2章の1 それを教育とは言いません
キラは静かに場の中央へ移動した。
「はい。あたしから説明します。・・・その、いち私立高校に町の施設を独占的に使わせることでもあるので、在校生に町長の娘がいると『為政者が親族へ露骨に利益誘導している』と、一部議員から批判されかねないのです」
「スシですが、そうなんですか」
「なので、この話がいいところまで進んだ段階で、」
「キラさん?」
「あたしは泥縄第二から、出ていきます」
スシは、こんなに悲しそうな表情のキラを、見たことがなかった。
「キラさん、待ってよ。学校経営側が移転を認める保証はないんだよ! 先走りすぎじゃないか」
「スシくん」
「はい」
「スシくんのその言い方。それじゃあ、学校経営側が認めたら、あたしがいなくなっても構わないみたいに聞こえる」
「そんなことないよ!」
キラは泣き出した。
「キクハです。多くの生徒が望むことへ前進するために、一人の生徒を犠牲にしなくてはならないなんて、それを教育とは言いません」
「・・・」
スシは次の言葉を探した。キラは泣いている。
(キラさん・・・)
町長がスシに「何か言いましょう」という視線を投げかけてきた。スシは追い詰められた。
沈黙が2・5分続いた。町長はスシに「何か言ってください」という視線をよこしたが、スシは言葉が出せなかった。
「ウイ。これは賭けです」
語りだした町長に、一同の視線が集まった。
「キラは、系列大学への進学を考えたら、泥縄第一に行くのが望ましいけれど、先日2年生が二人移籍したばかりで、受け入れキャパ的に難しい。ならば第三に行かせましょう。3月までに、ここの校舎で第二・第三が合流できれば、キラは元通り、みなさんの学友です。そうでなければ、校舎のない第三か、スペースのない第一で、不本意かもしれない高校生活を送ることになります」
スシは、事態が飲み込めた。
「わかりました! オレたちが頑張って、一刻も早く、第三にもここへ来てもらえばいいんだ!」
「ウイ」
「キラだけど、ほんとに早くしてよね! 第三は2年生の授業がオンラインだから、今の家でも受けられるのはいいとして、もともと別系列だから、兄弟校の第一・第二と単位体系が違う。第二での履修科目だけでは第三での必要単位に届かない。4月の新学期までに合流して、わたしを第二の体系に戻してくれないと、留年確実なのよ!」
「そうなのか」
「一生懸命やるように! 『風の吹くまま気の向くまま』とか言ったら、ぶっとばすわよ」
「キクハです。スシくん、キラさんのためにも、第三の合流希望先がうちになるように、気合入れてね!」
「もう校長代行なんだから、面倒なことを生徒に丸投げしないでください」
一同が学校に戻ると、泥縄第三のスエからのメールが、マヤのところに届いた。それによると第三の生徒会は、この日の緊急代表委員会で「自分の学校が泥縄第一と第二のどちらに合流希望と表明するかは、両校の生徒会役員同士の勝負により決定」と決議したとのことだった。
「スシですけど。こっちが第三に合流してほしい理由は複数ありますけど、こういう言われ方はなんか高飛車に感じますね。生徒会に負債があって、引き継いでくれと言う割に」
「マヤですけど、こういうの、バトルマンガみたいでアツくなりそう」
「クロハだけど、バトルって、まさか鉄パイプ持ってカチコミとかじゃあないでしょうね?」
「スシです。そうはならんでしょ。泥縄第三が超空間トンネルなんか掘ってくれちゃって、何でもありになった感はあるけど。ちなみに超空間トンネルは、中はけっこう暖かいそうです。まさに、ひみつトンネルですね」
「マヤです。泥縄第三のキロさんが設定した勝負とは、鉄道を使ってチェックポイントを全部回るという、テレビ番組でやっているようなものです」
「キラだけど、二番煎じぽいのは、ある意味助かるかも。でもこっちが特別有利なことはなさそう」
一同は、泥縄第一に先日FA流出した、カニのことを思い起こしていた。こういうとき、彼がどれだけ頼りになっていたか。みな、口には出さないものの、悔しい表情は隠せなかった。
「再びマヤです。勝負の細目は、以下のようなものです。
①新潟、新津、大宮、鶴見、安城、大阪のチェックポイント6駅のどこかからスタートして、6駅すべて回って、再び出発駅に戻る。回る順番は問わない。チェックポイントの駅では下車して改札を出ること。駅を訪れた証明として、駅にある駅名表示の写真を撮って運営(泥縄第三生徒会執行部)に送信すること。
②旧国鉄継承の鉄道会社7社のうち、少なくとも4社の駅を、最低1駅は写真に撮って運営に送信すること。4社のうち3社の駅は、チェックポイントの写真で兼用してよい。
