第106話 悪役令嬢、弟王子の分かりやすさに気づきます
セシリアが帰ってから、数日。
王宮はいつもの落ち着きを取り戻していた。
――はずだった。
「……ルシアン様?」
朝食の席。
私は思わず首を傾げた。
「え? 何?」
呼ばれたルシアンが、びくっと顔を上げる。
様子がおかしい。
「先ほどから、パンを取ろうとしてナイフを持っています」
「えっ」
本当だった。
ルシアンが固まる。
王妃様が扇子で口元を隠した。
「まあ」
国王陛下は静かに紅茶を飲んでいる。
アルフレッドだけが淡々としていた。
「騒がしいな」
「兄上は静かすぎるんだよ!」
ルシアンが抗議する。
だが、どこか落ち着かない。
視線がちらちら扉へ向いている。
(……何か待っている?)
その時だった。
「失礼いたします」
使用人が一通の封筒を持って入ってきた。
「ローゼリア家より、お手紙です」
その瞬間。
「僕が持っていく!」
ルシアンが即座に立ち上がった。
早い。
あまりにも早い。
使用人まで少し驚いている。
私は静かに目を細めた。
王妃様は肩を震わせている。
完全に面白がっていた。
「……ルシアン様?」
「な、何?」
「分かりやすすぎませんか?」
「そんなことない!」
声が裏返った。
最初から答えが出ている。
---
数分後。
ルシアンはソファへ座り、手紙を読んでいた。
……にやにやしながら。
隠せていない。
全然隠せていない。
「……ルシアン様」
「え?」
「顔が緩んでいます」
慌てて真顔を作る。
だが遅い。
王妃様はもう限界だった。
「ふふっ……!」
「母上、笑いすぎ!」
「だって、あまりにも可愛らしいのですもの」
ルシアンは顔を真っ赤にした。
「何て書いてあったんですか?」
私が聞くと、彼は少しだけ視線を泳がせる。
「……別に普通」
「普通とは?」
「お茶会のお礼とか」
そう言いながら、もう一度手紙を見る。
そしてまた少し嬉しそうになる。
分かりやすすぎる。
私は思わず吹き出した。
「よかったですね」
「だから違うって!」
「何がですか?」
「いや、その……」
珍しく言葉に詰まる。
すると。
「次はいつだ」
アルフレッドが突然言った。
「え?」
「次に会うのは」
ルシアンが固まった。
図星らしい。
「……知らない」
「気になっているんだな」
「兄上うるさい!」
即答だった。
王妃様が楽しそうに頷く。
「若いわねぇ」
「母上まで!」
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その日の午後。
私は厨房で試作をしていた。
「少し甘みを抑えた方がいいかしら……」
小さく呟きながら味を見る。
すると。
「義姉上」
ひょこっとルシアンが顔を出した。
「誰が義姉上ですか」
もう恒例である。
ルシアンは少しそわそわした様子で近づいてくる。
「……ねえ」
「何ですか」
「セシリア嬢って、甘いもの好き?」
私は少しだけ考える。
「好きですよ」
「……マドレーヌは好きですよ」
その瞬間。
「やっぱり!」
ぱっと顔が明るくなる。
隠す気がない。
私は一瞬黙った。
分かりやすすぎる。
「今度、何か送ろうかなって」
「まあ」
私は少しだけ笑う。
「良いと思います」
「ほんと?」
「ええ。きっと喜びます」
その瞬間。
ルシアンが本当に嬉しそうに笑った。
まるで子どもみたいな笑顔だった。
(……可愛い)
思わずそう思ってしまう。
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その後。
なぜか王宮の小さな応接室には、大量の焼き菓子が並んでいた。
クッキー。
パウンドケーキ。
そして、数種類のマドレーヌ。
「……何ですか、これ」
「選んで!」
即答だった。
早い。
「セシリア嬢に送るなら、どれがいいと思う?」
真剣な顔で聞いてくる。
私は並んだお菓子を見渡した。
「そうですね……」
一つ手に取る。
「これが良いかもしれません」
「それ?」
「柑橘の香りがしますから。セシリア、好きなんです」
「なるほど……!」
ルシアンは本気だった。
まるで重要会議である。
その時。
「何をしている」
低い声が落ちた。
振り向く。
アルフレッドだった。
ルシアンがびくっと肩を跳ねさせる。
「兄上!?」
「騒がしい」
アルフレッドはテーブルを見る。
そして。
「必死だな」
一言だった。
ルシアンの顔が一気に赤くなる。
「ち、違うって!」
「何がだ」
「これは普通!」
「普通ではない」
即答だった。
私は思わず吹き出しそうになる。
すると。
「まあ」
王妃様まで現れた。
なぜ集まるのだろう。
「可愛らしいことをしているのねぇ」
「母上まで!」
ルシアンが頭を抱える。
だが王妃様は楽しそうだった。
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数日後。
ローゼリア家へ送る荷物が準備されていた。
綺麗に包まれたマドレーヌ。
そして――
「手紙も入れるんですか?」
私が聞くと。
ルシアンは少しだけ視線を逸らした。
「……一応」
「一応で書く量ではありませんね」
便箋が多い。
明らかに多い。
「うるさいなぁ……」
耳まで赤い。
その時。
「失礼いたします」
使用人が新しい手紙を持ってきた。
「ローゼリア家よりです」
ルシアンの反応が早かった。
「僕が!」
もう誰も驚かない。
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手紙を開く。
数秒後。
「……っ」
固まった。
「どうしました?」
私が覗き込む。
すると。
ルシアンが慌てて隠した。
「な、何でもない!」
怪しい。
王妃様がにこにこしている。
アルフレッドは完全に呆れていた。
「顔が赤いぞ」
「兄上うるさい!」
即答だった。
私は小さく笑う。
「何て書いてあったんですか?」
ルシアンはしばらく黙り――
そして、小さく呟いた。
「……また、お話したいですって」
静寂。
数秒後。
王妃様が扇子で口元を隠した。
「まあ」
私は思わず吹き出した。
アルフレッドは小さくため息をつく。
「分かりやすいな」
「だから何が!」
でも。
その顔は、どう見ても嬉しそうだった。
私はそんなルシアンを見ながら、ふと思う。
(……幸せそう)
大切な妹と。
大切な弟王子。
少しずつ距離を縮めていく二人を見ていると、不思議と胸が温かくなった。
すると。
「お前も楽しそうだな」
隣から低い声が落ちる。
振り向く。
アルフレッドだった。
「……少しだけ」
正直に答える。
すると彼は、ほんの少しだけ目を細めた。
「そうか」
その声は、どこか優しかった。
こうして悪役令嬢は――
新しく芽吹き始めた恋を、温かく見守っていくのだった。




