7◆透明な公爵夫人は死にました
「で、エルガ公爵と婚約が決まってしまったと」
「魔女様、わたくしはお断りしたんですのよ」
「まあ、王妃が持ってきた話なら断れないだろうね…」
魔女とのお茶会である。秋も深まり暖かい飲み物が恋しくなる頃、黒猫の案内があった。
「相手が望んだ縁なのかもねぇ」
「またわたくしは同じように死んでしまうのかしら」
「そうはさせないよ、そこは安心おし」
力強い魔女の言葉にルルアは感激した顔を向ける。見合いの席でルルアは以前とは違う行動をしたが、結果は何も変わらなかった。とすれば、この縁談にルルアの行動はあまり関係ないのだろう。
強い運命を持っているのはアーネストである。なので、ここで設定されている流れは「ルルアの死」ではなく、「アーネストが得たものを奪われる」ことだと魔女は予測する。まったく、厳しい運命だ。
「ルルアがお嫁に行くまでに一つ魔女の道具を作ってあげよう。どんなものにするかはまだ決めかねているが、ちょいと公爵様の運命から逃れる必要がありそうだね」
「公爵様の運命ですか?魔女様はそういうものも視ることができるのですか?」
「一応見ることはできるけど、視ない。あなたを逃すことに注力するわ」
「まあ、よくわかりませんけどありがとうございます。視えるのに視ないだなんて、ご自身を律することができるのもご立派ですわ」
なんだかよくわからないけど、魔女が自分を助けることに集中すると理解したルルアは素直に喜ぶ。
アーネストの運命を視て不憫だと思ってしまっては、余計な因果ができそうだと魔女は思った。それに、運命に触れるような真似をして、運命の魔女の仕事を邪魔することになってはならない。魔女は自分の領分を侵されるのを何より嫌う。
そうだな、と魔女は考える。
この数年、魔女はルルアとたまにお茶をしてきた。それは様子見のためであったのだが、思いがけずルルアとの時間を楽しんでいる。一見おっとり大人しく見えるルルアであるが、自分の人生に降りかかることを嘆かず腐らず、ドンと構えているように見える。それは彼女の精神が強くて安定しているからだろう。
魔女の道具はたくさんあるが、古より伝わる「仮死状態にする薬」を作ろうと考えた。これは古今東西、主に恋に悩んだカップルに使われる薬で、研究が進み仮死状態でいられる時間も伸びた。
それを使ってルルアは公爵邸から逃げおおせたらいい。その先は自分が面倒見てもいいと思うほどには、魔女はルルアを気に入っていた。
とんとん拍子で話は進み、結婚式当日である。やはり今回もアーネストはドタキャンをした。ルルア一人だけの結婚式である。
さすが招待客は貴族だけあって大騒ぎもせず楚々と参加していたが、ルルアの友人として参加したレティシアとメグだけは唖然とした顔をしていた。これも前回通りである。
急に王太子殿下から呼び出されたと言っていた。たしかに参列予定だった殿下もいない。きっと国政に関わる大事なことだったのだろうと、二度目のルルアは「見抜いてしまった」としたり顔だ。
すでにアーネストのサインが記入されている婚姻届けにサインをし、一人だけで教会で宣誓するのも二度目である。大きなイベントなので段取りを覚えており、ずいぶん上手くできたとルルアは思う。しかし参加者はルルアの上手い下手より、一人結婚式の方が気になるのだ。
ルルアの両親も参加しているが、今日ばかりは強張った顔をしていた。ルルアの母は「一風変わった花嫁の母」ではないらしく、さすがにこの状況を楽しめないらしい。
一人で馬車に乗り込み「皆様ごきげんよう!」と窓から身を乗り出して、花嫁が手を振ったのは前回と違うところだ。ルルアはそれほどワクワクしていた。というのも、結婚式の前日に魔女が約束の道具をくれたのである。
魔女が言うには、毒を飲まされたタイミングでこの薬を飲めば、数日間仮死状態となるという。葬儀の終わったルルアはその後まんまと蘇り、公爵邸からおさらばするという筋書きだ。これを聞いてワクワクしない者がいるだろうかとルルアは思う。
そんなわけで公爵邸に向かうルルアは冒険心に満ちていた。これから食事が提供されない日が来るのも知っているので、保存食として焼き菓子を大量に持ち込んでいる。
本当ならば前の人生の情報で、回避するなり、返り討ちにするなりできればいい。しかしルルアは細部を覚えていないし、そんな上手い立ち回りができるとも思わないのだ。
なのでルルアの方針は、出来る範囲でダメージを抑え、おさらばの日までやり過ごす。それだけでもルルアにしてみれば大冒険である。
そうして過ごしていた公爵邸で、ルルアは再び「半年も待たなくてもいいんじゃないか」という天啓を受けてしまう。天啓というか、ただの思い付きだ。その思い付きのまま実行に移し、埋葬までされてしまった。勝手に予定を前倒ししたので、脱出の時に手を貸すつもりでいた魔女はいない。たまたま黒猫がいたおかげでどうにか棺桶から出ることができた。
黒猫が使える魔法は肉体強化や魔力強化の補助魔法だけ。なので肉体強化の魔法を掛けられたルルアが自力で墓から抜け出し、魔女の元まで走って来ることになったのだ。
無理やり強化した肉体には反動も大きく出る。何が出るかと言えば筋肉痛だ。魔女にすっかり自分の話をしたルルアは、翌日から筋肉痛で苦しんだ。
「魔女様…わたくし寝返りをうつこともできませんわ…」
「一週間は覚悟おし」
「そ…そんな…」
仰向けで寝ているしかないルルアの傍らで黒猫が丸くなる。その様子に魔女は笑うのだ。
ルルアはやっと起きられるようになって改めて鏡を見れば、髪は短く服は魔女から借りたぶかぶかの麻のワンピースの自分がいる。とても貴族令嬢には見えなかった。
この魔女の住まいはエルガ公爵領にある。しかし、隣国と接した辺境の町で、自分がうろついても大丈夫だろうとルルアは思った。自分は死んだことになっているし、何と言っても透明な窓のような人間なので、誰の目にも留まらないだろう。魔女はここに居てもいいと言ったので、しばらくは甘えるつもりだ。
魔女の家は辺境の森の中にあり、一階にはキッチンがある部屋と、その奥には魔女のベッドルームがある。筋肉痛で動けず、ルルアは一週間も魔女のベッドを占領していたが、その間魔女は二階の屋根裏部屋を使っていた。ルルアは動けるようになってから二階に移り、家事や薬草摘みなど教えてもらいながら暮らすこととなった。
屋根裏部屋は三角屋根の形をした天井が高い。ベッドは物入れに使っていた木箱を並べ、その上に毛布を敷いて魔女が一週間を過ごしたものを、寝具をもう少しマシなものに整えて使っている。タンスはないが、ベッドにしている木箱があるので、空箱に服など入れる。
元から物が入ってる木箱の中には、大体古いものが入っている。魔女曰くガラクタだそうだ。そのガラクタを見るのもルルアには楽しくて、小ぢんまりとした屋根裏部屋はルルアの大好きな場所になった。
そうやって、透明な公爵夫人は死んだ。ここにいるのはただのルルアである。




