22◆城への呼び出し
久々の城へのお呼ばれに、セラフィーナはドレスから宝飾品から最上級のものを選び抜く。これは戦闘服である。王である兄からの呼び出しの理由は解っている。勝手に自分がエルガ公爵家の当主代理の届け出をしたからだ。きっとアーネスト不在の間はマデリナ侯爵と王家で管理監督をするつもりだったのだろう。しかし当主が長期不在になるため代理を立てる、それが一親等の親族からの申し出であれば退けられない。王はそれに許可を出しはしたが、納得しているわけではないのだ。
「我が国の太陽にご挨拶申し上げます、エルガ公爵家当主代理のセラフィーナでございます」
「白々しい態度はよせセラフィーナ。ずっと引っ込んでいたお前がどういうつもりだ?おかげで色々番狂わせだ」
「番狂わせ?我がエルガの当主を最前線に送り込んで代理も立てず、当主不在のエルガ領を王家は一体どうなさるおつもりだったのでしょう?」
セラフィーナの言い草に王の眉間に皺が寄る。王家はエルガ公爵家を手中に収めようと画策しているわけではない。むしろあの影響力の強い家の混乱を収めようとしている側だ。その計画の最中に突如現れてかき乱されている、というのが王からの視点だ。
「今の今まで何もせずに…イズナリオの助けになるべきだったお前が引っ込んでしまって、どれほど大変だったか」
「あら、おかしなことを。婚約中の私とイズナリオを見ておいでだったでしょう?私とイズナリオの間に何か、絆はございましたか?」
「なんだと?」
「あれは後ろ盾が弱いイズナリオを当主にするための政略結婚。公爵を継いだ時点で私の仕事は終わりました。それを言うのであれば、随分と仲のよろしかったご学友の方々で支えて差し上げればよかっただけの話ですわ」
「お前まさか、いまだにマリアベルとの仲を妬んでいるのか?あれは誤解だと…」
王のその言葉に、セラフィーナの目が鋭く光る。
「お兄様、イズナリオと私はとうの昔に終わったのです。今更マリアベルとのことなど興味もございません。これ以上は侮辱を受けたとして正当な抗議をさせていただきますが、よろしくて?」
その目線を受けて王は一瞬怯む。気弱な王ではない、ただ、セラフィーナという妹は、男であれば間違いなく自分と王位を争っていたに違いない。それだけの力を持っている。エルガ公爵家に嫁入りし、政治にも口を出さずに別邸で楽隠居のような生活をしていた妹に、呆れもしていたが安心もあった。
王家からの降嫁でエルガ公爵家の混乱は収まるかと思いきや、その様子は見えなかった。王や、学生時代の友人たちも何もしなかったわけではない。エルガ公爵家の血生臭い醜聞が聞こえるたび、何もしない妹に安心していたのに文句を言いたくなったほどだ。
そしてイズナリオは死んだ。最期は病死ではあるのだが、長年命を狙われ、戦い続けたストレスの影響はあっただろう。
そしてイズナリオが死に、アーネストが長期不在となった今、セラフィーナは現れた。すでにマデリナ侯爵を味方に付け、かつては敵対していた親族の派閥とも接触を図っているらしい。
「何を考えている?」
「お兄様がこれ以上私を侮辱しないのであれば、大人しくエルガ公爵領を守り、この国に貢献いたしますわ」
アーネストが送られている戦場は激しい戦闘地域で、彼の作戦と指揮で均衡を保てているという状態だ。彼が戦場から帰ってこない場合、セラフィーナがそのまま当主代理という位置でエルガ公爵家の全権を握ることになる。
敵対は避けるべきだ。王はそう判断した。
「昔のことを掘り返したのは悪かった。いつまでも子供ではない…当然だな。当主代理となったなら、もっと頻繁に顔を見せろ」
「ええ、もちろんでございますわ」
王の口から「当主代理」を認めさせる言わせたことで、セラフィーナはこの謁見での「勝ち」を得た。マデリナ侯爵にはまるで王家と話が付いてるかの如く話していたが、これで帳尻合わせができたことになる。
***
王との謁見を終えたセラフィーナが回廊を歩いていると、遠くにこちらに向かう女性が見えた。これより先は王族との会談の場なので、重要な役割を担う者であろう。
