28◆再会の翌日
本日、三話更新です。
その日、アーネストは魔女の家に泊まった。夕食を食べて公爵家に向かおうとするのを魔女が止めたのだ。
「また馬を酷使しただろう。一晩ゆっくり休ませてあげなさい、まったくもう」
そう言いながら魔女は自分の寝床の寝具を替えてアーネストに明け渡した。食卓テーブルのある奥の、カーテンで仕切ってあるだけの小さな部屋だ。屋根裏部屋のベッドは木箱を並べた上に寝具を乗せているだけなので、木箱を増やせば広くなる。その日一晩ルルアは魔女と初めて並んで眠ることになった。
寝床を借りるのは固辞していたアーネストだったが、結局魔女の言う事には逆らえず借りることとなった。そしてアーネストは横になった瞬間、泥のように眠ってしまった。そして起きたのはなんと翌日の昼も超えた時間であった。仕切りのカーテンを開けて目に入ったのは、食卓テーブルに着くセラフィーナの姿だった。
「おはよう、アーネスト。よく眠れたようね」
「母上…………?」
起き抜けに、まず自分がどこにいるかが解らなかった。昨日のことを思い出し、やっと魔女の家にいることを認識し、次に見たのが母親だ。どうにも状況がわからない。
「アーネスト、よく無事で戻りました。見事、国王陛下の命を果たしましたね。エルガ公爵家の当主として見事な働きです」
「ありがとうございます」
「…で」
「…?」
「保護されてた先から連絡を一切寄越さないのはどういうことです!」
セラフィーナの怒鳴り声にお茶の準備をしていた魔女は肩を竦める。
「申し訳ありません」
「一報くらいできたでしょうに」
「…その」
「なに?」
「知らせを入れたら…王都に帰還せざるを得なくなるので」
「…あっそ!」
要は早くここに帰りたくて、知らせも何もかもをすっ飛ばして帰って来たのだ。確かに軍やセラフィーナに連絡をしたら村に迎えを寄越しただろう。そして王都で療養、後処理、更には叙勲、パレードと続けばいつ帰って来れるかわからない。ならば動けるようになったら自力でエルガ領まで帰ってしまえと、そういうわけだ。
「まったく…勝手に軍を抜け出したと言われても言い訳できないわよ」
「そこは…任務は達成してるのだから、ルシアンには文句は言わせません。村を発つ時に、まだ部下が療養していることは軍に知らせています。そのうち知るんじゃないかと」
セラフィーナはアーネストを見やる。もっと張り詰めた雰囲気の、義務に押しつぶされそうな子だったと思う。それが王太子の無茶振りを逆手に取って立ち回ろうと考えるようになったとは。息子の変化にセラフィーナは笑う。
「そう。随分とボロボロね、でも命あるのが何よりよ。本当に、よく帰って来たわ」
激しい前線での指揮を担っていたことは知っている。セラフィーナはアーネストが傷を負うのを覚悟をしていた。どんな姿でもいいから帰ってきて欲しいと願っていたので、今のアーネストは「想定よりマシ」なくらいだ。
「ルルアは」
「今は執事さんと休憩所に行ってるよ。あなたも行くかい?だったらこれ持っておいきよ。あなたに作っておいた朝ごはん」
魔女が水筒と、朝食に用意していたサンドイッチを紙に包んでアーネストに渡す。それを受け取りアーネストは外へ出た。
「まーったく、母親にはそっけないんだから。どれだけ心配したと思ってるのよ」
「ふふ、よかったねセラフィーナ姫。やっと安心できるわね」
「本当にそうよ!気を張り詰めすぎて倍くらい年取っちゃった気がするわ」
「そんなことないよ、年相応だ」
「そこはもっと、若く見えるとか言ってちょうだい!」
魔女とのこうした冗談も久々だ。朝早くに魔女がエルガ公爵邸まで訪ねて来て、アーネストの無事を伝えたのだ。そのままセラフィーナは魔女と一緒にこの辺境の町へやってきて、アーネストが目覚めるのを待っていた。カーテンの中を覗き眠るアーネストを見た時に、セラフィーナは涙を止められなかった。こんな姿を見せずに済んで、アーネストが眠っていて良かったとも思った。アーネストの帰りを待つ間、魔女の家でのお茶は自分の心を保つために必要なものだった。だけどやっと、ただの楽しみにできる。いつでも美味しい魔女の焼き菓子は、今日は特に甘く感じた。
