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10◆魔女のお出かけ

「まあ硬い!パンってこんなにカチカチにできるのですね!」

「これはスープに浸して食べるしか無さそうだね」


ルルアは魔女にパンの作り方を教わって作ってみたが、驚きの硬さである。ルルアがパンを焼いている間に、魔女は掃除やスープ作りをすっかり終わらせ、その辺に生えている薬草も摘んだ。家事においてルルアは何の戦力にもなっていないが、魔女はのんびり構えている。パンは今日と明日の分を焼いたので、二日間はこのカチカチのパンだ。


「まあ、味は普通に小麦粉の味がするよ」

「わたくし、こんな硬いパンは初めてですわ」


自分で作った硬いパンを一生懸命に咀嚼しながらも、ルルアは自分の成果を楽しんでいた。魔女はルルアがこうして失敗しても怒ることなく、だったらこうしようと代案を出す。それをルルアは「お優しい」と称したが、魔女いわく違うという。


「失敗したプディングから美味しい晩御飯を作ったり、カラカラに干からびてしまった作物から新しい薬を作ったりできる。要は失敗は次に繋がる切っ掛けだと知っているから、人間たちのようにいちいち怒っていないのさ。それに失敗に対して、だったらああしようこうしようとやるのは楽しいだろう?まあ、寿命という持ち時間が違うってのもあるかもだけどね」

「まあ魔女様、素晴らしいお考えですわ。わたくしもそのような心持ちでおりますわ」


ルルアは先ほど口に含んだパンをやっと飲み込んでそう言った。

魔女は昼食の後はギルドにポーションの納品に行ったので、ルルアは黒猫と一緒に森の奥に薬草を取りに行く。手提げの籠に半分ほど薬草を摘んだところで暗くなり初め、ルルアは急いで家に戻った。魔女が帰る前に火の準備をしておくつもりだ。

魔女は竈の火を魔法でも付けられるが、いつもマッチで火を付ける。マッチで火の準備をすることは、ルルアがここに来て初めてできるようになったことで、それから毎日ルルアがその仕事を受け持っている。

魔女が帰って来たのは日が沈み切ってからで、いつものギルド帰りより少し遅かった。買い出しの品も持っていたが、たくさんあるわけじゃない。


「魔女様、何かございましたか?」


昼の残りのスープを温めながらルルアは聞いた。


「ルルア、あなたの髪は公爵家の庭に捨てて来たのかい?」

「髪…ですか?」


ルルアは問われて記憶を辿る。確か、公爵邸から逃げる途中で切ってサッパリしたはずだ。意識してなかったけど、その場に捨ててきてしまったかもしれない。


「そう…ですわね、そうだったかもしれません」

「そう…。ルルア、あなたの遺体は盗まれたことになっているわ。公爵様が犯人捜しを始めたそうよ」

「…ぬ?」


あの日、まんまと逃げおおせたのに満足し、その後のエルガ公爵家のことなど考えもしなかったが、ルルアが死んで墓が暴かれていたのなら、盗まれたと思うはずである。だけど現実には犯人などおらず、ルルアが墓から抜け出しただけだ。

犯人捜しを始めたエルガ公爵は鬼気迫るものがあるという。犯人には懸賞金もかけられ、町中に張り紙がされていた。その金額にギルドの連中は色めき立っていた。


「まあ…犯人なんておりませんのに、公爵様にいらぬご苦労をさせてしまいましたわね。犯人を探しても無駄だとお手紙でも送った方がよろしいでしょうか」

「油に火を注ぐからやめておくれ」


公爵夫人の遺体が盗まれたなど、確かに大事件である。しかし、それをエルガ公爵家が発表するとも魔女は思っていなかったのだ。公爵夫人の死を隠すならまだわかるが、そもそもルルアに酷い扱いをして死なせた家が、どうして死体泥棒を金までかけて探そうというのか。


「ふうむ…」


夕食は昼間のスープとパンに、買ってきたソーセージを焼いて付けた。それを食べながら魔女は考える。


(もし見つかって、私がルルア泥棒にされたら困わね)


