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悪役令嬢ですが、王宮厨房から王太子妃になりました  作者: 星乃茶々


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第119話 悪役令嬢、王太子を支えます

朝から、王宮の空気は慌ただしかった。


「西側資料室へ急げ!」


「交易記録を持って来い!」


廊下を、文官たちが次々と駆けていく。


私は厨房でその様子を見ながら、小さく息を吐いた。


「……まだ続いているんですね」


料理長が腕を組む。


「朝からずっとだ」


「隣国との交易問題らしい」


使用人の一人が小声で言った。


「条件次第で、かなり利益が変わるとか」


私は思わず手を止める。


(……そんな大事な話を)


アルフレッドが。


朝からずっと。


当然みたいに背負っている。


その時だった。


廊下の向こうから、また慌ただしい声が響いた。


「追加資料を!」


「西側の関税記録、至急です!」


若い文官が、書類を抱えたまま走っていく。


顔には疲れが滲んでいた。


(……食べていない)


ふと、そう思った。


朝からずっと会議なら、きっと誰もまともに休んでいない。


私は少し考えて――顔を上げる。


「料理長」


「ん?」


「軽く食べられるものを作ってもいいですか?」


料理長がにやりと笑った。


「好きにしろ」


---


私は炊き上がったご飯を木桶へ移す。


湯気がふわりと立ち上った。


「今日はおにぎりにします」


見習いたちが顔を上げる。


「おにぎりですか?」


「はい」


私は手を洗い、軽く塩を指先へつけた。


「長時間の会議だと、重いものは逆に疲れますから」


温かいご飯を手に取る。


ふわりと握る。


具は鮭と梅、昆布。


塩気は少し控えめにした。


「疲れている時は、味が濃すぎない方が食べやすいんです」


見習いたちが真剣に頷く。


私は次々と握っていった。


形は少し丸め。


急いで食べても崩れにくいように。


その横では、エマが静かに温かいほうじ茶を準備している。


「香りの強すぎないお茶の方が集中を切り替えやすいので」


「さすがエマです」


「アメリア様の受け売りです」


少しだけ目を細める。


私は思わず笑ってしまった。


---


しばらくして。


私はおにぎりとお茶を乗せた盆を持ち、執務室へ向かった。


廊下は慌ただしい。


文官たちが資料を抱えて行き交う。


その空気だけで、どれだけ大変な状況か分かった。


執務室の前には護衛騎士。


「アメリア様」


「軽食をお持ちしました」


護衛騎士が静かに扉を開ける。


中へ入った瞬間。


張り詰めた空気が肌へ刺さった。


山積みの書類。


真剣な表情の重臣たち。


そして――中央にはアルフレッド。


鋭い視線で資料を見つめていた。


その奥には、国王陛下の姿もある。


「失礼いたします」


私が静かに頭を下げると、数人の重臣が驚いた顔をした。


どうやら、軽食が来るとは思っていなかったらしい。


国王陛下がふっと笑う。


「アメリアさんか」


「はい」


「良いところへ来たな」


その声は穏やかだった。


アルフレッドがこちらを見る。


先ほどまで鋭かった空気が、ほんの少しだけ柔らかくなる。


「……来たか」


低い声。


でも、少しだけ疲れているのが分かった。


私は盆を机へ置く。


「長時間の会議ですので」


「軽く食べられるものをお持ちしました」


重臣たちが目を瞬かせる。


そこに並んでいたのは――


湯気の立つおにぎり。


そして温かなほうじ茶だった。


「ほう……」


年配の重臣が思わず声を漏らす。


国王陛下は楽しそうに笑った。


「これはありがたい」


「朝から誰も休んでおらんからな」


するとアルフレッドが当然のように一つ取る。


「……温かいな」


「冷めても食べやすいようにしています」


私は静かに答えた。


アルフレッドは一口食べ――


小さく息を吐いた。


「……美味い」


その瞬間。


なぜか執務室の空気が少し緩んだ。


重臣の一人が遠慮がちに手を伸ばす。


「では、私も……」


一口。


そして。


「……これは良い」


別の重臣も続く。


「塩加減がちょうどいいな」


「胃に重くない」


「温かいお茶も助かる……」


ぽつぽつと声が漏れ始める。


張り詰めていた空気が、少しずつほどけていった。


私は小さく息を吐く。


(……よかった)


その時だった。


国王陛下が、おにぎりを手にしたまま笑う。


「アメリアさんは、人を休ませるのが上手いな」


私は少しだけ目を見開いた。


「……料理人ですから」


自然とそう答えていた。


国王陛下は静かに頷く。


「それが簡単ではないのだ」


その言葉に、胸が少し熱くなる。


すると。


「父上」


アルフレッドが低く言う。


「話が逸れている」


「そうだったな」


国王陛下が苦笑する。


だがその空気は、先ほどまでよりずっと柔らかかった。


重臣たちの表情にも、少し余裕が戻っている。


アルフレッドはお茶を一口飲み、再び資料へ視線を戻した。


「続けるぞ」


低い声。


だが先ほどより、少しだけ穏やかだった。


重臣たちも頷く。


「はい」


「次の資料を」


空気が動き出す。


けれど今度は、どこか落ち着いていた。


私はその様子を静かに見つめる。


疲れていても。


重圧があっても。


前を向き続ける人たち。


その中心にいるアルフレッドは、やはり誰より頼もしかった。


その時。


アルフレッドが、ふとこちらを見る。


「アメリア」


「はい」


「助かった」


短い言葉。


でも。


その声は、驚くほど優しかった。


胸が、少し熱くなる。


私は小さく笑った。


「……頑張ってください、殿下」


すると。


アルフレッドがほんの少しだけ目を細める。


「当然だ」


その一言に。


なぜか、とても安心した。


こうして悪役令嬢は――


王太子として国を支えるアルフレッドを、静かに支えていくのだった。

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