***
「アーネスト様!」
ベンチでお茶を飲んでいたアランは立ち上がってアーネストをまじまじ見たが、情報が多く、処理に時間が掛かってしまった。戦場帰りのアーネストには無残な傷が付いていることと、サンドイッチの包みと水筒を持ちながら現れた様子に、どう反応していいか迷う。
「長らくの出征、ご苦労様でございました」
そう言ってアランは頭を下げた。目に入った情報はひとまず置いておくらしい。
「ああ。アランもよく母を支えてくれた。礼を言う」
「当然のことをしたまででございます」
「アーネスト様、お掛けくださいな」
ルルアがアーネストのための場所を空けてそこに促した。アランはすぐに、ルルアのアーネストへの呼び掛けが「エルガ公爵」から「アーネスト様」に変わったことに気が付いた。
「私めは、散歩がてら第二休憩所の進捗を見に行ってまいります。ではお二人ともごゆっくり」
第二休憩所というのは、ここから奥に設置したテーブルとベンチのことだ。この小川のほとりを整備したことで、ちょくちょく人がやってくるようになった。そのため更に休憩所を広げている最中だ。そこを先ほどからエルガ公爵家の騎士たちが手入れをしている。それを見に行く名目でアランはその場を後にした。
「昨夜はよくお眠りになられましたね。よほどお疲れだったのですね」
「そんなつもりはなかったんだが…すまないな」
「いいえ、わたくしなんて一週間も寝たきりだったこともございますのよ」
「病にでも?」
「いいえ、筋肉痛でございますわ」
アーネストが不思議そうな顔をしたので、ルルアはその時のことを話すことにした。ただ一つ、「エルガ公爵家に遺恨はない」というのを前置きして。アーネストが高額な懸賞金を掛けることになった出来事なので、受け取り方次第では過去を掘り返し責めているように聞こえるかもしれない。だけどルルアにとって墓から脱出して魔女の家まで走ったことは、生まれ変わったような出来事で、アーネストに話したいと思ったのだ。
そしてルルアの話は、やはり公爵家からの脱出のくだりでアーネストの胸が痛んだ。しかし魔女に世話になり、筋肉痛で苦しんだことやパンを失敗したことなどを話すルルアは心底楽しそうで、この人が思った以上に逞しいことをアーネストは知った。
「そんな風に、この森で暮らしていたのだな」
「はい。アーネスト様にお会いしてすぐ、前公爵夫人もこちらに来られるようになりまして。魔女様と旧知の仲だとは存じませんでしたわ。みんなでアーネスト様をお待ちしておりました」
「そうだったんだな…ありがとう。ルルア、私はあなたを妻だと言ったが、公爵邸に戻る必要はない」
「え?」
「ここにいたらいい。私はルルアの大切な時間を奪うつもりはない」
アーネストの言葉にルルアは驚いた。公爵の妻が公爵邸にいなくてもいいのだろうか。考えてみればセラフィーナも屋敷にはいなかったのだが、彼女の場合、社交は当主と一緒にこなし、公爵夫人として領の仕事もやっていた。ルルアがここにいてできるのは翻訳の仕事と休憩所の管理人だけである。
「あの、アーネスト様。わたくしは微力ではありますが、アーネスト様のこともお支えしたいと思っておりますので、その…公爵邸でも」
「大丈夫だ、私がこちらに会いに来る。来たいんだ私も、この森に」
「そうですか…では、生活の在り方を一緒に考えましょう。どうするのが一番いいか」
ルルアの言葉にアーネストは一瞬止まり、そして笑って「そうだな」と答えた。かつて自分が考えなくてはいけないことは、いかに生き残るかということと、いかに勝つかということだった。二人の生活をどうしていくかを考える、きっと夫婦であれば当然なのだろう。だけどその当事者になったと改めて自覚し、アーネストは少し照れくさかった。




