5◆ルルアのお願いごと
ルルアの通う女学園は王都のど真ん中にあり、やろうと思えば徒歩で通学できてしまう。貴族令嬢なのでさすが馬車で通うが、帰りに買い物がしたい時など迎えはいらないと言うときもある。
両親が通った名門校は王都の郊外にあり、広大な敷地に素晴らしい建築の学び舎が連なる、王国随一の学習環境である。そこと比べるとルルアの通う女学校は「歴史がある」と言えば聞こえのいい、ただの古い建物だ。
ルルアは久しぶりに女学園に足を踏み入れると、懐かしさでいっぱいになった。しかし自分の教室の場所は間違えた。思い出が遠くなっている。
(この頃はどなたと仲がよろしかったかしら)
当時の記憶を呼び起こそうと教室をキョロキョロ見渡す。学生なので気が合ったり共通の話題で仲良くなることもあるが、ここは貴族社会の縮図であるので、家名や親の社交界での影響力で人間関係ができたりもする。
子爵令嬢のグループがルルアのことをちらりと見るが、特に話しかけることもせず会話に戻る。あのグループは入学当時何かと声を掛けてきたが、ルルアが「一風変わったの王妃様付き侍女」とは違い、凡庸であるのが知れると次第に距離を取っていった。
(話しかけてこない、ということは仲良しは二人の頃ね)
賑やかな性格でもないルルアは、同じような大人しめの令嬢二人と大体いつも一緒だった。伯爵家、こちらはルルアと違い領地も歴史もある貴族家のお嬢様と、子爵家の末娘。
「おはようございます、メグ、レティシア」
「おはようルルア」
朗らかに笑う二人は、結婚式に参列してくれたときよりずっと幼なかった。五年前、デビュタントもまだしていない少女である。懐かしいという気持ちもあるが、半年前の結婚式で会ったばかりなので涙ぐむほどでもない。
三人で朝のおしゃべりを楽しんで、真面目に授業を受けて一日過ごす。その帰り道、ルルアはふと考えるのだ。
(前にもやった、という余裕が生まれませんわ)
五年前に戻ったので今の人生は二回目のはずだが、授業の内容は記憶がぼんやりしているし、友人との会話もすでに知ってる話題もあるが、細部など覚えているわけもなく初めて聞く新鮮さがある。
以前もこんな日々だったとは思うが、一つも違えずこうだったかなど覚えてもいないので、自分の行動が前と同じかどうかもルルアにはわからなかった。
「だけど魔女様とお茶をするのは、前回とは明確に違っておりますわね」
「行動をなぞらえて動くことは可能だけど、寸分たがわずというのは不可能だからね。だからこそ私が綻びを直すつもりでいるんだが…確かに今日まで修復の魔法を使ってないよ」
出会って二か月後に開催された魔女とのティータイム。一人歩きの下校中、雑貨屋を出たところで黒猫が待っていた。魔女が王都に魔法薬を納品に来たので、ついでにルルアをお茶に誘ったのだ。
「未来を変えようと思ってはいるんですけど、何から手を付けていいのか…」
「好きなようにしたらいいさ」
「魔女様、私は前回の生でも割と好きに生きておりましたので、これと言って希望はないのです。強いて言えば死にたくないというくらいで…」
「公爵邸での扱いだって嫌でしょう」
「そうですわね…なるほど、では嫁入り先が変わるように動けばいいのでしょうか」
具体的にどう動けば嫁入り先が変わるかはわからなかったが、ルルアはとりあえず公爵家からの縁談にはNOと言ってみようと考えた。社交界全体から避けられてる縁談に、更にルルアが無しと言っても不思議はないだろう。
よし、と方向を定めて、ルルアはその話が来るまで普段通りに過ごしていた。二回目の卒業式は前回と若干思い出が違っていたけど、卒業式後に友人と行ったカフェで、以前注文したケーキが売り切れだったという程度であった。今回はパンケーキを頼み、美味しい思い出が二つだとルルアはニコニコである。注文したホットティーが、間違ってアイスティーで提供されたのは前回と同じであった。
