第109話 悪役令嬢、初めてのお茶会を任されます
数日後。
私は、再び人生の危機に直面していた。
「お茶会、ですか?」
「ええ」
王妃セレナは、優雅に紅茶を口へ運びながら頷いた。
「次の交流茶会。あなたが中心になりなさい」
「む、無理です」
即答だった。
王妃様はにっこり笑う。
「だからやるのよ」
逃げ道がない。
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交流茶会。
若い令嬢たちを集めた、小規模な社交の場。
だが――
小規模だからこそ、空気が見える。
人間関係も。
視線も。
感情も。
(絶対に疲れる……)
私は静かに頭を抱えた。
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その日の午後。
厨房。
私は試作中だった。
「小さめ、ですね」
エマが静かに言う。
「はい」
私は並べた焼き菓子を見る。
一口サイズのマドレーヌ。
柑橘の香りを少し強めたもの。
甘さは控えめ。
「会話の邪魔にならないようにしたいんです」
「なるほど」
「緊張している時って、大きなお菓子は食べにくいので」
エマがわずかに目を細めた。
「アメリア様らしい考え方です」
少し照れる。
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「紅茶は?」
料理長が聞いてくる。
「香りの柔らかいものを」
「渋みが強いと、緊張している方は飲みにくいので」
「……なるほどな」
料理長は感心したように頷いた。
「料理ってより、空気作ってるな」
その言葉に。
私は少しだけ考える。
(空気……)
そうかもしれない。
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そして迎えた当日。
王宮の小広間。
柔らかな陽光。
季節の花。
甘い焼き菓子の香り。
私は緊張で死にそうだった。
「顔が硬い」
隣から低い声。
「誰のせいですか」
「私ではない」
アルフレッドが平然と言う。
今日は視察だけらしい。
本当に視察だけだろうか。
怪しい。
「大丈夫ですか?」
エマが小声で聞いてくる。
「帰りたいです」
「却下です」
知っていた。
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やがて、令嬢たちが集まり始める。
華やかなドレス。
柔らかな笑顔。
そして――
値踏みするような視線。
(……来ましたね)
私は静かに背筋を伸ばした。
すると。
「アメリア様」
落ち着いた声。
振り向く。
そこには、エレノア・ヴァレンシアが立っていた。
淡い青のドレス。
相変わらず隙のない美しさ。
「エレノア様」
「本日はお招きありがとうございます」
静かに微笑む。
以前より、その笑みが柔らかい気がした。
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お茶会は、最初こそ穏やかだった。
紅茶が注がれ、
小さな焼き菓子が並ぶ。
「……美味しい」
「柑橘の香りが爽やかですわ」
少しずつ、空気も和らいでいく。
(よかった……)
そう思った時だった。
「随分とお料理がお得意なのですね」
一人の令嬢が微笑む。
だが。
その目は笑っていなかった。
「……厨房に立っていらした経験が、役に立っているのでしょう?」
空気が、少しだけ冷える。
私は静かに視線を向けた。
(来るとは思っていました)
その時。
カチャ。
静かにティーカップが置かれる音。
「その言い方は感心しませんわね」
エレノアだった。
空気が止まる。
「エレノア様……」
令嬢が顔を強張らせる。
エレノアは静かに続けた。
「現場を知る方は、机上では見えないものまで見えます」
その声は穏やかだった。
だが、揺るがない。
「先日の孤児院視察でも、それがよく分かりましたわ」
周囲の空気が変わる。
令嬢たちの視線が、私へ向いた。
驚きと。
少しの興味。
私は静かに目を瞬いた。
「……ありがとうございます」
小さく言うと。
エレノアはふっと微笑む。
「お茶会で空気を壊されるのが嫌いなだけです」
少しだけ、ツンとしていた。
でも。
その優しさは、ちゃんと伝わった。
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そこへ。
「随分盛り上がっているな」
低い声。
会場が静まる。
アルフレッドだった。
(やっぱり来ました……)
令嬢たちが一気に緊張する。
だがアルフレッドは気にした様子もなく、当然のように私の隣へ立った。
近い。
「問題は?」
「……今のところは」
小声で答える。
すると。
彼はテーブルへ視線を向けた。
「焼き菓子か」
「はい」
「柑橘を入れました」
アルフレッドは一つ手に取り、静かに口へ運ぶ。
数秒後。
「美味い」
会場がざわついた。
第一王子が普通に褒めている。
破壊力が強い。
しかも。
「よくやっている」
真っ直ぐこちらを見る。
「……っ」
心臓が跳ねる。
やめてほしい。
皆の前で。
ルシアンなら間違いなく爆笑している。
その時。
後方で王妃様が扇子を口元へ当てながら微笑んでいた。
(見てたんですね……)
絶対、最初からいた。
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お茶会が終わる頃には、
最初の空気はすっかり消えていた。
令嬢たちは自然に会話を交わし、
笑顔も増えている。
「楽しかったですわ」
「また参加したいです」
そんな声まで聞こえてきた。
私は小さく息を吐く。
(終わった……)
すると。
「合格ね」
王妃様が静かに言った。
私は思わず目を見開く。
王妃様は楽しそうに笑った。
「ちゃんと、“場”を作れていたわ」
胸の奥が、じんわり熱くなる。
その時。
隣でアルフレッドが小さく言った。
「当然だ」
「私の婚約者だからな」
やめてほしい。
本当に。
こうして悪役令嬢は――
初めて任されたお茶会で、少しずつ“王子妃としての居場所”を築いていくのだった。




