1章の5 わたしは、やめようって言ったんですよ
「なあに?」
「通学の問題はどうなるの? 第三からここまでは、飛行機で来るくらいの距離だし、寄宿舎を用意するにしても、みんながそこに入りたがるとは限らないし」
「寄宿舎なら―。いえ、なんでもありません。部活の強豪校に遠くから入学する人は、寮に入ったりするわね。うちにはそういうのないから、市内の宿を定期契約で割り引いてもらうとかかしら」
「クモル芸能人です。泥縄第三さんが現在地を明け渡すのは、以前うかがったところだと、高速道路の計画ルートにかかったからですよね?」
「スエです。はい、学校側からはそう言われました」
「こちらで独自に調べたところ、現在そちらの地方にある計画だと、泥縄第三校舎はルートから微妙に外れているのですが」
「それは地元の報道機関も疑問視していて、我々生徒も看過できないところです。しかし学校側の説明に変更はないので、別の公共事業に流用されているという観測がもっぱらです」
「キラです。第三さんは新入生募集をしないということで。申し上げにくいけれど、第一か第二に合流できなければ、廃校ということなんですね」
キラは泥縄第一の3人を、ちらっちらっと見た。
スハはキラをにらみ返した。
「スエですけど、まあまあ、キラさんもスハさんも。うちが廃校の危機なのは、その通りですし。世の中のエンタメ作品を見ていると、廃校危機を乗り越えたり、乗り越えられなかったり、乗り越えたと思ったら約束をほごにされて、また頑張って乗り越えたりと、いろいろです。うちは校舎がなくなるので、現時点では合流させてもらうしか存続の望みはありません。よろしくお願いします」
スエは頭を下げた。
(?)
クモル芸能人がスハに目をやると、顔に「どうぞどうぞ、この話は第二さんと第三さんで進めてください」と書いてあるように見えた。
(?)
「キロです。わたしはやめようって言ったんですよ、でもやってしまったので言います」
「クロハですが、何の話ですか?」
「飛行機や船に頼らず、泥縄第三から第二に通学する方法がある、2時間以内に支払えば、実行してあげると持ち掛けられて」
「クモル芸能人ですが、なにそれ、詐欺電話以外の何物でもない!」
「藁をもすがる思いだったので」
「え?」
「つい、許してしまったのです」
「言い方! それで被害が出たんですか?」
「超空間トンネルを泥縄第一まで掘ってあげるというから」
「ふんふん。・・・えっ? もう一回言ってもらえます?」
「超空間トンネル」
「あのう、『ないしょ3』を勝手にSFやファンタジーにするの、やめてもらえませんか」
「半信半疑だったから、とりあえず試しに2・5メートル掘ってもらったのよ」
「2・5メートル?」
「300メートルまで同じ値段だそうだけど。ちゃんと超空間に掘り進んでいて、詐欺ではなかったの」
「超空間掘ったんかーい! ちょっと待って、2・5メートルや300メートルって、超空間トンネルなのに長さがあるんですか?」
「そう。2・5メートルトンネルの先端まで行くのに、2・5メートル歩かなくちゃいけなかったの。泥縄第三から第一まで掘ったら、直線距離で700キロくらいかしらね?」
「超空間の意味ないじゃん!」
「それではとても駄目だから、掘るのやめたの。でも2・5メートルぽっちのテスト掘削でも、かなりの額を請求されて」
「やっぱり詐欺だったのでは?」
キロはスエを見た。スエが首を振ったので、キロはうつむいた。
「いくらだったかは、今度スシくんたちが泥縄第三に来た時に教えてあげる」
スハが顔を上気させて立ち上がった。
「その女の言うことはあてになりません! いいですか、かかった額は」
クモヤがスハの袖を引っ張って座らせた。
「ひそひそ、クモヤ先輩?」
「ひそひそ、泥縄第二にも心理的負担をかけるのは、やめようよ」
「ひそひそ、先輩がそう言うなら・・・。でも、いずれわかることですよ?」
「ひそひそ、最後はわたしが何とかするから」
「ひそひそ、一人でかぶって弁済とか、絶対やめてくださいね」
スシ会長が思い出したように、泥縄第三のメンバーのそばに座っていたクモル芸能人のところまで行き、袖を引っ張って、生徒会室から連れ出した。
カニは所在なくしていた。
自然と、抜けた二人が戻ってくるのを待つ流れになった。
10分ほどで、スシとクモル芸能人が戻ってきた。
スハがまた立ち上がった。目はまっすぐスシを見据えていた。
「スシ先輩。カニ先輩のFA移籍の件、了承の返事をいただきたいのですが」
室内はしん、と静まりかえった。
「話はわかったよ。この条件では、カニくんを引き留めようにも、どこかしら無理が出る。こっちの人手不足はこっちでなんとかします」
「では」
「カニくんの移籍について、概ね了承ですが、ひとつだけ条件があります」
「条件?」
「オロネさんも一緒に移籍させてほしい」
クロハとクモル芸能人とキラが、一斉に席を立った。カニとオロネは、ただただびっくりしていた。
「クロハだけど。スシくんってば、そんな勝手に」
