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11◆セラフィーナのその昔・1

「あらセラフィーナ姫、また来たの」

「だってぇ、行儀作法のおさらいなんて必要ないもの。私完璧だもの~ホホホ」

「ふうん、じゃあお茶でも飲んでいく?」

「ええ、もちろん!」


セラフィーナは美しく聡明と人気は上々の王女であるが、結構猫かぶりである。頭がいいのは間違いないが、こうやって従者を出し抜き好き勝手やることもざらだ。きっと抜け出したのに気が付けば、いつもの教育係が真っ赤な顔で魔塔に迎えに来るだろう。

魔塔は二構成になっている。エリート魔法使い軍団のいる部門と、魔女たちの住処。魔女の住処への出入りは厳しく、王家の者とその従者、魔塔の幹部しか入ることができない。その者たちはもちろん、魔女と接する心得を叩き込まれている。

セラフィーナのサボり先はここ数年魔塔である。困ったとは思いつつ、得体のしれない場所に行くわけないので従者たちは安心していた。


魔女がお茶とクッキーを提供すると、セラフィーナはそれを興味深く見る。


「あなたって本当に自分の作ったお茶やお菓子ばっかり食べるのね」

「作るのが好きだからね、買う隙間がないんだよ」

「魔女ってみんながそうなの?」

「さあ…そんな話したことないからわからないね」

「話さないの?」

「あまり話さないね。他の魔女に興味がないんだよ、魔女は」

「おもしろいわ!」


何を話しても面白がるセラフィーナを時の魔女は気に入っていた。

ここ数年、時の魔女には仕事がない。と、いうのも運命の魔女が大きな仕事をしているらしく、時をいじくるなと言われたからだ。時を紡ぎ直したことで運命の魔女の仕事に支障が出たら「とても腹が立つ」とのことだ。国王にも直々にお願いされたので、きっとこの国の大きな局面を動かすつもりなのだろう。そんなわけで時の魔女は数年間、ただ暇を持て余しながら魔塔で暮らしている。セラフィーナがお茶をしに来るのはいい暇つぶしになるのだ。

セラフィーナは魔女のことも魔法のことも、興味津々でお茶の時間にあれこれ聞いてきた。

その他でこのお茶の時間に話題に上がるのは、セラフィーナの婚約者イズナリオのことである。


「本当、ニコリともしないのよ。表情筋が死んじゃったのね~まあ私がお嫁に行ってマッサージでもしてあげれば戻るでしょ」


全くしょうがないわね、というようにセラフィーナは言う。3年前にセラフィーナと婚約したことで、イズナリオがエルガ公爵家の後を継ぐのは確固となるものとなった。


「エルガ公爵家ってあの…面倒そうな家だよね?人気がありすぎていつも揉めてる」


婚約の話を聞いた時、魔女はそう言った。貴族のあれやこれやには興味はないが、それでも耳に入ってくるのがエルガ公爵家のいざこざだ。


「相変わらずあの家は面倒なのかい?」

「魔女から見たら、たかがそんなことなのね。おもしろいわ」


コロコロと愉快そうにセラフィーナは笑う。魔女は王女相手でも態度を変えない。なぜなら魔女は人間ではない。王様だってキツネやウサギに自分を崇め奉れとは言わない。それと同じように魔女にも王族や貴族への礼儀など求められない。そんな一見無礼とも取れる魔女の態度もセラフィーナには面白いものだった。


「昔に会った時はもうちょっとはにかんだりしてたんだけど…すごい小さいときよ?まあいいわ、面倒ごとが落ち着けば余裕もできるわよ。私がにっこりさせてあげるんだから」

「セラフィーナ姫は婚約者殿をずいぶんお気に召しているんだね」

「うふふ」


そう笑って、ハーブティーの入っているティーカップに目線を落とす。そうしながらじっくりと、自分の気持ちを見直してみる。


「最初はね、まあ妥当な嫁ぎ先ねって思う程度だったのよ?私と結婚したらエルガ公爵家を継ぐのは間違いないだろうし。イズナリオのことも知らない人ってわけでもないしね。お兄様がよく連れていたの」

