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21◆思いがけぬ訪問・2

ルルアは考えながら、ゆっくり気持ちを言葉にする。


「ええっと…、お金を稼ぐ手段も見つかりまして、魔女様に生活することをご教授していただきながら、私は今とても満足な暮らしをしております。なのでわたくしの望みとしましては、このまま死んだことにして、忘れていただければと…」

「そう」


セラフィーナは考える。ルルアの提案は何て楽なことか。エルガ公爵家の非は問わず、名誉の回復も必要とせず、放っておいてほしいという。詫びの気持ちとしていくらか渡せば話はすんなり終わりそうだ。しかしである。妻の遺体泥棒の犯人に高額な懸賞金を掛けたり、その犯人捜しを止めさせたとたんに帰って来たアーネストは恐らく、この娘を憎からず思っているのではないだろうか。アーネストには嫁のことも任せろと言ってしまった手前、ここではいそうですかと話を終わらせていいものだろうか。


「あなた、アーネストとはお見合い以外で会ったことあるの?結婚式にも来なかったし、あなたが逃げ出すまで帰ってこなかったでしょう?」


アーネストがこの娘を気に入ったのだとしたら、一体いつなのかと気になり、セラフィーナは尋ねた。仲を深めるタイミングなどあったのだろうか。


「あの、はい。お屋敷でお会いしたことはございません。お見合いの席と、先日、この森でお会いしました」

「ここで?」

「はい。わたくしのことを覚えておいででびっくりしました」

「アーネストはそこまで非常識ではなくてよ」

「………」


アーネストを見た時に、すぐに誰だかわからなかったルルアは言葉が出なかった。今となっては悪かったなと思う。


「お見合いの席でわたくしのことを、窓のようだと仰っておりました。出会ったばかりなのに、なんて的確なことを言う方でしょうと思いましたの。皆さま、透明な窓の向こうを見ておられますので」

「そう、あなたは随分見晴らしがよかったのね」

「え?」

「安心したのでしょう。心の読めぬ者ばかりが周りにいたから」


そういうことなのだろうか。あの時ルルアは天啓を受けたような気になっていたけど、アーネストの言った意味とは違う捉え方をしたのだろうか。しかし当時のことを思い出しても、とにかく天啓という名の思い込みだけ印象に残っており、何を話したかの詳細を覚えていない。


「わたくし、公爵様ともう一度お話しなくてはいけませんわね…」


ルルアがそう言った瞬間、扉が開いた。魔女が帰ってきたのだ。


「あれ?セラフィーナ姫じゃないか。来るって言ってくれたら家にいたのに」

「ふふ、お邪魔してるわ。今日は嫁と話に来たのよ、でももう終わったわ。そうだ、お菓子いただいてるわ」

「たくさん焼いたからどうぞ。執事さんも座ったら?」

「いいえ、私は従者でございますので」

「じゃあ一旦休憩しておいでよ。ルルア、小川のほとりにベンチを置いたろ?そこに案内しておあげよ」

「まあ!あのベンチにお客様は初めてですわね!ええ、そういたしますわ。お茶とお菓子も持って行って休憩いたしましょう執事様」


最近、ルルアの薬草詰みの休憩拠点として小川のほとりにベンチを設置した。最初はただ椅子を置いただけだったのが、テーブルを置き、花を植え、なかなか素敵な休憩所になっている。バスケットに水筒と菓子を入れ、ルルアはアランを伴って家を出た。


「ルルアと話せたかい?」

「ええ。私の力は必要ないみたい」

「そうだね、公爵家の輪からは抜け出した」

「でも、アーネストはあの嫁のことを気に掛けているわ」

「そうなのかい?」

「そうなのよ」


たしかに、ルルアとの結婚はアーネストが望んだ縁だった。そして先日、逃げおおせたルルアと再会したのだ。きっと、本来はもっと自分の望むものを引き寄せられる力があったのだろう。その力があるからこそ、運命に抑制され、その力の方向を変えられ使われている。


「…成り行きを見守るしかないねえ」

「そうね。…国王だったお父様が運命の魔女に依頼したのは、今の戦争の行く末のはず。きっとアーネストは働かされるのでしょう。待つしかできないって、嫌なものね」

「そうだね。そうだ、もう公爵家は落ち着いたのかい?」


魔女はティーポットに新しいお茶を淹れながら聞く。


「ええ、造作もないわ。件の侯爵には領地をしっかり守ってもらって、私の派閥に付いてもらっているわ。娘の方もちょっと厳しい修道院に三年間よ。よくよく見れば、あの娘も可哀想だと思ったからね」

