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悪役令嬢ですが、王宮厨房から王太子妃になりました  作者: 星乃茶々


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105/160

第105話 悪役令嬢、王子妃教育の現実を知ります

セシリアが帰った翌朝。


私は自室の窓辺で、小さく息を吐いていた。


昨日まで賑やかだった分、少し静かに感じる。


「……頑張っていたわよね」


思い出すのは、セシリアの姿だった。


緊張しながらも笑顔を忘れず、丁寧に会話をしていた。


以前よりずっと、大人びて見えた。


(……私も頑張らないと)


未来の王子妃として。


アルフレッドの隣に立つために。


私は小さく頬を叩く。


「負けていられません」


その時だった。


「本日より、本格的に再開します」


背後から静かな声が落ちた。


「ひゃっ!?」


振り返る。


そこには――


マルグリット・ヴァレンシア。


逃げ場のない王子妃教育担当である。


「おはようございます、アメリア様」


「お、おはようございます……」


なぜこの人は気配なく現れるのだろう。


怖い。


---


数十分後。


私は王宮の応接室で、早くも限界を迎えていた。


「違います」


ぴしゃり、と扇が閉じられる。


「お茶を飲む前に、一度会話を挟みます」


「……はい」


「相手が話しやすい空気を作るのも、王子妃の役目です」


難しい。


料理より難しい。


「次は外交時の会話です」


「外交」


嫌な予感しかしない。


マルグリットは淡々と言葉を続ける。


「先日の交流祭以降、あなたは既に“未来の王子妃”として見られています」


空気が少し変わった。


「あなたの言葉一つが、王家の言葉として扱われることもあります」


私は小さく息を呑む。


(……本当に、変わったんだ)


婚約した。


隣国にも紹介された。


もう、“ただの伯爵令嬢”ではない。


胸の奥が少しだけ重くなる。


すると。


「ですが」


マルグリットが静かに続けた。


「必要以上に恐れる必要はありません」


「え?」


「あなたには既に、“見る力”があります」


私は目を瞬かせた。


「見る力、ですか?」


「はい」


マルグリットは紅茶を置く。


「厨房で、常に周囲を見ているのでしょう?」


「それは……はい」


「誰が疲れているか」


「何が足りないか」


「誰が困っているか」


「それを自然に見ている」


静かな声。


「王子妃に必要なのも、同じです」


私は思わず言葉を失った。


(……同じ)


料理も。


王子妃教育も。


相手を見ること。


その本質は、変わらない。


「では」


マルグリットが扇を閉じる。


「次は、来賓対応です」


「まだあるんですか!?」


「当然です」


厳しい。


---


昼過ぎ。


私は完全に疲れ切っていた。


「もう無理です……」


思わず机へ突っ伏す。


エマが静かに近づいた。


「お疲れ様です」


「エマ……」


「本日はまだ半分です」


「嘘でしょう」


絶望しかない。


その時。


「随分と疲れているな」


低い声が落ちた。


私はゆっくり顔を上げる。


「……殿下」


アルフレッドだった。


今日も相変わらず整った姿。


悔しい。


彼は私を見るなり、小さく息を吐いた。


「顔に出ている」


「王子妃教育のせいです」


「当然だな」


否定してほしかった。


私はぐったりしたまま机に伏せる。


「厨房へ逃げたいです……」


「無理だ」


即答だった。


ひどい。


すると。


ことり、と音がした。


目の前に、ティーカップ。


アルフレッドが無言で置いたものだった。


「……ありがとうございます」


「飲め」


素直に口をつける。


温かい。


少しだけ、張り詰めていた力が抜けた。


その時。


「褒められていた」


ぽつり、とアルフレッドが言った。


「……え?」


「マルグリットが」


私は目を見開く。


「本当ですか?」


「ああ」


短く頷く。


「飲み込みが早いと」


胸の奥が、じんわり熱くなる。


「……でも、まだ全然です」


小さく呟くと。


アルフレッドは静かにこちらを見た。


「問題ない」


その声は、いつも通り落ち着いていた。


「お前は、ちゃんと前に進んでいる」


不意打ちだった。


心臓が、少しだけ跳ねる。


「……ずるいです」


「何がだ」


「そういうことを、平然と言うところです」


彼は少しだけ目を細めた。


「事実だ」


またそれだ。


でも――


嫌ではない。


私は小さく息を吐き、そっと笑った。


「……負けていられませんね」


「誰にだ」


「セシリアに、です」


その瞬間。


アルフレッドが少しだけ驚いた顔をした。


だがすぐに、小さく口元を緩める。


「そうか」


そして。


「なら、私は安心だな」


その言葉が。


不思議なくらい、嬉しかった。


こうして悪役令嬢は――


未来の王子妃として、少しずつ前へ進んでいくのだった。

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