巻き戻す前にエルガ公爵家をちらりと覗いた。昔と変わらず殺伐としていて、心底関わりたくないと思ったものである。そんな家からの矛先がこちらに向いたら困るのだ。

いくら魔女と言っても万能なわけではない。トラブルを避けるには知恵を絞り対策を立てねばいけない。人間と同じだ。

情報収集をしてみると、エルガ公爵は夫人の遺体を盗み出され、髪を切り落されていたのはエルガ公爵家への宣戦布告と取ったようだ。

なるほどな、と魔女は思う。貴族とは面倒なものだ。そして、そんなつもりはなかったのにエルガ公爵にケンカを売ったルルアを心底面白いと思った。

怒っている相手に直接関わるのは得策ではない。ならばどうしようか。


(昔の知り合いにお願いしてみようかしらね)


そう思い、魔女は小麦粉の袋を開ける。クッキーを作るつもりだ。会いに行くのなら手土産がいるだろう。


「まあ、魔女様、何かお作りになるのですか?わたくしもお手伝いしますわ」

「ありがとうルルア。では粉をふるってもらおうかな」

「はい!」


クッキーはナッツを乗せたものと、ジャムを乗せたものを作ろうと魔女は瓶を用意する。このベリージャムもクッキーで使ったらおしまいくらいの量しかない。次は来年、また森に実が生るまでお預けだ。


「明日からちょっと遠出をするから、帰ってくるのは3、4日後になるよ」

「あら、どちらへ行かれるのですか?」

「このエルガ領の中ではあるんだけど、もっと南にある町に行ってくる。大きな湖があってね」

「あら素敵ですわね、お留守番はお任せくださいね」


出来たクッキーの形の悪いのを摘んでのお茶の時間、魔女はルルアに予定を話す。行儀悪くテーブルの上で寝そべっている黒猫が「留守番」の言葉に顔を上げる。こちらも任せろと言ってるようだ。

この家には魔女の守りがあるから困ったことはまず起きないが、その守りでは外に出たルルアが転んで谷に転げ落ちるのを防ぐことは出来ない。魔女は黒猫を「頼んだよ」と言って撫でた。


魔法陣や空を飛んでの移動も可能であるが、魔女は目的地まで辻馬車で向かう。気持ち的には「自分で運転しなくない」という感じで、ぼーっとしている間に到着していて欲しいのだ。


さて、やってきたのはエルガ領きっての景勝地のガーデリー。湖の景色が美しく、夏も程よく涼しくて、賑わいのある商業地区からもそう遠くない。新婚旅行でも人気の場所だ。ちなみに、こんな場所に魔女はちっとも興味がないので住みたいとは思っていない。

湖の畔の別荘地の奥まった場所に、ひと際豪奢な屋敷がある。魔女が用のあるのはここだ。辻馬車を乗り継いでやっと辿り着いた。朝早くに出て、もうそろそろ日が落ちる。


(さて、会ってくれればいいけれど)


訪ねる相手とはもう何十年と連絡は取りあっていない。おいそれとそんなことができる関係でもないのだ。門番にお目通しを願うと、門を守る一人が屋敷にお伺いを立てに行き、執事と思われる老人を連れ立って戻ってきた。

よかった、知ってる顔だと魔女は思う。


「ご無沙汰しています。セラフィーナ姫とは会えるかしら」


執事は屋敷に住まう先代公爵夫人が、まだ王女だった頃から教育係として傍にいた者だ。王宮を抜け出して魔塔に入り浸る姫を、探して連れ帰るのも彼の仕事だった。


「これは…魔女殿。ご無沙汰しております」


魔女、という単語に門番の二人は驚いた。魔女なんて普通であれば生涯出会うこともない存在である。


「しかし、セラフィーナ姫とは…なんとも懐かしい」

「あら、ダメだったかしら。ごめんなさいね、貴族の物の言い方はさっぱりわからないのよ」

「いいえ、ようございますよ。奥様に伺ってまいります」


執事が屋敷に引っ込むと、門番の二人は恐る恐る魔女に話しかけた。


「本当に魔女なのですか?」

「ええ」

「魔塔にいるのではないのですか?」

「私やめちゃったのよ。今はエルガ領に住んでいるわ」

「ええ!知らなかった!」


そんな雑談をしていると、遠く屋敷の二階のバルコニーに人が現れこちらを見ている。魔女が腕を振ってみると、どうやら手を振り返してくれているようだ。


「会ってくれそう、よかったわ」

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