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15◆初めての仕事

本日、二話更新です。

「若奥様の死体泥棒の犯人捜しは打ち切られたってよ」

ルルアがそれを耳にしたのは、魔女のお使いでギルドにポーションの納品に来た時だった。懸賞金が高額だったのでギルドにたむろする冒険者たちは残念そうな声である。

そもそも存在しない犯人なのだ。きっと魔女がどうにかしたのだろうとルルアはほっとした。


「はーいルルアお任せ、ティトリーのポーションの代金よ」


奥から検品を終えた女性が伝票と代金を持ってやってくる。女性の言った「ティトリーのポーション」は商品名ではなく、魔女がここで使っている名前がティトリーということだ。一番最初に納品したハーブがティトリーだったのでそう名乗ったらしい。


「ありがとうございます、こちらにサインですね」

「いつも思っていたけど、あなた字がとてもきれいね」

「そう、でしょうか?」


特に字を褒められたことなどないルルアではあるが、ここでは簡単な単語しか書けない者も多く、それを思えば褒められるのも納得だ。ルルアが礼を言おうとしたが、それに被せるように他の客が女性に話しかけた。まるでルルアが見えていないようである。


(やはり、わたくしは透明ですのね)


妙に自信のある顔つきでルルアは小さく頷くと、ギルドを出るため踵を返す。しかしすぐに、今話をしていた女性職員がルルアを呼び止める。


「まってルルア!この字読めない?」

「え?」


振り向いた先で目に入ったのは何やらメモだ。字はこの国のものでも、隣国のものでもない。


「あの…『やまべ亭』…宿屋のお名前ですよね?その下はご住所でしょうか」

「読めるのね!宿がどこにあるか聞いてるのねこの人!」


ルルアとの話を遮ってきた人は外国から来た旅人で、筆談で宿屋の場所を聞いていたのだった。たしかに、いつもは外国語の対応を一手に引き受けているギルド長の姿がない。

昔から縁が深い国の言葉であるので、貴族の教育では必ず習う。ルルアは旅人との筆談を引き取って、やまべ亭への案内を終わらせる。にこやかに手を振ってギルドを出る旅人の目に、今度はしっかりルルアが映っていた。


「本当にありがとう!私焦っちゃって」

「お役に立ててなによりですわ、それでは」


この国の言葉を知っていたことで良かったのは、人気小説を原書で読めたことと、今回のことだとルルアは思う。しかしそのことが仕事に繋がるなど、この時は思いもよらなかった。


ある日出先から帰って来た魔女から、ギルドからの依頼の話を聞かされた。


「この魔法書の翻訳ですか?」

「そう。魔法に関することだから専門用語も多いから無理じゃないかって言ったんだけど、そこは私がフォローしたらいいじゃないかってギルド長がさ」

「あら?魔女様、ギルド長様には魔女であることをお話されているんですか?」

「してないんだけど、バレてるみたい。この依頼はできる人がいなくて3年も塩漬けになってるらしいよ。できるかはわからないけどって言って、一旦預かってきたよ」


魔女がそう言ってルルアに渡したのはそう分厚くもない古い書物だ。この国の公用語ではないが、マイナー言語というわけでもない。きっと王都に行けば専門用語があろうが翻訳する者もいるだろうが、本の所有者はそこまではしないらしい。


「依頼料は1ページ訳すごとに支払われるのですわね。魔女様、私も労働にチャレンジしてみようと思いますわ!」

「そう。じゃあこの依頼は正式に受けるわね」

「お願いします!」


こうして魔法書の翻訳をすることになり、出来上がった分を週に一度納品するようになった。その仕事ぶりを見たギルド長が、ギルドに貼る外国語の注意書きや、近隣の店で使う外国語の値札書きなどもルルアに依頼するようになった。本当は自分が頼まれているものだが、さすがにギルド長となると忙しく、後回しにしてしまっていたものらしい。


「ルルアは字も綺麗で俺がやるよりずっといい。頼み先ができてよかったよ」


筋骨隆々、という形容がしっくりくるスキンヘッドの彼はそう言った。


「あんまり無理するんじゃないよ。私ももっとポーションを納品しろって言われてるけど、働き過ぎたくないから断っているんだから」

「まあ、お仕事をコントロールされているなんて素晴らしいですわ。わたくしは大丈夫ですわ、今はお願いをされるのが嬉しいんですの」


ルルアは外国語の値札をきりがいい所まで書き終えて、ペンを置いた。そこに魔女がハーブティーが入ったカップを置く。黒猫は作業をするルルアの隣の椅子でさっきからずっと丸くなって眠っている。


「善意を過剰に与えても毒になるから、そこは気を付けるといいよ。自分自身を切り出しているように感じたら、それは止まる合図だよ」

「魔女様は、本当に深く物事をご覧になっておられるのですね。そういうものでございますか?」

「そうだね、そういうのは見て来たね」

「そうですか…。だけど、お願い事をされて、自分がそれを叶えられるというのは、とても嬉しく思ってしまいますわね。思えばわたくしは、誰かに何かを望まれたことがなかったのですね」


今までのルルアは、力のない伯爵家の令嬢であり、マリアベルの娘であり、出来の悪い公爵夫人でしかなかった。なので「自分自身の技能で仕事がきた」のが嬉しいのだろうか、とルルアは考える。


「その仕事だってルルアの「力」目当ての依頼だよ。それはとても尊いことだけど、そこに依存をしては壊れてしまう」

「そんな方がおりましたか?」

「そうだね、見て来たね」


ルルアはハーブティーに口を付けて、魔女の言葉を咀嚼する。魔女の言葉は正直、ルルアには難しい。だけど、こうして足元が掬われないように助言をしてくれるのはありがたいことなのはよくわかる。生きるのは難しい。お金を稼ぐのも、自分の心の置き場を選択するのも。だけどきっと、これが生きるということなのだろうとルルアは思う。

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