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悪役令嬢ですが、王宮厨房から王太子妃になりました  作者: 星乃茶々


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110/160

第110話 悪役令嬢、少しずつ“居場所”を広げていきます

お茶会の翌日。


王宮の空気は、少しだけ違っていた。


「昨日のお茶会、とても素敵でしたわ」


廊下ですれ違った侍女が、嬉しそうに頭を下げる。


「焼き菓子も評判です」


「紅茶が飲みやすかったって、皆さまお話しされていました」


私は思わず足を止めた。


「……ありがとうございます」


なんだか、まだ実感がない。


---


厨房へ入っても、反応は同じだった。


「アメリア様!」


見習いたちが目を輝かせる。


「昨日の柑橘マドレーヌ、すごかったです!」


「追加注文の話まで来てます!」


「王宮の令嬢たちが、“また食べたい”って!」


料理長が腕を組みながら笑う。


「人気者じゃねぇか」


「やめてください……」


私は顔を覆いたくなった。


だが。


嬉しくないわけではない。


---


ただ、その一方で。


「ですが」


小声が聞こえる。


「やはり、少々庶民的では……?」


「王子妃としては珍しいわよね」


(……まあ、そうですよね)


私は静かに息を吐いた。


全部の人に好かれるなんて、最初から思っていない。


でも。


少しだけ、胸は痛む。


---


午後。


私は中庭のベンチへ腰掛けていた。


風が、優しく木々を揺らしている。


「珍しく、暗い顔をしていますね」


落ち着いた声。


顔を上げる。


エレノアだった。


今日は淡い藤色のドレス。


相変わらず綺麗だ。


「……そんな顔していましたか?」


「ええ」


エレノアは自然に隣へ腰掛ける。


以前なら考えられなかった距離感だった。


「何か言われました?」


「少しだけ」


正直に答える。


「やっぱり、“厨房に立つ王子妃”は珍しいみたいです」


すると。


エレノアは静かに紅茶を口へ運び――


「全員に好かれる必要はありません」


はっきりと言った。


私は目を瞬く。


「ですが」


エレノアの視線がこちらへ向く。


「“信頼される”ことはできます」


風が吹く。


その言葉は、不思議なくらい真っ直ぐ胸へ落ちた。


「……信頼」


「昨日のお茶会」


エレノアは続ける。


「緊張していた令嬢たちが、最後には自然に笑っていました」


「それは簡単なことではありません」


私は小さく息を飲む。


「あなたは、“空気”を作れる方です」


その評価が。


思っていた以上に、嬉しかった。


「……ありがとうございます」


小さく言うと。


エレノアは少しだけ目を細めた。


「素直ですね」


「え?」


「もっと否定されるかと思いました」


「否定する余裕がありませんでした」


思わず本音が出る。


すると。


エレノアが、ふっと笑った。


かなり珍しい。


その時だった。


「随分仲がいいな」


低い声。


空気が変わる。


振り向かなくても分かる。


「……殿下」


アルフレッドだった。


彼は当然のようにこちらへ歩いてきて――


当然のように私の隣へ座った。


近い。


「殿下」


エレノアが静かに頭を下げる。


「何を話していた」


「女性同士の会話です」


私が答えると。


アルフレッドは少しだけ眉を寄せた。


「曖昧だな」


「全部聞く必要はありません」


「必要だ」


即答だった。


エレノアが紅茶を置く。


そして。


「……殿下は、本当に分かりやすいですわね」


静かに言った。


空気が止まる。


私は一気に顔が熱くなった。


アルフレッドは真顔だった。


「何のことだ」


「そういうところです」


エレノアは完全に分かっている顔だった。


強い。


---


そこへ。


「兄上ー!」


元気な声が響く。


ルシアンだった。


「うわ、本当に独占してる!」


「していない」


「してるよ!」


ルシアンはけらけら笑う。


「最近、兄上ずっと義姉上の隣いるじゃん!」


「誰が義姉上ですか」


「もう半分くらいそうでしょ?」


理屈が雑だ。


すると。


「そういえば!」


ルシアンが突然思い出したように言った。


「手紙来てたよ!」


「手紙?」


「セシリア嬢から!」


ぱっと空気が変わる。


ルシアンが嬉しそうに封筒を差し出した。


「今朝届いた!」


分かりやすすぎる。


私は思わず笑ってしまう。


封筒には、綺麗な文字。


私はそっと開いた。


---


『お姉様へ』


『先日は本当にありがとうございました』


『王妃教育、私も頑張っています』


『まだ緊張してしまいますが、お姉様を思い出すと頑張れます』


胸が、少しだけ温かくなる。


さらに読み進める。


『それから』


『ルシアン殿下へ、マドレーヌのお礼もお伝えくださいませ』


隣でルシアンが固まった。


早い。


『とても美味しかったです』


『また、お話できる日を楽しみにしております』


ルシアンの顔が真っ赤になる。


「……っ」


「分かりやすいな」


アルフレッドがぼそりと言う。


「兄上うるさい!」


「事実だ」


エレノアまで小さく肩を震わせていた。


珍しい。


私は手紙を胸元へそっと抱く。


(……頑張っているのね)


遠く離れていても。


セシリアも前へ進んでいる。


そう思うと、不思議と力が湧いた。


その時。


「アメリア」


アルフレッドが低く呼ぶ。


「はい?」


「お前もだ」


「……え?」


「ちゃんと、前に進んでいる」


その言葉に。


胸の奥が、静かに熱くなる。


私は小さく笑った。


「……はい」


こうして悪役令嬢は――


少しずつ、自分の“居場所”を広げていくのだった。

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