「ふうん」

「イズナリオってね、クールとか言われてるけど違うのよ。あんなの表情筋が死んでて不器用なだけよ。なんでもできてオールマイティーって言われてるけど、あれはね、努力の賜物よ。一生懸命やって身に付けているの」

「そうなの」

「だからね、なんていうか~」

「うん」

「私が居てあげないとな~とか思ってね、うふふふ」

「うん、いいんじゃないの?」

「でしょ?だって私こそ真のオールマイティーよ?それにこの国に私以上に立場の強い少女はいないわ。あの面倒くさいエルガ公爵家でも上手く立ち回ってやるわ。きっと、イズナリオの力になれると思うの」


自分の力を誰かのために使おうと、この姫は切磋琢磨している。人間の中には当たり前のように、自分のことをほいっと相手に与える者がいる。それを見るのはとても気分がいいと魔女は思う。


「姫様!またここにおりましたね!」

「うふふ、思ったよりも長い間休めたわね。今日は私の勝ちだわ」

「こんなことで勝ちとかありません!帰りますぞ!魔女殿、お仕事中お手数をお掛けしました」

「いいのよ、暇だし」


いつもの教育係がセラフィーナを連れて王宮に戻る。そんな他愛のない日々を重ねていた。


セラフィーナが学園に入学し、前ほどの頻度で魔塔に来ることはなくなった。それでも時々やってきては、学園生活のことや一つ上の学年にいるイズナリオのことを魔女に話して聞かせた。

セラフィーナの楽し気な様子が変わったのは、マリアベルという「一風変わった子爵令嬢」がイズナリオに近づいてからだ。正しく言えばイズナリオとだけ懇意にしていたわけではなく、王太子が率いる集団から始まり、その婚約者とも友人関係になっており、学園内でマリアベルの名は学年関係なく知られていた。セラフィーナはマリアベルと同学年である。

なんでもマリアベルは数奇な運命のため市井で暮らすことになったが、行方不明になっていた子爵家の娘と分かり最近令嬢となったので、立ち振る舞いや物言いが令嬢のそれとは違っているという。それが逆にセラフィーナの兄王子に受けて、最初はいい顔をしていなかった兄王子の婚約者もそのうち絆された。高位貴族の子息令嬢は次々陥落されているらしい。

その子爵令嬢はふと、相手の悩みを解決するきっかけを作ったり、思わぬ大きな事件を解決したりと、とにかく活躍するらしい。


「そりゃすごい。魔女だってそんなにできやしない」

「そんなことないわ、魔女の方がすごいわよ!」


セラフィーナはお茶をしながらイライラした様子でそう言った。王女として弁えている彼女が、そんな態度を露わにするのは魔女の前でだけである。

セラフィーナが怒っているのは、イズナリオが自分のことをいつまで経っても「王女殿下」と呼ぶのに対し、マリアベルは名前で呼ぶからだ。それはイズナリオだけではなく、その周囲も皆そうしている。

最近まで家名などなかったマリアベルは家名で呼ばれてもピンと来ず、呼ばれたことに気付かずにスルーしてしまうこともあり、名で呼ばれ始めたという。


「イズナリオなんていつもお堅くしてるくせに、なにを名前で呼んでるのよ」

「婚約者にもそう言ったのかい?」

「言ったわ!そうしたらお兄様に伝わったみたいで、お兄様から「王女がつまらない嫉妬をするな」って怒られたのよ、納得できる?」

「ふうん、私なら納得できないし、しないね」

「…しなくてもいいわよね?」

「自分の感情に勝手に名前を付けられるのは腹が立つわ」


魔女にそう言われ、セラフィーナは少し気が済んだらしく、魔女の淹れた茶に口を付けた。


「まあ、ちょっと私も大人げなかったかしら」

「子供が年相応で何の問題があるの?」

「魔女から見たら子供に見えても私はもう立派なレディだわ」


ぷんと顔を背けるが、これは魔女に甘えているのだ。こんなことができる相手も、今のセラフィーナには魔女しかいない。婚約者に文句を言ったことで、なぜかセラフィーナが我儘王女と見られているのだ。

どうやらマリアベルに対抗する者は「悪」と見なされる流れがあるようだ。魔女はちらりと、運命の魔女の部屋の方を見た。

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