2章の3 本物と同じことしても勝てないもの
「ワキだけど。スシくん、いま生徒会の予算が厳しいんですよね?」
「実はこのイベントのために、よその予算に手を付けてまして。って、何言わせるんですか! 今の、ないしょにしてくださいね」
「わたし、大学は経済学部だったんですよ。それもあって、なんとかしてあげたいと思っていて」
「わかった、アレでしょ。ワキさんは昔、泥縄第二の生徒会役員で、現役役員の苦境を知って、どこかに隠しておいた現金を『使いなよ』と言うやつでしょ」
「はい」
「えっ?」
電車が長岡に着いたので、みなで降りて、乗り換えホームで電車を待った。
やってきた水上行きに乗り込み、シートを確保。定刻の8時39分に発車。この電車は越後湯沢までは毎日運転だが、水上まで行くのはシーズンの土日だけなので、注意が必要だ。越後湯沢止まりの日なら、次発までかなり間があく。温泉街を散策するのも一興だが、新幹線を使いにくい旅では、水上の接続は初日の到達距離を左右するポイントなのだ。
スシの隣は、マヤ副会長の番になった。
「マヤさん、オレちょっと気になることがあるんです」
「なんですか?」
「朝のカニくんたちの動きです。カニくんたちは新潟駅で、別のホームの電車から降りて、こっちのホームの電車に乗り込んできました。彼らは隣の県から来ているから前泊だろうけど、市の中心部から見て逆方向に、わざわざ宿を取るとは考えにくいんです」
「うーん。確かに」
「もしかしたら宿をもっと早く出て、何かミッションをこなしていたのでは」
「さっきカニくんに、聞いておけばよかったのに」
スシは、マヤ副会長のセリフに、ピンときた。
(マヤさんだったら「聞いてもよかったかもしれませんね」と言うだろう。このマヤさんは、別の人なのでは?)
化身だとすると誰か。オロネが去った今、泥縄第二でマヤに化身できる人は、クロハしかいないのだが。しかしクロハだったら、普通に本人の姿で出てくるだろう。わざわざマヤに化身する理由は思いつかなかった。
(そもそもクロハさんは、化身していることを、オレにないしょにしない)
スシに別の考えが浮かんだ。
(いやいや、このマヤさんは本人で、わざと違うように見せているとか。あれ~? ますます意味不明だ)
スシは、マヤ副会長をじっと見てみた。
(マヤさんは、中の人は誰だとか、自分で言っていない。聞けば教えてくれるだろうけど)
スシは、ちょっと意地になった。
(こっちからは聞かないで、行ってみよう)
「スシくん、どうしたの? 何考えてるの?」
「いえ、ちょっと。マヤさんがいま着ている服は、さっきホームで着ていた服ですよね?」
「変なこと言うのね」
スシは、クロハとマヤが化身のために服を交換したかと疑ったので、こんな質問になった。普通に考えると、確かに普通でない質問だ。
「きょうあたしがスシくんの隣に来たのは、ほかでもありません。ないしょで、ちょっと復習をしようと思って。ないしょの復習」
「復習ですよね? 予習じゃなくてね?」
「予習がいいなら、やってもいいよ?」
「えっ! で、でも電車の中だし」
「つまんないの」
「・・・」
「それでは復習です。『ないしょ1』で出てきた化身三原則とは?」
「それはですね、①化身が重なってはいけない②化身と本人は等価値③化身がした約束でも、本人に果たす義務がある、です。アシモフ(1920-1992)のロボット三原則のようなものです」
「①②③はそれぞれ、化身のせいで同じ役員が同時に二人になってはいけない。化身にされたことでも、本人にされたらうれしいことはうれしく、つらいことはつらく、受け止めなくてはいけない。化身は本人と同じ考えで同じ行動をしなくてはならず、化身がした約束でも本人が果たさなくてはならない、ということね」
「詳しいですね」
「あたし、いちおうマヤさんだしね。それで、三原則の見直しについては?」
「化身の担当者が二人減ったけど、残った者で堅持しますよ。個人的見解をオフレコで言う人間も、執行部にはいません」
「化身の秘密が明るみになって、破滅する方が先かな?」
「そうなったら、役員の長として、責任を取る用意はあります」
「スシくんって、そういうとこ、潔いよね。では復習その2。『ないしょ2』で泥縄第一の生徒総会に、助っ人に来てくれたとき、スシくんがクモヤ、マヤさんはクモルに化身する予定だった。でもスハちゃんの発案で、化身スケジュールを入れ替えたわよね。その理由は?」
「マヤさんの方が、左手で字を書くのが上手だったからです」
「あたしとクモヤは、双子なのに利き手が違うとか、午前0時をまたいでの出産だったせいで誕生日が1日違うとか、けっこう妙ちきりんよね」
スシは「マヤ副会長の中の人は、バレバレだ」と思った。
(マヤさんは、クモル書記長(肩書は「ないしょ2」当時)に化身したことがある。であれば、逆もまた真なり、なのか? 芸能人というのは、化身をやらせても、一般人より高レベルでできてしまうのか?)
