第103話 悪役令嬢、王子の朝を知ります
翌朝。
まだ空気の冷たい早朝。
私は厨房へ向かうため、静かな廊下を歩いていた。
王宮はまだ眠っている。
使用人たちも、動き始める前の時間。
その時だった。
――キィン!
鋭い金属音が響く。
私は思わず足を止めた。
(……剣?)
音のする方を見る。
訓練場だった。
朝日が差し込み始めたその場所で――
アルフレッドが剣を振っていた。
「っ……」
思わず息を呑む。
鋭い踏み込み。
重い剣戟音。
速い。
この前の盗賊との戦いを思い出す。
あの時も強いと思った。
けれど――
今目の前にいる彼は、さらに洗練されて見えた。
相手をしているのはカイルだ。
だが、そのカイルですら真剣な表情をしている。
「甘い」
低い声。
アルフレッドだった。
次の瞬間。
剣が弾かれる。
カイルが大きく後ろへ下がった。
「……相変わらず容赦ないですね」
「戦場では止まらん」
淡々と返す。
朝日が差し込み、汗が光る。
振り下ろされた剣先が、朝日に反射してきらりと輝いた。
(……すごい)
見惚れてしまう。
普段の王子姿とは違う。
静かで。
鋭くて。
どこか危ういほど格好良かった。
その時。
「……いつまで見ている」
低い声が飛んできた。
「っ!?」
ばれていた。
アルフレッドがこちらを見ている。
私は慌てて姿勢を正した。
「ぐ、偶然です!」
「そうか」
絶対信じていない顔だった。
カイルが小さく吹き出す。
「殿下、朝から破壊力がありますので」
「何の話だ」
「分かっていらっしゃるでしょう」
やめてほしい。
私は顔が熱くなるのを感じながら視線を逸らした。
アルフレッドは剣を収める。
「終わりだ」
「はい」
カイルが一礼する。
そして二人は、そのまま訓練場の奥へ向かっていった。
おそらく汗を流しに行くのだろう。
私は小さく息を吐く。
(……朝から心臓に悪い)
---
その後。
私は厨房へ入っていた。
「今日は朝食を少し変えます」
料理長が振り向く。
「ほう?」
「訓練後でも食べやすいものを」
私は卵を割る。
ボウルへ落とし、少しだけミルクを加えた。
「卵に少しだけミルクを混ぜています」
「その方が柔らかく仕上がるので」
塩とこしょうを少し入れ、白身が残らないよう丁寧に混ぜる。
フライパンへバターを落とす。
じゅわっと音が広がった。
「朝は、重すぎない方が動きやすいですから」
私は半熟状の卵を手早くまとめ、ふわりと形を整える。
軽く焼いたライ麦パン。
葉野菜のサラダ。
香ばしいベーコン。
蜂蜜を添えたヨーグルト。
果物。
温めたミルク。
そして、ふわふわのオムレツ。
優しい香りが厨房へ広がった。
---
朝食会場。
「おはようございます」
私は料理を並べながら頭を下げる。
その時。
「……」
会場の空気が少し止まった。
顔を上げる。
そこにいたのはアルフレッドだった。
訓練後なのだろう。
髪が少しだけ濡れている。
金色の髪が朝日に透け、水滴が首筋を伝っていた。
いつもより少しだけ前髪が下りている。
(……ずるい)
格好良すぎる。
「アメリア?」
王妃様の声で我に返った。
「は、はい!」
「真っ赤よ?」
「気のせいです!」
ルシアンが爆笑する。
「兄上、朝から作画違う!」
「どういう意味だ」
「きらきらしてる!」
否定できない。
アルフレッドは何事もないように席へ着いた。
「今日の朝食か」
「はい」
私はなんとか平静を装う。
「訓練後でも食べやすいよう、少し軽めにしています」
アルフレッドがオムレツへ視線を向けた。
「……柔らかいな」
一口食べて、静かに言う。
「卵にミルクを少し混ぜています」
「その方が食べやすいと思って」
短い沈黙。
そして。
「正解だ」
その一言に、胸が少し熱くなる。
ルシアンはすでに嬉しそうに頬張っていた。
「これ好き!」
「ふわふわ!」
王妃様も優雅に頷く。
「朝から幸せな気分になるわねぇ」
国王陛下も静かに笑った。
「よく考えられている」
私は小さく息を吐く。
(……よかった)
その時。
アルフレッドが当然のように言った。
「オムレツを追加してくれ」
「兄上、おかわり!?」
ルシアンが目を丸くする。
「訓練後だ」
即答だった。
「珍しいですね」
思わず呟くと、アルフレッドがこちらを見る。
ほんの一瞬。
それから静かに言った。
「お前が作ったからだ」
「っ……!」
王妃様が扇子で口元を隠す。
ルシアンは机へ突っ伏して笑っていた。
私は顔を覆いたくなった。
その横で。
カイルは無言でオムレツを口へ運び――
「……悪くありません」
ぼそりと呟く。
「素直じゃないですね」
エマが静かに返した。
「職務です」
「はいはい」
少しだけ、笑いが広がる。
朝の光。
温かな料理。
穏やかな空気。
私は小さく息を吐いた。
(……こういう時間、嫌いじゃない)
こうして悪役令嬢は――
朝日に照らされた王子の姿に動揺しながら、少しずつ彼の日常を知っていくのだった。




