6◆アーネストとのお見合い
見合いの場所は、前回と同じく貸し切りにされたティーサロン。少しでも未来が変わる要素になればいいと、ルルアは前回とは違うドレスで赴いた。前は夏も終わりかけなので、着納めかと涼し気な空色のドレスを着ていたのだが、今回そんな季節感は無視して春色のドレスである。もちろんメイドは難色を示したが、これがいいと強行した。ルルアが強く主張することなどかつてないので、よほどのことなのだろうとメイドたちは引き下がった。
残暑に暑苦しいドレスの令嬢に、眉を顰める方だと良い。ルルアはそう思いながら、エルガ公爵の到着を待った。王城での仕事を終えたエルガ公爵――アーネストが、ティーサロンへ現れたのは約束の時間を少し過ぎてからだった。
「待たせてしまったな、申し訳ない」
ちっともそうは思って無さそうな無表情でルルアに言うが、さすがにここで文句は言えない。なんせ家格が違いすぎるのだ。ルルアは立ち上がりカーテシーで挨拶をする。淑女教育の成績はよかったのだ、満点の挨拶ができたはずである。
そしてお茶の時間は始まるが、記憶通りの静けさであった。話を振られるのを待った方がいいかとルルアは黙ってお茶を飲み、アーネストは何も話さず時間が流れる。これでよく縁談が纏まったものだと前回思ったのを、ルルアはこの時になって思い出した。
(ちょっと違うことをしてみようかしら…もしかしたらこの方は、静かな人が好ましいのでしょうか。おしゃべりな娘だと思われたら縁談をお断りされるかしら?)
そう思い、ルルアは何か話すネタを考えた。前回の生でもよく知らなかった夫のことを、この際根掘り葉掘り聞いてみるというのはどうであろうか。意外といいかもしれない。
「あの、ご質問をしても?」
「…ああ」
何の感情も乗らない目がルルアに向けられる。女学園時代、当時はまだ公爵令息であったアーネストを素敵だと言う令嬢がいた。背が高く見目麗しい、改めて見るとその通りだとルルアも思う。
「とても背が高くていらっしゃいますが、何を食べて大きくなられたのですか?」
「………」
ルルアはまずそこに興味を引かれた。ひょっとしたら土地柄的に大きいのかと思っていたが、エルガ公爵家に嫁入りして他の者にも会ったが、特にそんなことはなかったのだ。だとすると、彼自身に何か大きくなる要因があるのかもしれない。
「…とくに」
「はい」
「なにも」
「まあ」
特に何も食べずにここまで大きくなるというのは、一体どういうことか。ルルアにはさっぱりわからなかった。なので正直にそう言った。
「不思議なこともあるものですね」
「…?」
そしてまた訪れる沈黙。給仕もお付きの者も気まずさを感じている。
「エルガ公爵家は」
「…ああ」
アーネストの目が一瞬鋭く光る。反射みたいなものだ。目の前の令嬢がエルガ公爵家の何を探ろうとも思っていないのはわかるが、その後ろにいる者はわからない。知らずに使われるということもある。
「きっと、お食事にご興味のないお家柄なのですわね」
「………?」
先ほどの話題がまだ続いていたのだろうか。百歩譲って、「食事に興味のない家柄なのか」と問われるのならわかる。だがなぜ断定なのか。それがわからない。
ルルアはアーネストの言葉と、自分の経験を結び付けて結論を出したに過ぎない。公爵夫人だった半年間で、食事が出されないことも多々あった。あれはお家柄だったと納得したのである。
(嫌ですわ、そんな家。)
断固拒否の気持ちを強く持ち、ルルアは問答に満足を得た。継ぎ足された紅茶を飲み一息つくと、ゆったりと窓の外に目を向けた。ルルア的に、今日の仕事は終わったのである。あとはのんびりするだけだ。
「あなたは」
「はい?」
会話は終了と思っていたが、思いがけずアーネストからの呼びかけが来た。こちらが質問したのだから、相手からも質問が来るのも当然かと、ルルアはアーネストからの問いを待つ。
「我が公爵家や私が恐ろしくはないのか」
「もちろん恐ろしいですわ」
「…恐ろしいのか?」
「ええ、とても」
恐ろしいと思ってる人間が、本人に面と向かってそう言うものだろうか。だけど、そうだと言うのだからそうなのだろう。
(そう、なんだろうか?)