「キラは、ちょっとびっくりしたけど、スシくん行けーっ!って思った。おわり」
「クモル芸能人です。そうですねえ、コメントは特にありません」
「スハですが、それなら立ち上がるの、やめてもらえませんか」
「気を付けます」
「泥縄第一としては、オロネ先輩さえよければ、それでいいですよ」
泥縄第二の全員が沸き立った。
「ホームステイ先の双子先輩の家は、どのみち部屋が二つ空きましたから。オロネ先輩の分の奨学金は出せないけど、代わりに学業に影響が出にくくて、学校特認のバイト先を斡旋しますよ」
「ねえ、クロハだけど、オロネちゃん。肝心のあなたの気持ちはどうなの?」
オロネはゆっくり席を立ち、大きくうなずいた。
「ありがとう、スシくん。ありがとう・・・」
スシは、クモヤからのメールをクロハに見せた。
―frоmクモヤ スシくん、「オロネちゃんも一緒に」って誘いなよ。こっちのことは任せて―
大粒の涙はそのままで、オロネがあいさつに立った。
カニは温かい笑顔で見守っていた。
「オロネです。本当はずっと、カニと一緒に泥縄第一に行けたらいいな、と思ってました。言い出せなかったけど、スシくんはあたしの気持ちを知っていてくれた。背中を押してくれた。感謝しかないです」
オロネは泥縄第二の、本物の「勝利の女神」だ。1年生の秋から生徒会執行部にいて、役員の任務で応援に行った運動部が負けたことがない。男子サッカー部の試合で、スシが彼女に化身して代理を務めたことがあるが、それも勝っている。夏の全国高校野球選手権は準々決勝敗退だったが、酷暑の中の連戦でチームは限界を通り越しており、必勝伝説を途切れさせることを心配した主将が、オロネに遠回しに「席を外してほしい」と頼んだのだ。9月の生徒会長選挙でも、スシ非正規役員に化身して応援したスシ本人が勝っている(オロネ書記次長が応援したクロハ会長は、1票差で落選)。
そんなオロネと、知恵と勇気で執行部を支えたカニが、一度にいなくなる。
泥縄第二の役員たちは「もともと非正規だし、引き留める筋ではない」「仕方ない、前を向いてやるしかない」「二人とも向こうでも頑張って」と、切り替えが早かった。「オロネちゃんのあのうれしがり方。感謝のしるしとか言って、スシくんに何かしませんように」と心配しているメンバーもいた。
「スハです。カニ先輩が泥縄第二を去るに当たって、いつものプレゼンをしてもらいたいと思います」
拍手が起こった。
「えー、カニです。『ないしょシリーズ』名物のひとつ『カニのエンタメ調査』が好評いただいています」
「スシですけど、名物とか、好評とか、初耳ですよ?」
ここで、泥縄第三のスエとキロが、次に用がある場所への移動の都合で、生徒会室をあとにした。
「スエです。近々、第二のみなさんを第三にお招きします。その時はよろしく!」
「キロです。わたしのことは『あいつも終わってみれば悪いヤツじゃなかった』みたいな受け止め方でお願いします」
泥縄第二の女性陣が一斉に「イーだ」をした。
クモル芸能人とスシが、校門まで見送りに出た。
「カニです。『ないしょ』シリーズも今作が3作目。それにちなんで、今回は『3』という数字について考えました」
「キラですけど、具体的にはどういう調査を?」
「『1』『2』『3』がつくマンガ、ロングラン対決ー!」
「なんか、えぐいですね。『3』のつくマンガが長続きしているからと言って、それだけで『3』は強いと言って、いいのでしょうか?」
「えー、『平面は3点で決定』『起死回生の3点シュート』『三権分立』などから、『3』は安定・優位の象徴とされる一方、『三角関係』『魔の三角地帯』『3でアホになる』など、真逆の印象を与えることもある数字です。『取って抜けて道を行く小説』と『吹奏楽の楽器を響かせるアニメ(TⅤシリーズ)』は、ともに3作で完結していて、きれいに潔く終わる数字と言えるかもしれません」
「小説とアニメは、それだとまんま過ぎでは? あと『潔く終わる数字』というのは、『ないしょシリーズ』も3作で完結というフリですか?」
「どうだろうか。さて、ロングラン対決に戻ります。こっちで把握している、『1』『2』『3』がタイトルにつくマンガのうち、巻数が最も多いもの同士を比較します。どの数字が長続きに向いているのでしょうか? 単行本の巻数は、2026年7月現在とします。さてキラさん、どうですか?」
「そうねえ、うちらは泥縄第二だから、『2』にしとこうかな」
「『2』は、うーんと、残念! 最長作品が95巻で、第3位!」
「95巻も出ていて最下位なの。『2』がつくのはどのマンガ?」
「40巻まで黄色い表紙の、夫婦マンガです」
「それは正確には『2』でなくて『ふたり』だけど、いいの?」
「オロネです。いいです。あと言い忘れてましたが、正解した方には、あたしから祝福のキスが贈られます。スシくん頑張ってね!」
(えっ? スシ会長ですけど、誰かの回答権がなくなったあとにキスって言うの、アリですか?)




