第110話 悪役令嬢、少しずつ“居場所”を広げていきます
お茶会の翌日。
王宮の空気は、少しだけ違っていた。
「昨日のお茶会、とても素敵でしたわ」
廊下ですれ違った侍女が、嬉しそうに頭を下げる。
「焼き菓子も評判です」
「紅茶が飲みやすかったって、皆さまお話しされていました」
私は思わず足を止めた。
「……ありがとうございます」
なんだか、まだ実感がない。
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厨房へ入っても、反応は同じだった。
「アメリア様!」
見習いたちが目を輝かせる。
「昨日の柑橘マドレーヌ、すごかったです!」
「追加注文の話まで来てます!」
「王宮の令嬢たちが、“また食べたい”って!」
料理長が腕を組みながら笑う。
「人気者じゃねぇか」
「やめてください……」
私は顔を覆いたくなった。
だが。
嬉しくないわけではない。
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ただ、その一方で。
「ですが」
小声が聞こえる。
「やはり、少々庶民的では……?」
「王子妃としては珍しいわよね」
(……まあ、そうですよね)
私は静かに息を吐いた。
全部の人に好かれるなんて、最初から思っていない。
でも。
少しだけ、胸は痛む。
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午後。
私は中庭のベンチへ腰掛けていた。
風が、優しく木々を揺らしている。
「珍しく、暗い顔をしていますね」
落ち着いた声。
顔を上げる。
エレノアだった。
今日は淡い藤色のドレス。
相変わらず綺麗だ。
「……そんな顔していましたか?」
「ええ」
エレノアは自然に隣へ腰掛ける。
以前なら考えられなかった距離感だった。
「何か言われました?」
「少しだけ」
正直に答える。
「やっぱり、“厨房に立つ王子妃”は珍しいみたいです」
すると。
エレノアは静かに紅茶を口へ運び――
「全員に好かれる必要はありません」
はっきりと言った。
私は目を瞬く。
「ですが」
エレノアの視線がこちらへ向く。
「“信頼される”ことはできます」
風が吹く。
その言葉は、不思議なくらい真っ直ぐ胸へ落ちた。
「……信頼」
「昨日のお茶会」
エレノアは続ける。
「緊張していた令嬢たちが、最後には自然に笑っていました」
「それは簡単なことではありません」
私は小さく息を飲む。
「あなたは、“空気”を作れる方です」
その評価が。
思っていた以上に、嬉しかった。
「……ありがとうございます」
小さく言うと。
エレノアは少しだけ目を細めた。
「素直ですね」
「え?」
「もっと否定されるかと思いました」
「否定する余裕がありませんでした」
思わず本音が出る。
すると。
エレノアが、ふっと笑った。
かなり珍しい。
その時だった。
「随分仲がいいな」
低い声。
空気が変わる。
振り向かなくても分かる。
「……殿下」
アルフレッドだった。
彼は当然のようにこちらへ歩いてきて――
当然のように私の隣へ座った。
近い。
「殿下」
エレノアが静かに頭を下げる。
「何を話していた」
「女性同士の会話です」
私が答えると。
アルフレッドは少しだけ眉を寄せた。
「曖昧だな」
「全部聞く必要はありません」
「必要だ」
即答だった。
エレノアが紅茶を置く。
そして。
「……殿下は、本当に分かりやすいですわね」
静かに言った。
空気が止まる。
私は一気に顔が熱くなった。
アルフレッドは真顔だった。
「何のことだ」
「そういうところです」
エレノアは完全に分かっている顔だった。
強い。
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そこへ。
「兄上ー!」
元気な声が響く。
ルシアンだった。
「うわ、本当に独占してる!」
「していない」
「してるよ!」
ルシアンはけらけら笑う。
「最近、兄上ずっと義姉上の隣いるじゃん!」
「誰が義姉上ですか」
「もう半分くらいそうでしょ?」
理屈が雑だ。
すると。
「そういえば!」
ルシアンが突然思い出したように言った。
「手紙来てたよ!」
「手紙?」
「セシリア嬢から!」
ぱっと空気が変わる。
ルシアンが嬉しそうに封筒を差し出した。
「今朝届いた!」
分かりやすすぎる。
私は思わず笑ってしまう。
封筒には、綺麗な文字。
私はそっと開いた。
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『お姉様へ』
『先日は本当にありがとうございました』
『王妃教育、私も頑張っています』
『まだ緊張してしまいますが、お姉様を思い出すと頑張れます』
胸が、少しだけ温かくなる。
さらに読み進める。
『それから』
『ルシアン殿下へ、マドレーヌのお礼もお伝えくださいませ』
隣でルシアンが固まった。
早い。
『とても美味しかったです』
『また、お話できる日を楽しみにしております』
ルシアンの顔が真っ赤になる。
「……っ」
「分かりやすいな」
アルフレッドがぼそりと言う。
「兄上うるさい!」
「事実だ」
エレノアまで小さく肩を震わせていた。
珍しい。
私は手紙を胸元へそっと抱く。
(……頑張っているのね)
遠く離れていても。
セシリアも前へ進んでいる。
そう思うと、不思議と力が湧いた。
その時。
「アメリア」
アルフレッドが低く呼ぶ。
「はい?」
「お前もだ」
「……え?」
「ちゃんと、前に進んでいる」
その言葉に。
胸の奥が、静かに熱くなる。
私は小さく笑った。
「……はい」
こうして悪役令嬢は――
少しずつ、自分の“居場所”を広げていくのだった。