「スシくん、ねえ、どこ見てるの?」
「えっ?」
「化身はね、本人から服を借りられさえすれば、だいたいうまくいくよ」
そういうマヤ副会長だが、服だけでなくルックスとスタイルも、パーフェクトにマヤを再現している。しかし。
「服の役割は大きいでしょうけど、化身には、もっと大事なものがある。クモルさんには、マヤさん本人を演じるつもりが、みじんもない。それでうまくいくとは思えません。芸能人のプライドが邪魔をしているんでしょうかね」
「本物と同じことしてても、本物に勝てないもの」
「えっ」
「水上に着いちゃったね」
マヤ副会長がスシの手を引いて、乗降扉に連れていき、スシを降ろして自分は車内に残った。
マヤ副会長がスシを見つめた。スシは気づいた。
(あ、これは、アレだ! このままだとまずいぞ)
ホームでクロハ、キラ、クモル芸能人、カニ、スハ、オロネが、二人をじーっと見ていた。
(カニだけど。これはキスの流れだ)
(オロネです。これはキスだね。あたしがスシくんにキスして、刺激しちゃったかな?)
(キラです。いいな。あたしもスシくんとキスしたい)
(クロハです。クモルさんがマヤに化身するのを、認めたのはわたし。クモルさんのスシくんへの熱愛を知っていたので、ちょっと反省。あとでスシくんから、マヤに謝ってもらおう)
(クモル芸能人ですが、一日生徒会長でのオロネちゃんといい、化身を利用してスシくんとキスを企てるケースが相次いでいます。彼女であるマヤのキスをスシくんが拒むと、筋道がおかしいのはわかるけど。このままだとわたしが、どうかなりそうです)
(スシです。マヤさんの気持ちは、わかっているつもりです)
スシはマヤ副会長のキスをかわすと、その手を取って、ホーム跨線橋の階段へ引っ張っていった。残りのメンバーは、クモル芸能人とクロハを除いて「あ~」という雰囲気になった。
マヤ副会長は、わざとスシを先行させて階段の上まで上らせ、それから追いかけた。階段の上で待っていたスシのもとへ、マヤ副会長が駆け寄った。
「スシくん、ちょっといい?」
スシとマヤ副会長の身長差は1.5センチ。背伸びする必要はなかった。
「ありがとう!」
マヤ副会長は、スシの前から去っていった。
階段を上ってきたクロハが、スシに軽く肘鉄を入れた。
「スシくん、『ここが空港の下りエスカレーターだったら、もっと気を付けたのに、簡単には、されないのに』って、言いたそうな顔してる」
水上10時45分発に乗り換え。ダイヤ通りの運行が続く。
車内のスシの隣には、キヤがいた。泥縄第二の男子生徒の間では「キャバクラ」という仇名で通っている「魔性の女」である。スシの政敵・タキの「リース彼女」だが、顧客のタキとは、連れ立ってそこらへんを歩くだけだそうだ。新たに泥縄第二の講師になった、ワキの彼女という立ち位置で、22歳。「ないしょ2」ではタキの命令で、スシのリコール署名を色仕掛けで集め、スシを苦境に追い込んだ。
「・・・」
「どうしたんですか? スシさん」
「なんであなたが、ここにいるんですか?」
「いやですよ、わたしも生徒会役員になったんですから」
「はあ? 22歳のひとが、高校の生徒会役員ですって?」
「カニさんとオロネさんがいなくなったので、人数的なバランスを取るには、ワキだけでは足りないので。わたしは追加ヒロインというポジションです」
