その声は、少しだけ柔らかかった。


「あ、あと……」


私は慌てて小さな水筒を差し出す。


「温かいほうじ茶です」


「会議中、喉が乾くと思って」


ルシアンが吹き出した。


「完全に奥さん!」


「ルシアン!」


「だって兄上、今めちゃくちゃ嬉しそう!」


アルフレッドが静かに弟を見る。


「黙れ」


だが否定はしなかった。


王妃様は扇子で口元を隠して震えている。


「まあまあ……!」


国王陛下まで苦笑していた。


「仲が良いな」


私は顔が熱くなる。


アルフレッドは静かに包みを受け取り――


そして、小さく言った。


「……ちゃんと食べる」


胸が、少しだけ熱くなった。


---


その日の昼。


重臣たちとの長時間会議。


「こちらの資料ですが――」


「南部の流通経路を――」


空気は重い。


誰もが疲れ始めていた。


その時。


ことり。


アルフレッドが包みを机へ置いた。


重臣たちが止まる。


「……殿下?」


「昼食だ」


「い、今ですか?」


「食えと言われた。……残すと、次がない」


真顔だった。


重臣たちは(あ、アメリア様のお弁当か……)と察し、誰もそれ以上追及できなかった。


アルフレッドは包みを開く。


綺麗に並んだおかず。


小さめのおにぎり。


ふわりと漂う、だし巻き卵の香り。


そして。


ほうじ茶の香りが、静かに広がった。


室内の空気が、少しだけ緩む。


「……良い香りですね」


若い文官が思わず呟く。


アルフレッドは卵焼きを一口食べ――


そして小さく息を吐いた。


「……美味い」


疲れていた頭へ、優しい味が落ちていく。


カイルが壁際で小さく笑った。


「殿下、機嫌が良いですね」


「普通だ」


即答だった。


だが。


いつもより空気が柔らかいのは、誰の目にも明らかだった。


---


夕方。


私は厨房で片付けをしていた。


その時。


「アメリア様」


エマが小さな包みを差し出した。


「殿下よりです」


「え?」


受け取る。


中には、空になったお弁当箱。


綺麗に全部食べられていた。


そして。


小さな紙が一枚。


『全部食べた』


短い。


ものすごく短い。


でも。


思わず笑ってしまうくらい、アルフレッドらしかった。


胸の奥が、じんわり温かくなる。


「……よかった」


小さく呟く。


するとエマが静かに目を細めた。


「殿下、本当に嬉しそうでした」


「エマ」


「特に卵焼きが」


「そこまで聞いてません」


顔が熱い。


エマはほんの少しだけ笑った。


私は空になったお弁当箱をそっと抱える。


その重さが、なんだか少しだけ嬉しかった。


こうして悪役令嬢は――


王太子の日常を、少しずつ温かなもので満たしていくのだった。

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