「セラフィーナ…様」
「あら、お久しぶりですわね」
それは今の今まで、イズナリオと共に参加した夜会などでも、ちらりと姿を見かける程度で挨拶すら交わしたことのないマリアベルであった。しかし今のマリアベルはかつて見られた快活さは見られない。憔悴し、青白い顔をしている。
当然だろうとセラフィーナは思う。娘を喪ったのだ。ルルアの遺体を盗まれたことへの遺憾の意と、犯人捜しは水面下では行っていることはマデリナ侯爵を使いに出して説明させている。その時の対応にもマリアベルは出て来なかったという。
「本日は王妃とお約束ですか?」
ルルアの死の知らせを聞いてから、マリアベルは王妃付きの侍女の仕事を休職しているらしい。これはマデリナ侯爵が聞いてきたことだ。なので今日は仕事ではなくプライベートであろう。
「ええ…そろそろ閉じこもっていないで、出てきたらいいと王妃の計らいでお茶会に」
「そう…酷な事をするわね」
「え?」
子どもを亡くした母親を、よくもまあ軽率にお茶会などに誘えるものだとセラフィーナは思った。ルルアは生きているのだが、ルルアの希望は自分を死んだことにしておいてほしいというものだった。なのでセラフィーナは親であるマリアベルにも、ルルアが生きているとを伝えることはない。セラフィーナは個人的にはマリアベルを嫌ってはいるが、子どもを亡くした親として辛いであろうと思っている。
(私は今、憐れまれたの?)
マリアベルはセラフィーナのことを「可哀想な王女様」だと思っていた。
学生時代のセラフィーナは優秀で非の打ちどころのない王女と言われていた。しかし婚約者のイズナリオが自分の事を名で呼んでくれないことや、笑顔を向けてもらえないことで自ら壁を作ってしまった、恋に関しては「残念な子」でもあった。
今の王、当時の王太子殿下やその周囲の友人たちともマリアベルは仲が良く、イズナリオもその一人だった。厳しい家の中では、ほっとするひと時など一瞬もないとの事だった。なぜこんな事を知っているかと言うと、マリアベルがズケズケと聞いたのだ。イズナリオをこんな質問攻めにする者などおらず、一緒にいた王太子殿下も笑っていた。
「いやだわそんな家、私だったら飛び出しちゃう!」
マリアベルはそう言った。実際、平民から子爵令嬢になったばかりのマリアベルは、貴族生活が窮屈であれば、いつだって平民に戻ってやるという気持ちでいたので本心である。その当時、エルガ公爵家というものがどんなすごい家かも知らないマリアベルは平気でそう言った。きっと聞いていた王太子殿下は呆れていたに違いない。
「いや…エルガ公爵家の当主にならなければ、王女殿下を花嫁に迎えることはできない。ならばきっと、ここに生まれてよかったのだと思う」
「えっなんだー好きなんじゃない!」
王女殿下呼びはやめないし、いつも無表情で解りづらいイズナリオは、セラフィーナを好きなのだ。マリアベルの明け透けな言葉にイズナリオは一瞬驚いた顔をして、思わず微笑んだ。そんな顔もすぐにいつもの無表情に戻ったが、マリアベルはイズナリオに「恋する相手への対応」をレクチャーし続け、友人たちも笑っていた。
そんな不器用な友人の気持ちを、つまらないプライドで受け止めることができなかったセラフィーナ。
(可哀想に)
マリアベルはそう思った。妙な誤解をさせてしまった謝罪の場で、セラフィーナは爆発した。そのセラフィーナを見た時も、マリアベルは可哀想だと思った。自分に素直になれず、自分で不幸になる道に進んでいく。実際、その日からセラフィーナはみんなから一歩引いた態度を取られるようになってしまった。
どうしてあんな優秀な人が、間違った方向に努力してしまうんだろう。マリアベルは不思議でならなかった。マリアベルは正しい努力で色んなものを手にしてきた。それだけじゃなく、人のためにも全力で努力をしてきた。だからこそ楽しい友人関係や、一生一緒に居たい相手と出会えたのだと思う。優秀なはずのセラフィーナが、どうしてそれをできないのかが理解できず、考えた末に落ち着いたのが「可哀想な王女様」だった。