「追加って、追加するなら高校生でしょ? 誰かの彼女が追加ヒロインというのも、あんまり聞いたことないけど」
「労働組合などでは、社員以外の人間が組合員をやっているケースもあります。門戸は開かれているのです。泥縄第二生徒会規約には、在校生以外が役員をやってはいけないとは、書かれていません」
「そんなの当たり前すぎて、ふつう書かないでしょ。でも生徒会規約だから、生徒会構成員、つまり生徒のための規約なんですから。生徒じゃない人はお引き取りを」
「ふっ。さすがキラさんやクロハさんを下して、当選しただけのことはありますね。弁が立つ。正規の役職の空きがないのは、その通りなので、正面突破はあきらめます」
「そうしてください」
「そのかわり非正規役員になります。そもそも非正規生徒だから、こっちのほうが近道ですね」
「えー!」
スシは困惑した。確かにカニとオロネは、生徒会規約に根拠がない非正規役員という、あやふやな存在だった。それでも二人の厚意に甘えて、普通に仕事をしてもらっていた。自己都合で非正規役員を認めた以上、非正規生徒を認めないのは難しい。
スシはほかの役員に電話で相談しようとしたが、キヤがすり寄ってスマホをしまわせた。
「スシさん、わたしを仲間にしてください。後悔させません」
「キヤさんは、生徒会執行部のために何をしてくれるんですか?」
「オロネさんの代わりに、泥縄第二の勝利の女神になります」
「え~? 大きく出ましたね」
「ワキから、生徒会室に伝わる埋蔵金のことを聞きましたか? 9万3500円あったんですが」
「え? そんなに。その金でキャバクラに行こうとしたんですか?」
「国政政党の政務活動費じゃないし。わたしの仇名がキャバクラなのはその通りですけど、うるさいな、このガキ。いえ、あの」
「そういえばキヤさんって、22歳というけど、学生なんですか?」
「きょうも大学サボっちゃった、なんて。わたしは学生バイトではなくて、純然たる社会人ですよ」
「そうやって一回乗るから、紛らわしいんですよ。ほら、続きをどうぞ」
「もともと9万3500円あったのに、歴代の執行部が少しずつ使い込んだせいで、12月現在で2・5万円しか残ってないんです」
「なあんだあ」
「そんなにガッカリします? 最初から2・5万円と言っていたら、そこそこ喜んでもらえたのでは」
「それはそうかも」
「諦めるのはまだ早い。これを元手に、勝負するんですよ、スシさん」
「え? 整理ポストのジャンク株? 投機的格付け債?」
「ちょっとこのマークカードを、大学入学共通テストみたいに塗ってみてもらえますか? これが何かって? 数字を二つ三つ当てる、くじ(みたいなもの)です」
「六つ七つ当てるんじゃないのか。じゃあ、そこまで高額配当はないんですね・・・」
「そんな、しょぼんとしないでください。1千万円・3時間とまではいかないけど、730万2500円・2分31秒5くらいじゃないかと」
「それ、くじ(みたいなもの)ですよね?」
「高校生は買えないので、わたしがサクっと買ってきます」
「くじ(みたいなもの)なら9-2にしよう。9(く)2(じ)」
「バカヤロウ! いえ、あの」
キヤが一瞬、勝負師の顔になったのを、スシは見逃さなかった。




