24◆運命の行方
「運命の魔女よ、入るぞ」
ここは魔塔の魔女たちのいる場所。その一室、運命の魔女の部屋に王はやってきた。先代の王からの依頼である「戦争の行方」については、今は彼が引き継いでいる。
「どうしたんだよ、運命の流れは順調だよ?」
「順調か。戦況は危うく見えるが」
「戦況とか言われてもよくわかんないよ、私が見てるのは運命なんだからさ。上手い事流れているよ?」
「そうか…」
王はセラフィーナに会ってから不安を覚えた。それはセラフィーナがエルガ公爵家の当主代理として現れたことへの警戒ともまた違っていた。
おかしいと思ったのはイズナリオとセラフィーナのことだ。学生時代、二人の関係は上手く行っていると思っていた。友人であったイズナリオはセラフィーナのことを想っていたのも知っているし、セラフィーナもそれを受け入れていたはずだ。途中、つまらぬ諍いがあったのはよくあるものだと受け流していた。
イズナリオとセラフィーナの仲は終わっていた?一体どういうことだ?
結婚後、イズナリオはセラフィーナのことについて何も語ることはしなかった。元よりそういう男ではあったのだが、まさかこうまで関係が壊れているとは思わなかった。夜会などで夫婦揃ってやって来た時には見事に円満な夫婦の仮面を付けていた。
重要な事をごっそり見落として今日まで来てしまったのではないかという不安が、王をこの部屋までやって来させた。
「運命の魔女よ。この戦争は勝てるか?」
「もちろんだよ。そのためにどれだけ魔法を編んでると思ってるのさ」
「…そうだな。少し、妹のことが気になってしまってな…。あれは出来の良い王女だったのに、どうにも上手くいかなかったみたいでな。万が一、妹のことが今後の王家の火種にでもなれば、戦争に勝ったところで国は乱れる」
運命の魔女は王の言葉に、魔法を繰る手を止め顔を上げた。
「悪いけど、私がお願いされてるのは『戦争の行方』だけね。それ以外のあなたの妹のこととか、王家の火種のことなんて知らないよ。個人的な運命の行方については何も担保してない。戦争の勝ち負けだよ?個人的な事情になんて気にしてたら操作できないだろ?」
「そう、か」
運命の魔女が隣国との戦争の運命を勝利へ導いてくれている、というだけのことを、どういうわけか「王家の未来を導いてくれている」と大きく解釈してしまっていたようだ。
「エルガ公爵家がちょっと緩まっちゃって、そこが危ういっちゃ危ういけど、勝つよ。戦争には勝つ」
「それはアーネストのことを言っているのか?」
「名前は知らない、切り込み隊長の駒のことだよ。切れ味は落ちたけど戦争が終わるまでは持つはず」
『エルガ公爵家がちょっと緩まっちゃって』という運命の魔女の言葉は一体何を指すのだろうか。運命の魔法がどのように使われ、どんな作用をするかは王にはわからない。ただ、その魔法の影響をエルガ公爵家――イズナリオとセラフィーナも受けていた?
「あーあとね王様、私この仕事終わったらと~~~ぶん仕事しないから!もう何十年もこの仕事してて、他の魔女から文句言われちゃったんだよ!だから何かやるなら他の魔女に頼んでよね」
魔女はこの国を勝利に導くために運命を操る。操られた運命はそこに居た都合の良い者たちの運命を使い、目的を果たす。それによって個人の運命が歪もうが切れようがお構いなしに。
魔女に願う、というのは、こういうことなのか。今になって王は考える。父から運命の魔女の魔法の件を引き継がれた時に、説明もされ納得していたはずだった。その時は「大義のためならばやむを得ないことだろう」と思った。しかしその運命に使われていたのが、自分から近しい人間で、自分もそうとは知らずにいたのだとしたら。それどころか、わからないだけで、自分もその一人かもしれないのだ。個人の事情は考慮されない。ただ約束されているのは戦争の勝利のみ。
「私は、覚悟が足りなかったのかもしれない」
「え、なに?なんか言ったー?あ、このベル壊れちゃってさ、帰る時に取り換えるようにメイドの人に言っといてよ」
運命の魔女が指を差した方を見ると、取っ手の部分が外れてしまったベルがあった。
「交換するように言っておこう」
「よろしく~」
