第100話 悪役令嬢、王子に婚約者として紹介されます
「隣国へ?」
私は思わず聞き返した。
王妃様は優雅に紅茶を口へ運びながら頷く。
「ええ。交流祭のお招きが来ているの」
交流祭。
隣国で毎年行われる、大規模な祭典だ。
各国の貴族や商人が集まり、街全体が賑わうらしい。
「アルフレッドが参加するから、あなたも一緒に行ってきなさい」
「わ、私がですか!?」
思わず声が裏返る。
王妃様はにっこり笑った。
「婚約者でしょう?」
逃げ道がない。
隣を見ると、アルフレッドが平然と頷いていた。
「準備しておけ」
簡単に言わないでほしい。
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数日後。
私は馬車の前で緊張していた。
「本当に行くんですね……」
「今さらだな」
アルフレッドが当然のように手を差し出す。
私はため息をつきながら、その手を取った。
「エマ」
「はい」
後ろでは、エマが静かに荷物を確認している。
今回、彼女は護衛兼侍女として同行だった。
少し安心する。
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隣国へ到着したのは、夕方だった。
街は祭りの灯りで溢れている。
「わぁ……」
思わず声が漏れた。
色とりどりの布。
露店。
音楽。
甘い香り。
王都とは少し違う賑やかさに、胸が高鳴る。
「気になるか」
「はい。全部新鮮です」
アルフレッドが小さく目を細めた。
「後で少し歩くか」
「いいんですか?」
「交流祭の視察も仕事だ」
絶対半分くらい違う。
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その夜。
交流祭の歓迎会が開かれていた。
豪華なシャンデリア。
華やかな音楽。
そして――
大勢の貴族たち。
私はアルフレッドの隣で、必死に背筋を伸ばしていた。
「緊張しているな」
「してます」
即答だった。
すると。
「ようこそ、ルミエール王国の皆様」
穏やかな声が響く。
振り向けば、隣国の第二王子が立っていた。
柔らかな笑みを浮かべた青年だ。
「お会いできて光栄です。アルフレッド殿下」
「こちらこそ」
静かな挨拶。
だが次の瞬間。
アルフレッドが当然のように私へ手を差し伸べた。
「紹介しよう」
心臓が跳ねる。
「私の婚約者、アメリア・フォン・ローゼリアだ」
会場の空気が少し変わった。
周囲の視線が集まる。
隣国の王子は、少し驚いたように目を見開いた。
「あなたが、噂の」
「噂……?」
思わず聞き返す。
「ええ。氷の王子が、ここまで執着する女性がいると」
一瞬で顔が熱くなる。
周囲の貴族たちも、小さくざわめいていた。
「噂以上だな……」
「殿下があそこまで隣を離れないとは……」
聞こえている。
全部聞こえている。
隣国の王子は楽しそうに笑った。
「ぜひ、後ほど交流祭をご案内したいですね」
「必要ない」
アルフレッドが即答する。
空気が止まった。
「私が案内する」
低い声。
だが。
その手は、自然に私の腰へ回されていた。
近い。
「……アルフレッド様」
「何だ」
「近いです」
「婚約者だからな」
またそれだ。
私はもう、どこを見ればいいのか分からなかった。
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歓迎会が終わった後。
私は完全に疲れ切っていた。
「……すごかったです」
「何がだ」
「全部です」
隣国の王族。
貴族たち。
視線。
会話。
全部が濃すぎた。
アルフレッドは小さく笑う。
「よくやっていた」
「絶対途中から顔が固まってました」
「少しな」
否定してほしかった。
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夜。
宿のバルコニー。
交流祭の灯りが、遠くで揺れている。
私は欄干へ寄りかかり、小さく息を吐いた。
「綺麗ですね……」
「……ああ」
隣から返事。
でも。
視線を感じた。
振り向く。
アルフレッドが、こちらを見ていた。
「……何ですか」
「別に」
絶対違う。
その時。
夜風が吹いた。
髪が揺れる。
アルフレッドが、そっと手を伸ばした。
「じっとしていろ」
今度は優しい声だった。
さらり、と髪を整えられる。
距離が近い。
近すぎる。
「アメリア」
低く名前を呼ばれる。
心臓が跳ねた。
「はい」
返事をした瞬間。
そっと。
頬に、柔らかな感触が落ちる。
「――っ!?」
思考が止まった。
数秒遅れて、顔が一気に熱くなる。
「ア、アルフレッド様!?」
「静かになったな」
「静かにもなります!」
恥ずかしい。
心臓が苦しい。
顔が熱い。
アルフレッドは少しだけ口元を上げた。
「赤いな」
「あなたのせいです!」
即答だった。
でも。
嫌じゃない。
むしろ――
嬉しい。
その時。
少し離れた廊下の先で。
エマが静かにこちらを見ていた。
そして。
ほんのわずかに目を細める。
「……よかったですね、アメリア様」
小さなその呟きは、
夜風に溶けて消えていった。
こうして悪役令嬢は――
王子の婚約者として、新しい世界へ足を踏み入れるのだった。
✨第100話までお読みいただき、本当にありがとうございます!✨
悪役令嬢として始まったアメリアの物語も、ついに100話を迎えることができました。
最初は居場所を失い、厨房で静かに働いていた彼女が、 今ではアルフレッドの隣に立ち、隣国へまで足を運ぶようになりました。
ここまで来られたのは、読んでくださる皆さまのおかげです。
これからも、 キュンと笑顔と、ときどき美味しい料理を添えながら、 二人の物語を書いていけたらと思います。
今後とも、アメリアたちをよろしくお願いいたします!




