3◆ルルアの巻き戻り
ルルアが公爵邸で過ごす間、アーネストとほとんど顔を合わせたことがない。唯一顔を合わせたのが、時が巻き戻る前に毒殺されたお茶の時間だ。
この魔女は時の魔女なので死者を蘇らせることはできない。しかし時間の外側から覗き込み、編み上りの予測を見て具合が良くなければ、解いてやり直すことは可能だ。
ルルアの死という仕上がりを、どうにか死なずにいられるように時間を解いてやり直した。
「魔女様にとって見も知らぬ私をこうして助けていただけて、本当に感謝しております」
「なにを言う、この子を助けてくれただろう?」
魔女の視線の先にいるのは黒猫だ。魔女もその相棒の猫も、滅多なことで名は伝えない。魔法は自分の名で発動するように作られており、干渉や改ざんなどのもしものことを危惧してのことだ。長らくの付き合いになるルルアは未だに魔女を「魔女様」、黒猫を「黒猫さん」と呼ぶ。
ルルアの横ですうすう眠る黒猫は、ずいぶんとルルアの世話になった。魔女の相棒という誇り高い魔法猫のくせに、王都に遊びに行った際に馬車に轢かれて重傷を負った。ルルアはそれを拾って手当をし、元気になるまで世話を焼いたのだ。
魔女は相棒がしばらく帰って来ないとは思っていたが、死んだら魔女にはわかるので、どこかほっつき歩いているのだろうと特に探さず放っておいた。魔女にとって数か月などあっという間のことなのだ。
黒猫は時々ルルアの元へ気まぐれに訪れて、ふらりと帰っていくという緩い付き合いをしていた。だが黒猫にとっても数か月などあっと言う間で、しばらくルルアを訪ねないでいたところ、嫁入りして王都の屋敷からはいなくなっていた。
探してみると黒猫の住処の近くに気配があるが、どうにも様子がおかしい。そして気配を辿って行き着いた先には、ルルアの墓があったのだ。今回と同じく、公爵邸の敷地内だ。
相棒が世話になっているからいつか挨拶にでも行こうか、などと思っていたのに、相棒からルルアの死を聞いて魔女は驚いた。まだ若い娘が痛ましいと、彼女の人生を時の外側から覗いてみたら、公爵邸で殺されていたのだ。
自分の相棒が恩を受けた、それだけで魔女には縁ができる。魔女はルルアの運命を丁寧に観察し、そして巻き戻すことを決めた。
彼女は生きていても死んでいても、大きな運命のうねりに影響はない。
彼女の夫のアーネストは、妻が死んでしまっても、生きていようとも、妻、というより家族との繋がりを育てられるようにはできていない。それはアーネストの人としての性質の問題ではなく、彼の持つ大きな運命のためだ。
アーネストはこれから三年後に起きる、隣国との戦争の行方に関わる者の一人である。そのために彼は戦えるよう運命に研磨される。そのように出来ているのだ。凄惨な跡目争いもその一つだ。戦争で生き残るために、彼は公爵家で勝ち上がることを余儀なくされた。
「運命の魔女が魔法かしら…いや、調べるのはやめよう。私の仕事じゃない」
魔塔の魔女は国の手厚い保護の見返りに、国や王家の発展や栄華のために魔法を使う。戦争に勝つための魔法の中で、強力な運命が生まれてしまったのかもしれない。が、これは時の魔女の管轄外だ。気ままに暮らす魔女のやることは、恩ある少女に報いること。
そして魔女は時を解いて時間を5年巻き戻した。巻き戻した分綻びが出ないように、そこから魔法を使った時点に戻るまで、丁寧に魔法を紡ぎ続けなければならない。
こんなに複雑な魔法は人間が行うのは至難の業だが、時の魔女として生まれた者は息をするように使える。
「魔女様に5年ものお時間を頂戴しましたのに、わたくし何も変えることはできませんでしたわ」
訳も分からず血を吐き倒れ、次に目覚めたら五年前。しかも王都の本屋の前である。そしてその目の前には黒猫を抱いた黒髪の女、魔女がいたのである。
「おはよう。公爵邸では大変だったわね」
その言葉で自分が夢を見ている訳じゃないと思い、魔女に言われるままカフェで話を聞いたのだ。彼女が魔女であること、世話を焼いた黒猫は魔女の相棒であること、公爵家に嫁入りして毒殺されたこと、黒猫を助けてくれた礼に魔女が時を戻したこと。
「わたくしのためにそんな大それたことを?」
「さあ…私は普通にできることをやっただけだから、大それたことと言われてもわからないわ。あなたがこれから、どんなにかつてと違う選択をしようと大丈夫よ。綻びは私が直すから。好きなように生きなさいな」
ルルアは魔女にそう言われたし、実際そのようにやったつもりである。しかしかつての人生と大きく違うのは「時々魔女とお茶をする」という日常が追加されたことだろうか。
大きな流れは変わることなく、ルルアはエルガ公爵家に嫁入りすることになってしまった。
そうして、墓から脱出する羽目になったのだ。
「魔女様、同じことを二回繰り返しても、結果が同じになってしまうのはわたくしのせいなのです」
「自分の力でどうにかできることばかりじゃない、卑下するもんじゃないよ」
「卑下しているのではありません、わたくしは気付いたのです。わたくしはきっと、透明なのでございます」
「透明?」
聞き返すと、ルルアはにっこりといい笑顔を魔女に向けた。嵐の夜は長い。薬草のスープは飲んでしまったが、昼間に焼いた菓子もある。茶飲み話といこうじゃないか。
「聞こうルルア。あなたが何を感じて、どう思ってそう答えを出したのかを」