王は魔女の部屋から出ると魔女の世話係にベルを渡す。王宮への帰り道、王は考える。この先、戦争の状況次第で使われるのは自分や妻や、子供たちかもしれない。自分の運命を乱されていることも気付かずに。王はこれを受け入れるしかなかった。戦争には勝利する。だが、この国の行方は何の保証もない。だがやはり、負けるわけにはいかなかった。
***
月に3回か4回、セラフィーナは魔女の家を訪れるようになった。魔女のお茶とお菓子が好きだというセラフィーナの手土産はいつも食べ物ではない。今日はルルアに便せんと封筒を渡してきた。王都の店で買ったという。
「まあ、なんてきれいなのでしょう。早速こちらでエルガ公爵にお手紙を書きますわ。あ、そうだ執事様、エルガ公爵へのお手紙をまたお渡ししてよろしいでしょうか」
ルルアはそう言って屋根裏部屋に上がって行った。そしてアーネストにしたためた手紙を持って降りる。
「こちら、お願いします」
「確かにお預かりいたします。そしてこちらは、エルガ公爵からのお返事でございます」
「え…え!?お返事ですか!?」
ルルアは返事が来るなど思ってもいなかった。大変な状況の中で返事をもらってしまい恐縮ではあるが、無事であるのがこうしてわかるのは嬉しい事だ。
「あの、わたくし、部屋で読んできてよろしいでしょうか」
「行っておいで」
「はい!」
そう言うとルルアは再び階段を駆け上がった。食卓に椅子は二つと、椅子にできるスツールが一つある。ここは定員三名なのだ。ルルアが部屋に行ったので魔女はアランにも席を勧めたが、従者は主人と同じ席には付かないと頑なに辞退をした。ではやはり外で休憩だと、魔女はクッキーと木の実のケーキや果物を入れたバスケットと、水筒とカップの入ったバスケットをアランに渡した。外には護衛の騎士もいるので、その分も入っている。
「恐縮です。それではまた外の休憩所をお借りいたします」
アランはそう言って家を出た。
「あら、おいしそうなケーキ」
「おいしいよ、この前木の実を取りに行ったんだ。しばらく使えるね」
「本当になんでも自分で用意しちゃうのね、ふふ、面白いわ」
魔女とセラフィーナの和やかのお茶会の間、ルルアは手紙を読んでいた。アーネストの文字は少し右上を向く癖があった。手紙は長くなく、ルルアからの手紙への礼と、アーネストの出征先での現況をさらりと、そして「また森での生活を書いて送って欲しい」と書いてあった。この手紙が来るまでに、ルルアはすでに三通も書いて送っている。ルルアの手紙のネタなどここでの生活のことくらいしかなく、頼まれる前からそんな手紙になっていた。
「そうですわね…では、手を入れた休憩所のことを書きましょう」
現在、アランと騎士たちが休憩している場所のことである。元々はルルアの薬草詰みの拠点として作った休憩所だったが、毎週客が来るようになったので、お客様を迎える用に整備をしたのだ。ベンチとテーブルを増設し、無造作に植えていた花はレンガで囲って花壇を作った。そしてそこへ向かうのは、ただの踏み固められただけの道を通って行くのだが、現在ここに踏み石を置いて歩きやすいようにしようとしている。だけど、そんな道を通ったことはあるが作ったことなどもちろんなくて、どうしたらいいか困ってしまっている。だけど魔女が「色々考えて工夫してみればいい、もし全然わからなければ、ギルドで誰かに聞けばいい。きっと助けてくれるよ」と言ってくれたので、まずは自分で工夫してみようと思っている。そんなことをアーネストへの手紙に綴った。
「ルルア、そろそろ帰るわね」
階下から声を掛けたのはセラフィーナだ。夢中で手紙を書いてしまって、すっかりお茶会への参加を忘れてしまっていた。ルルアは手紙を封筒に入れ封を閉じ、急いで降りて行った。
「わたくしったらずっと屋根裏部屋で…」
「いいわよ。魔女と話に来てるんだから」
「あの、執事様、こちらをエルガ公爵へお送りいただけますか?」
「おや、もうこの便せんで書かれたのですか?」
「あ、二通になっちゃいましたね」
アーネストからの返事を読んで、それに応えるように書き終わってしまった手紙。アランはそれを笑顔で受け取った。
「エルガ公爵もお喜びになると思います」
夕暮れ時、まだ陽が沈み切る前に森を出る。悪路でも平気で走る厳つい馬車に乗り込んだセラフィーナとアランを見送り、ルルアと魔女は手を振った。
そんな風に、アーネストが帰ってくるのを待っていた。




