14◆セラフィーナ、本邸に乗り込む
「セラフィーナ姫にただでお願いを叶えてもらおうとは思っていないよ」
「あらぁ?私を扱き使うのは高くつくけど、何をくれるつもりなのかしら?」
セラフィーナは愉快そうにそう言うが、魔女から何かを得ようと思っているわけではない。しかしきっと、魔女の提案は面白いものだろうと期待をしている。
「私に得意なことは時に関することだけだからねぇ。セラフィーナ姫はどっか戻ってやり直したいことってある?」
「え!?それってそこから私もやり直すってこと!?」
「まあそれもできるけど、その切り取った時間に少しだけ戻って、そこで起きた影響を現在に編み直すのも可能だよ。お願い事をするんだからなんでもいいよ、と言いたいんだけど、運命の魔女の魔法の影響が強そうだから、あんまり変わらないかもしれないけどね」
まだ王宮にいた時代、いつも運命の魔女は王命で魔法を編んでいた。あの影響がエルガ公爵家にあるというのか。セラフィーナは考える。戻りたい過去なら一つだけある。今も夢に見るあの過去を変えることができるのか。
「その魔法は今すぐにでも使えるの?」
「セラフィーナ姫の準備が良ければ、使えるよ」
あの時にああしておけば、と何度思ってきたかわからない。やりたいことは決まっている。
***
魔女との久方ぶりの再会後、程なくしてセラフィーナはエルガの本邸へ出発した。
アーネストは妻の死を知るとすぐに帰ってきたが、まだ王太子からの命令の途中であったため、犯人捜しの指示だけ出して戻って行った。今はまだローラが女主人の如く振舞っている。本堤に前公爵夫人が戻って来て、一番驚いたのはローラだ。
「セラフィーナ様!?まあ、こちらに戻られるなんて聞いていなかったので、何の準備も…」
愛想笑いをしてそう言うローラにセラフィーナは一瞥もせず、本邸の執事に言う。
「あら…主不在の屋敷に上がり込むなんて、野良猫みたいな真似をする者がいるのね」
「え、いや…それは」
「あら、そう。わかったわ。然るべき管理人を置かなかった私が間違っていたのね。アラン」
セラフィーナは冷たく言い放つと、後ろに控えていた別邸の執事であるアランが礼をして前に出る。
「本日より大奥様が本邸にお戻りになられた。部外者を容易に上がり込ませている執事は本日解任とし、召使いたちは皆私に従っていただきましょう」
解雇を言い渡された執事も、他の使用人たちも息を飲む。しかし不満の声など上げることはできない。何故ならセラフィーナは前公爵夫人であり、王族の血を持つのだ。理不尽であろうがなんだろうがセラフィーナの決定は絶対である。
「あの…セラフィーナ様、私は」
「あなたのことはマデリナ侯爵に直接伺います」
セラフィーナは視線も動かさぬままローラに答え、そのまま邸を見て回るために歩き出した。
「マデリナ侯爵令嬢、こちらへ」
有無を言わさぬアランに促され、ローラは屋敷を出る。用意されている馬車は立派ではあるが、ローラがいつも使っていた馬車には劣るランクのものだ。
ローラはこの仕打ちに怒りを抱いているかと言えば、そんなことはない。感じているのは恐れである。いくら今まで好き放題やっていたローラであっても、それはアーネストや前公爵のお目こぼしである自覚はあるのだ。その状態でやってきたことの中には、度を越していたことがあるのを、セラフィーナに冷や水を浴びせられた今は思い当たることが多数ある。
今のローラは馬車など構わず、早くマデリナ侯爵家に帰り、父に言い訳を並べてどうにか取りなしてもらうことばかり考えている。ここにアーネストがいれば彼に頼ることも考えたかもしれないが、彼は次の遠征に行く寸前に一瞬戻って来ただけで、再び会えるのはだいぶ先の話になる。
逃げなければ、一刻も早くここから。セラフィーナの機嫌を損ねる何かが目に入る前に。
ローラを乗せた馬車を見送ったアランは邸に戻り、帳場へ足を向ける。そこにはアランから命令を受けた部下がいた。
「指示通り、帳簿や伝票は全部押さえてあります」
「ご苦労。出入りの業者の調査もよろしくお願いしますよ」
「もう既に手配済みです」
「さすが、仕事が早くて何よりです」
調査をするのは帳簿との整合性、取引の透明性、そしてエルガ公爵家の様子である。公爵夫人の自死の理由が邸の中にあれば、それはどこかから見えるはずである。
マデリナ侯爵の娘に染まり切った使用人の言い分を聞くつもりはない。きっとくだらぬことがあったはずだ。
アランはエルガ公爵家の由々しき事態に、心躍っているのが正直なところだ。前公爵であるイズナリオにアーネストを取られてから、頑なに本邸には関わらなかったセラフィーナがやっと動き出したのだ。申し分ない王女だったというのに、エルガ公爵家に嫁いでから不遇の一色。セラフィーナに付いてきた者たちは皆納得していなかった。
そら見たことか。我らが大奥様が本気を出せばエルガの掌握など他愛もない、そう思っている。この状況はマデリナ侯爵と王家から文句が来るかもしれないが、それに負けるセラフィーナではない。実際、向こうの出方のパターンを複数考え、それも対策済みの上で邸に乗り込んで来ている。
セラフィーナは本邸に戻り、すぐに公爵夫人の墓を暴いた犯人捜しをやめさせた。
「あらぁ、アーネストが戻ってくるですって。ほほほ、そんなに腹が立ったかしらね」
「自分の指示でさせている捜索を勝手に打ち切られたのだから当然でございましょう」
「こんなに早く帰ってくるなら丁度いいわ。あの子と話をしなくてはならないもの」
ほぼ使用人が総替わりしたエルガ公爵邸の中庭で、セラフィーナはお茶を飲んでいる。残ったのはマデリナ侯爵家の手垢の付いていない新しいメイドと、昔からいる庭師だけだ。
帳簿を確認したところ、仕入れたものがローラと懇意にしていた使用人たちのポケットに入っていた。これは横領しようとしたわけではなく、自分を女主人だと思っているローラが、気前よく使用人たちにそれを許していたのだ。これならば新しく来た花嫁など使用人たちにとっても邪魔だっただろう。
ローラがそうしていたのは、驚くことに善意からである。そして、使用人たちがルルアを邪険にしていたのもローラへの気遣いだ。
「バカを野放しにするとこういうことが起きるのね。部外者にいいようにされて、あの人は何をしてたのよ」
セラフィーナが言う「あの人」とはイズナリオのことである。
エルガ公爵家の資産から使用人が多少横領したところで微々たるものだ。目にも留めなかったのだろうと思うが、舐められて平気な精神はセラフィーナには理解不能だ。
「アーネストが戻るまでもう少しあるわけね、まあそれまではゆっくりしましょう」
「左様ですね」
セラフィーナはアランの注いだおかわりの紅茶に優雅に口を付けた。