「そうなのかい?」

「なんだってあんな小娘に公爵家を牛耳らせていたのかって頭にきていたんだけど、ちゃんとイズナリオの思考を追ったら解ったわ。イズナリオは、ローラを使ってアーネストから他の家の娘たちを牽制していたのね。将来を夢見ていれば、勝手に虫除けをするでしょう」

「それは…」

「ほんと、どうしようもない男」


どこまで女を道具だと思っていたのか。セラフィーナは吐き出すように言う。魔女は新しいお茶の入ったカップを二つテーブルに置いて席に着く。


「セラフィーナ姫が元気そうで何よりだよ」

「ええ?」


上手く捌いてはいるが、現状セラフィーナのやることは山積みだ。別邸に引っ込んでいた時とは比べ物にならないほど忙しい生活をしている。


「やるべきことで忙殺されてるだけじゃない」

「セラフィーナ姫らしいね。時々ここにサボりに来たらいいよ」


王女の時代はいつもやるべきことに追われ、隙を見ては魔女の元にサボりに行っていた。確かに、自分の動きはあの頃みたいだとセラフィーナは思う。


「あら。じゃあしょっちゅう来るわよ?私も歳とって休憩はたくさん欲しいんだから」

「いつでもおいでよ」

「…そうするわ」


セラフィーナはそう言ってお茶に口を付ける。あの頃と変わらぬ野草茶と焼き菓子の味、魔女の友人。ルルアのやり直しに巻き込まれたようだけど、案外救われたのは自分ではないのか、そんな風に思ったりした。


***


「まあ、前公爵夫人と魔女様はご友人でしたのね」

「はい。ここ最近再会をいたしまして、私としましても大変嬉しく思っております」


小川のほとりでルルアとアランはお茶をしていた。丁度木陰になって丁度いい休憩所なのだ。木漏れ日が良く当たる場所では黒猫が寝ている。


「ルルア嬢は外国語で生計を立てておられるのですね。大変立派なことです」

「いいえ、そんな。でもわたくしのできることで、人のお役に立てるのは幸せなことですね」

「左様ですね。もし何かお困りのことがございましたら、このアランめにご連絡をくださいませ」

「ありがとうございます。でも、困ることはないと思います。あのお屋敷を出てからわたくし、困ったことはございませんの」

「それは逞しいことです」


アランは目の前の素直な少女に、確かにエルガ公爵家の夫人としての資質は足りていないと見ていた。公爵夫人ではなく、ただのお茶をする相手として見たら、とても心が和む相手だ。それも価値あることではあるが、背負っている家名や役割にそぐわないこともある。そして同時に、アーネストが「窓のよう」と称したのも解る気がした。全ての言葉や態度が、心をそのまま外に映し出しているような少女だ。誰もが信用ならない環境で育ったアーネストが惹かれるのも理解できる。


「そうだ、ルルア嬢。大奥様からの手紙であれば、戦場にいるアーネスト様にも手紙を送ることができます。アーネスト様に無事を願う手紙を一通、書いて差し上げてはくれませんか」

「手紙を?わたくしがですか?」

「ええ。一緒に送ればきっと励みになると思うのです」


アランの言葉に、ルルアはじっと考える。命を懸けて戦う人を励ますことができるのであれば、願ってもいないことである。立場的には「死んだ妻」という微妙さではあるが、エルガ領の領民でもあるのだから、手紙を書くのはいいだろう。


「はい、なるべく早くお渡しいたしますわ」

「ありがとうございます。多分、来週あたりまた来ることになると思いますので、それくらいまでに書いてくださいますか?」

「あら、魔女様に会いに来られるのかしら?」

「恐らくそうなるかと」

「ふふ、古くからのご友人との仲が続いておられるのは、とても良いことですわ」


そして実際、翌週にもセラフィーナはアランを伴ってやって来た。今度は純粋にお茶をしに来ただけである。ルルアは戦場にいるアーネストへの手紙をアランに渡した。無事を祈っていること、セラフィーナがやってきて自分を心配してくれたこと。

戦場でそれを受け取ったアーネストは、その手紙でルルアの文字がとても美しいことを初めて知った。


『先日お会いした森は今日も平和そのものです。夜明け前、まだ目を覚ます前の森の静けさはエルガ公爵に似ているような気がします』


透明なルルアという窓から見た自分は、夜明け前の森だという。自分がどういう人間かなど、今まで意識をして生きて来たことがない。初めて自分に輪郭が付いたような気がしたのだ。どういうわけか、アーネストはその手紙からしばらく目を離すことができなかった。

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