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悪役令嬢ですが、王宮厨房から王太子妃になりました  作者: 星乃茶々


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117/160

第117話 悪役令嬢、王宮で慕われ始めます

翌朝。


私はいつものように厨房へ向かっていた。


王宮の廊下は、朝の静かな空気に包まれている。


窓から差し込む光が、白い床へやわらかく広がっていた。


その時。


「アメリア様、おはようございます!」


明るい声が飛んでくる。


振り向けば、若い侍女がぺこりと頭を下げていた。


「お、おはようございます」


私は少し驚きながら挨拶を返す。


以前より、明らかに声を掛けられる回数が増えていた。


しかも。


皆、どこか嬉しそうなのだ。


(……なぜでしょう)


不思議に思いながら歩いていると、


今度は廊下の向こうから、年配の使用人が笑顔で会釈してきた。


「孤児院のお話、聞きましたよ」


「え?」


「子どもたち、たいそう喜んでいたそうですねぇ」


「厚焼き卵サンド、とても美味しかったとか」


広がっている。


ものすごく広がっている。


私は思わず立ち止まった。


「なぜ皆さんご存知なんですか……?」


すると使用人は、少し不思議そうに笑った。


「良い話は広がるものですよ」


その言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなる。


---


厨房へ入ると、いつも通り活気に満ちていた。


「おはようございます!」


「アメリア様、おはようございます!」


声が重なる。


私は少しだけ笑って頭を下げた。


「おはようございます」


すると。


見習いの少女が、そわそわしながら近づいてくる。


「あ、あの!」


「はい?」


「厚焼き卵サンド、私も作ってみました!」


「え?」


思わず目を瞬かせる。


少女は嬉しそうに続けた。


「弟がすごく喜んでくれて……!」


その顔が、本当に嬉しそうで。


私は自然と頬が緩んだ。


「良かったです」


「はい!」


その時。


料理長が腕を組みながら口を開く。


「最近、“王宮の卵サンド”って呼ばれてるらしいぞ」


「やめてください」


即答だった。


「まだ正式な料理でも何でもありません」


「でも人気なんだろ?」


「それは……」


否定できない。


料理長はにやりと笑う。


「いいことじゃねぇか」


その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。


---


その日の昼前。


私はエマと一緒に、食材庫の確認をしていた。


「最近、卵の消費が増えております」


エマが淡々と記録を確認する。


「やっぱりですか」


「はい。厨房の者たちが、各自で試しているようです」


完全に広がっている。


私は思わず額を押さえた。


「……恥ずかしいですね」


すると。


エマが珍しく、ほんの少しだけ目を細めた。


「皆、アメリア様がお好きなんです」


一瞬。


言葉が止まる。


「え……?」


エマは静かな声で続ける。


「料理だけではありません」


「周囲をよく見ておられますし、誰に対しても態度を変えません」


「厨房の者たちは、それをよく分かっています」


胸の奥が、じんわりと温かくなる。


私は少し困ったように笑った。


「……そんな大したことは」


「あります」


即答だった。


エマらしい。


私は思わず吹き出してしまう。


---


その時だった。


「随分と賑やかだな」


低い声。


振り向く。


アルフレッドだった。


「殿下」


彼はそのまま自然にこちらへ歩いてくる。


そして当然のように、私の隣へ立った。


「何を話していた」


「厚焼き卵サンドの話です」


「そうか」


短い返事。


だが。


「また作る予定はあるか」


その一言で、エマがほんの少しだけ視線を逸らした。


絶対笑っている。


「……殿下も気に入っているんですね」


思わず言うと。


アルフレッドは平然としていた。


「美味いからな」


即答だった。


悔しいくらい自然である。


「兄上!」


そこへ、元気な声が飛び込んできた。


ルシアンだった。


「聞いたよ! また卵サンド作ったんでしょ!?」


「まだ作ってません」


「えー!」


ルシアンは本気で残念そうだった。


「僕も食べたい!」


「前回も食べていたでしょう」


「また食べたいの!」


子どもみたいである。


すると。


アルフレッドが静かに口を開いた。


「順番だ」


「何の!?」


「私が先だ」


「兄上ずるい!」


厨房に笑いが広がる。


平和だった。


---


その時。


厨房入口の方から、ひそひそ声が聞こえた。


私は何気なくそちらを見る。


若い侍女たちだった。


「やっぱり素敵……」


「殿下、最近すごく雰囲気柔らかいよね」


「アメリア様といる時、全然違う……」


聞こえている。


全部聞こえている。


私は一気に顔が熱くなった。


「な、何でもありません!」


思わず言うと、


侍女たちが慌てて散っていく。


ルシアンが吹き出した。


「義姉上、真っ赤」


「誰が義姉上ですか!」


「でももう王宮公認だよね?」


「うるさいです!」


すると。


アルフレッドが小さく息を漏らした。


……笑っている。


珍しい。


私は思わず彼を見る。


アルフレッドは少しだけ口元を緩めたまま言った。


「慣れろ」


「無理です!」


「そのうち慣れる」


「絶対慣れません!」


即答すると、


彼はなぜか少し楽しそうだった。


本当にずるい。


---


その日の帰り道。


私は廊下を歩きながら、小さく息を吐いた。


以前とは違う。


向けられる視線も。


声も。


空気も。


でも――


嫌ではなかった。


その時。


隣を歩いていたアルフレッドが、ふとこちらを見る。


「疲れたか」


「少しだけ」


正直に答える。


すると。


彼の手が、そっと私の頭へ伸びた。


優しく。


よしよしと撫でられる。


「……よくやっている」


低い声。


でも。


とても優しかった。


私は思わず立ち止まる。


「……殿下」


「何だ」


「そういうこと、平然と言うのずるいです」


アルフレッドは少しだけ目を細めた。


「事実だ」


またそれだ。


でも――


胸の奥は、不思議なくらい温かかった。


こうして悪役令嬢は――


少しずつ王宮の中でも慕われながら、自分の居場所を広げていくのだった。

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