***
卒業してデビュタントをした。嫁入り先を探すのは一般的に父親の仕事である。
(お父様に先に、私の嫁ぎ先の希望を伝えておくのはどうかしら)
ある日、ふとルルアは思いついた。そういえば前の人生の時も聞かれたことはない。というか、両親ともに家にいる時間が少ないので雑談自体が少ないのだが。婚約の話であれば時間を取って話していい内容ではないかと思う。ルルアは父親の少ない休みの日に時間を取ってもらうよう、まずはお願いの手紙を書いた。そうやってアポイントメントを取って、休みの日の父の執務室へ赴いた。
「お休みの日にもお仕事ですか?お父様」
「大臣の不正が発覚してね。過去分の資料を…ああ、ルルアに言ってもしょうがない。手は動かしているけどルルアの話は聞いているよ、用件はなんだい?」
アポイントメントを取ってしまったから、父は家に仕事を持ってくることになったのだろうか。下手に約束しなければ城に泊まり込んで逆に楽だったのかも…とルルアは思う。しかしそこは、ルルアのために帰って来たのだから好意に甘んじようと、仕事の書類から目を離さない父を気にせず話し出した。
「わたくしも、嫁ぎ先を決めなくてはいけない年頃でございます」
「ああ、心配ない。ちゃんと考えている」
「わたくしの希望をお伝えしてもいいでしょうか?」
「ああ、聞こう」
父の色よい返事にルルアは笑顔になる。公爵家に嫁がなくてすむような希望はきちんと考えてあるのだ。
「お父様の伯爵位は、従弟の三兄弟のどなたかに譲られるのに異存はございませんわ。わたくしがお嫁に行って家を出ることは納得しております。ですが、あの、わたくし、あまり背の高い方は威圧感があって怖いですの!それと、王都からあまり離れた土地だと、滅多にこの家に帰って来れなくて寂しいですわ!それと、あまり高位の方だと…その、望まれるなんてことはないとは思うのですけど、あの、気後れしてしまうので、同等か、子爵家や男爵家の方だと良いかなと…」
ルルアは考え抜いて紙にも書いて暗記した条件を父に並べ立てた。
お見合いの席と結婚式で二度だけ会ったエルガ公爵はとても背が高かった。騎士として武勲を立てているらしく、相応に体を作り込んでいて厚みもある。ニコリともしない人ではあるが顔の造形は整っていたので、エルガ公爵家のお家騒動がなければ縁談なんていくらでもあった人だろう。
ルルアの並べた希望ならば、まずはエルガ公爵との縁談とはならないだろうという自信があった。
「ああ、わかったよ」
特に父に何かを問われることもなく話は終わった。あまり父の邪魔もできないと、話が済むとルルアは執務室を退出した。これで安心である、ルルアの未来は変わったのだ。すっかり安心して過ごしていたが、数か月後、エルガ公爵との見合い話が持ち込まれた。
「お父様!私の希望が何一つとして加味されていませんわ!?」
「おや、そうかね?でもエルガ公爵は背が高いだろう?」
「背の高い人はご遠慮したかったのですわ!」
「おや、そうだったか?まあ、これはマリアベルが王妃様からいただいたお話だ、ひとまず会ってみなさい」
(希望を伝えるのならお父様ではなく、お母様に言うべきでしたのね―――!)
ルルアは深く後悔したが、見合いの日取りまで決まっているという。前回も、もしかしたら母経由の縁談だったのかもしれない。
(王妃様からのお話って…お断りできるのかしら?)
ルルアはもちろん見合い後に断るつもりだが、そもそもそんなことしていいのだろうか。母親は「一風変わった侍女」であるから、王妃様に断るくらい平気でやってのけるかもしれないが。




