第108話 悪役令嬢、王妃様に静かに認められます
孤児院視察の翌日。
王宮の朝は、いつも通り――のはずだった。
「アメリア様、おはようございます!」
厨房へ入った瞬間、見習いたちの声がいつもより明るい。
「……おはようございます?」
少し戸惑いながら返す。
すると。
「昨日のお話、聞きました!」
「子どもたちにすごく人気だったって!」
「スープのお話も!」
どこから漏れているのだろう。
王宮の情報網は恐ろしい。
料理長まで腕を組みながら頷いていた。
「らしいことしたじゃねぇか」
「そんな大したことでは……」
「いや」
料理長は静かに言う。
「食うこと考えられる奴は、ちゃんと人を見てる」
その言葉に。
私は少しだけ目を見開いた。
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その日の午後。
「王妃様がお呼びです」
エマの一言で、私は固まった。
「……何か失敗しましたか?」
「今のところ、その報告は聞いておりません」
怖い。
私は静かに立ち上がる。
向かった先は、王妃セレナの私室だった。
扉を開く。
柔らかな紅茶の香り。
窓から差し込む午後の光。
王妃様はソファへ腰掛け、何か書類を見ていた。
「来たわね」
「お呼びいただき、ありがとうございます」
私は頭を下げる。
王妃様は静かに紙を置いた。
そこには――昨日の視察報告書。
(……あ)
少しだけ緊張する。
すると。
「あなた、“見て”いたわね」
静かな声だった。
私はゆっくり顔を上げる。
「……はい」
「食事」
「子どもたちの表情」
「勉強道具」
「空気」
王妃様は私を見る。
「全部、きちんと」
私は小さく息を吸った。
「料理人ですから」
自然と口から出た言葉だった。
「食べているものを見ると、分かることがあります」
「足りているか」
「無理をしていないか」
「元気かどうか」
王妃様は静かに聞いていた。
その後。
ふっと、わずかに目を細める。
「いいえ」
「え?」
「あなたは、“未来”を見ていたのよ」
その瞬間。
胸の奥が、静かに揺れた。
「未来……」
私は小さく呟く。
王妃様はゆっくり紅茶を口に運び――
そして静かに続けた。
「子どもは、この国の未来です」
「食事も、教育も、環境も」
「すべて繋がっている」
私は言葉を失った。
「あなたは昨日、それを自然に見ていた」
その声は。
いつもの試すような響きではなかった。
もっと穏やかで。
もっと真っ直ぐだった。
「……まだ、未熟です」
私は正直に答える。
「分からないことも、たくさんあります」
すると。
「当然よ」
即答だった。
王妃様は少しだけ笑う。
「最初から完璧な王妃などいません」
「ですが」
扇子が、ぱたりと閉じられる。
「王子妃教育は、合格に近づいたわね」
私は静かに目を見開いた。
言葉が出ない。
王妃様はそんな私を見て、少しだけ楽しそうに笑った。
「そんな顔もするのね」
「……驚きました」
「まだ終わってはいないわよ?」
「はい」
思わず背筋が伸びる。
すると王妃様は、ふっと視線を窓の外へ向けた。
「でも、安心したわ」
「え?」
「アルフレッドが選んだ理由が、よく分かったもの」
胸が熱くなる。
私は思わず視線を落とした。
「……もったいないお言葉です」
「いいえ」
王妃様は静かに微笑む。
「誇りなさい」
その声は、とても優しかった。
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部屋を出る。
扉が静かに閉まった。
私はしばらく、その場で動けなかった。
(認められた……?)
まだ途中だ。
まだ全然足りない。
でも――
少しだけ。
前へ進めた気がする。
その時。
「終わったか」
低い声が響いた。
顔を上げる。
アルフレッドだった。
「……なぜここに」
「迎えだ」
当然のように言う。
本当にこの人は。
私は小さく息を吐いた。
「王妃様と何を話した」
「色々です」
「曖昧だな」
「……褒められました」
小さく言うと。
アルフレッドが一瞬だけ目を細めた。
「そうか」
短い返事。
でも。
どこか嬉しそうだった。
「行くぞ」
また当然のように歩き出す。
私はその隣へ並んだ。
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向かった先は、中庭だった。
夕暮れ。
柔らかな風。
静かな噴水の音。
私はベンチへ腰掛け、小さく息を吐く。
「疲れたか」
「少しだけ」
正直に答える。
アルフレッドは隣へ座った。
少し近い。
「……昨日のこと、考えていました」
「孤児院か」
「はい」
私は静かに頷く。
「もっとできることがある気がするんです」
「食事も」
「教育も」
「子どもたちの環境も」
言葉にするほど、色々浮かぶ。
すると。
「なら、やればいい」
いつものように、アルフレッドが言った。
私は思わず苦笑する。
「簡単に言いますね」
「簡単ではない」
低い声。
そして。
「だから、私がいる」
私は静かに彼を見る。
夕陽の中。
その横顔は、とても穏やかだった。
「私は、お前の隣に立つ」
胸が、大きく跳ねる。
「っ……」
「何だ」
「……急にそういうことを言わないでください」
「事実だ」
ずるい。
本当にずるい。
私は顔が熱くなるのを感じながら、視線を逸らした。
すると。
ふと、胸元へ視線が落ちる。
昨日、孤児院の女の子にもらった小さな花。
ドレスの飾りへそっと挿していたそれが、夕暮れの風に小さく揺れていた。
少しだけ歪な、小さな花。
でも。
とても温かい。
「……守りたいですね」
気づけば、そんな言葉が零れていた。
アルフレッドは静かにこちらを見る。
「守れ」
短い言葉。
でも。
その声は、どこまでも真っ直ぐだった。
私は小さく笑う。
「はい」
夕暮れの風が、静かに二人の間を通り抜ける。
こうして悪役令嬢は――
少しずつ、“未来を守る立場”へと歩き始めるのだった。