アーネストはしばし考え込む。あまりされたことのない反応だ。畏怖される、媚びを売られるが周囲の人間からの基本行動だ。そうでなければ足を引っ張られるか、無理難題を押し付けられるか。そういうことが常だ。
ルルアも恐れているのだろうが、そんな相手に正直に恐ろしいと言うであろうか。更に言うなら、その様子がちっとも恐ろしそうじゃない。
ルルアからしたら、お嫁に行ったら虐められるわ殺されるわで恐怖しかないので「何を当たり前のことを聞いてくるのか」という気持ちである。しかしまだやられていないことのクレームをつけるのも違う気がするし、だからと言って「そんなことない」と慮ってあげる必要も感じない。
縁談は断るつもりなので、態度も「何を当たり前のことを聞いてくるのか」という気持ちがストレートに出てしまう。
「そう、怖がることはない。屋敷の中では、そうでもない」
(あなたがそれを言いますか???)
ルルアは思わず口に出そうになった言葉をどうにか呑み込んで、目を見開いてアーネストを見やるだけに留まった。すごい顔だ。
あんな怖い屋敷はない。本当に何を言っているのだ。どう言葉を返していいかもわからず、ルルアは愛想笑いをしてからまた窓に目を向けた。
今日は天気がいい。最後の夏の空だ、これからどんどん空が高くなって秋になる。木漏れ日も夏の強い日差しがキラキラしていたのが和らいできて、夕方にはいい風が吹く。
ルルアの目線に誘われるようにアーネストも窓に目をやった。とても穏やかな時間だ。
「あなたは、窓のようだ」
ルルアはアーネストの方を見やる。アーネストもルルアを見つめ返す。ただそれだけの時間が流れた。
(それ、どういう意味でしょうか?)
ルルアはそんな風に思っている。前回も言われただろうか、と思い出してみると、言われていた。あの時も言葉の意味がわからず、聞き流して終わってしまったのだが。
(窓…窓?窓…ああ、窓!!)
唐突にルルアは天啓を得た。「窓のようだ」という意味を正しく理解したのである。ただし、ルルアの解釈で。
確かに自分は窓かもしれない。皆、窓を見ているようで実際に見ているのはその外で、窓自体を見ていない。
自分もきっとそうなのだ。皆はルルアの方を見ているようで、実際はその後ろにいるルルアの母親だったり、家格の足りない妻というラベルだったり、ルルアじゃないものを見ているのだ。ひょっとして両親も、ルルアを見ているようで頭の中で作り上げた自分の娘を見ていて、その娘とルルアとでは好きなものが違うのかもしれない。
ルルアはとたんに今までのことが納得できた。プレゼントの好みがズレていたり、ダブって同じものを贈られたりしたこと。友達がたくさんできたと思ったらガクッと減ったこと。嫁ぎ先の希望がまるで伝わっていなかったこと。
自分は透明な窓なのだ。みんなその先を見ているから、窓が目に入らないのだ。
ルルアは理由が分かったとばかりにすっきりした気持ちでいる。そんなもの、自分の努力ではどうにもならないではないか。
ルルアは完全に理解したつもりでいるが、アーネストの言葉の意味はもちろん違う。
アーネストに向けられる言葉はどんなに美辞麗句が並んでいても、その中には違う意味が込められている。だがルルアの言葉はすんなりとその通りなのだろう。言葉の意味はわからずとも。それはまるで、曇りのない窓のようにその内側を見せているようだ。
そしてアーネストがルルアを窓と称したのはもう一つ理由があるが、それは本人もそうと自覚はしていない。
この数年、エルガ公爵家は跡目争いが続き、裏切りも粛清もあった。生き残るために神経を尖らせ、信用に足る者は誰かを見極め、そうしてアーネストが後継に就いたのだ。そんな争いに身を置いていた彼が、ルルアという窓から自分の日常とは違う景色を見た気がしたのだ。
もう遠すぎて忘れてしまったような景色。
ルルアが見つめる先を追ってみると、終わりかけの夏の日差しが葉の隙間から零れ落ちていた。
(きれいだな)
そう、自分が感じたことに驚いた。常に張りつめており、何かをきれいだと思う瞬間などなかった。それがなぜ今そう思ったのかアーネストにもわからなかった。わからない故、断るはずだった縁談に承諾してしまったのだ。
それは前回も今回も変わらないことであった。