③両チームの運賃計算が煩雑だと運営が泣きを見るので、通れるのは旧国鉄7社の線路に限らせてもらう。私鉄や第三セクターを使った場合、1列車につき1ポイント減点。乗車券は6社の窓口か自動券売機で発行された1枚のみ使用できる。えきねっと、交通系ICカードなど、一元的な運賃決定を難しくするものは使用を遠慮してほしい。
④資金を投入すればするだけ有利とすると興ざめなので、運賃関連の費用は一人当たり2・5万円以内とする。この額に食費や宿泊費は含まないが、夜行列車の寝台料金は、運賃関連の方に含めるものとする。
④きょうから5日以内に実行する。スタートからゴールの制限時間は72時間00分。
⑤青春18きっぷは年中使えるものではないので、イベントの再現性を高めるため、使用に制約を設ける。きっぷ1日分使用につき1ポイント減点。
⑥上記の条件を満たさない場合、条件ひとつにつき1ポイント減点。チェックポイント未到達は、1駅ごとに10ポイント減点。
⑦道中はペアで行動すること。これは証明手段がないので、努力事項とする。
⑧両チームのゴール後、減点の少ないチームの勝利とする。減点が並んだら、運賃関連の使用額が少ないチームの勝利とする。
ですよ。みなさんにもメールを転送しておきますね」
「マヤさん、ありがとうございます」
「クロハだけど、費用の制約から3日はかかりそうだから、5日間だとチャレンジできるのは1回ね」
「キラだけど、青春18きっぷが使えないのは痛いね」
「マヤですけど、確かに泥縄第二生徒会の予算は火の車ですけど、経済的理由から減点覚悟の戦術を採るのは賢明と思えません。この規定なら、十分減点なしが狙えます」
「クロハだけど、スシくん、どこに電話してるの?」
「いまカニくんに聞いたら『うちは制限時間に間に合わなかったら、経費オーバーの減点1を払って特急に乗るかも。経費はいくらオーバーしても減点1だから、メリットが大きそう』って言ってました」
クロハ、マヤ、キラが「ああ~~」となった。キラがキレた。
「スシくん! 何いきなりカニくんに聞いてんの? これは真剣勝負なんじゃないの?」
「も、もちろんそうですとも」
「クロハだけど、さすがカニくん。手の内を惜しげもなくさらすわね」(できれば敵に回したくなかったな)
「マヤです。いいですかスシくん。費用設定の制約から、うちは各駅停車や快速の利用が多くなります。スタート地点はチェックポイントの両端、新潟と大阪のうち、学校から近い新潟がいいでしょう。そこから関東を回って名古屋に行く。名古屋からは関西本線で大阪に行って、そこから東海道本線で米原に行く」
「マヤさん、わかりました。帰りは日本海側を北上する『一筆書き乗車』ですね!」
「日本海側北上は、第三セクターを通る減点が大きくなる。それに、通過する第三セクターによっては、一筆書き乗車券を発券してもらえないという情報があるので、NGです。コースを工夫しましょう」
「ところで、このチェックポイント。ほかのはよくわからないけど、鶴見と安城って」
「これは、あの」
「は?」
「なンですなあ」
スシはいきなり、泥縄第三のスエに電話した。
「泥縄第三のスエさんですか? こちら第二のスシです。いま、電話よろしいですか? あの、今回のイベント、なんとなくですけど、秩父にも行ったほうがいいんじゃないかと」
「ああ、行きたいのであればどうぞどうぞ。世間へのけじめみたいなのができて、こちらとしても助かりますし。その代わり運賃などの費用の制限は、再計算が面倒だから変えませんので。あと、泥縄第一さんに、スシさんたちだけ秩父に行くと、事前に伝えてくださいね。第二さんが減点覚悟なのは、ありがたいかもしれないし」
クロハが電話を取り上げた。
「オホホ。泥縄第二のクロハです。スシくんが言っていることは、たわ言ですので。お気になさらず」
クロハは電話を切って、スシに戻した。キラと二人で「何言っとるんだ、スシ、てめー」という目で見た。
「マヤです。スタート地点を始発で出ると、首都圏通過はラッシュアワーにかかります。ウイークデーを避けるため、実施日はあすからの土曜日曜しかありません」
「キラです。ペアで行動の条件があるから、マヤちゃん、クロハちゃんだけでなく、当然あたしもスシくんとペアになる機会があるよね」
「うん、まあ・・・。マヤさん、あすの始発に乗るんですか? 慌しいですね」
「きょうのうちに切符の手配をしましょう。キクハ先生に職権で、学割を即日発行してもらいます。そのあとスシくん、バイクでわたしを駅に連れて行ってください。新潟でなくてもいいです」
翌日の夜明け前、新潟駅のホームで駅名標の写真を撮る二人連れがいた。
スシの隣のキラは、すごくうれしそうだった。




