最終回 7章の2 6人しか記録がないとされているわ
「クロハ書記次長だが、ほらスシ、最後になっただろうが! おまえ、この期に及んで出ないとか、ありえないんだからな!」
「立候補が最後かどうか、わからない」
「オマエが立候補したら、あとは生徒会室を内側から締め切って、下校時刻まで誰も入れないようにするから」
「ほんとにやりそうで、こわいよ!」
「ほら、立候補すると言えよ、なあ、おい」
クロハ書記次長は焦り始めた。
「えー、この前、マンガを読んでいたら、観覧車のてっぺんでキスしたカップルは別れる、という話が出てまして」
「はぐらかすな!」
「キラだけど、あたしとスシくんは、てっぺん以外でもキスしているし、そもそもカップルではないから、僕も、ヤツも、ヤバくないでしょ。3月からは晴れてカップルになる予定ですけど」
クロハ書記次長とマヤ副会長が、そろってキラをにらんだ。
「スシとしては、人間関係でゴタゴタしない『ふつうの執行部』を目指します」
「クモルだけど、それはむしろ、ゴタゴタするほうが『ふつう』なのでは?」
「ご本人の意向に配慮せず、総意も無視、勝手に決まりを変えた人がいる。自分の息のかかった人間を、横から滑り込ませて後継者に仕立てようとする人がいる。現状では、なる子はなれないけど、まごなら、なってもらえる方法が、なくはない。いとこは結婚できるからね。でも、仮に後継候補同士に納得してもらえたとしても、あまりいいとは言えない方法だし、仕方なく選んだとしたら悔いが残りそうだし。決まりを30年で見直すなどと言わず、今すぐ、ご本人の意を汲んだものにするべきだよね」
「クモヤです。ねえスシくん、さっき連絡があって、わたし泥縄の学校法人の理事長やらされることになったの。経営側の人間という色が強くなって、会長選挙でスシくんを応援できなくなっちゃった。前の約束を守れなくてごめんね」
「クモルだけど、あたしがクモヤの分も、校内ライブやって盛り上げるから、心配しないで」
「スシです。オレのウエストが、男にしては細いという話が出ました。それについて、少し説明させてください」
いきなりスシが、真顔でぶっこんできて、その場の女子たちは身構えた。
(クロハ書記次長だけど、これまで2回あった水着回で、スシくんはいずれも女子用の水着を着ている。男子用を着るとどうなるか、見た者はいない。プール授業のとき、前日にスネ毛(産毛)を剃ったけど、そのあと生えてこない。いまの脚なんかはほんと、女子にしか見えない)
(マヤ副会長だけど、スシくんはホルモンバランスの不均衡で、ときにより男子寄りになったり女子寄りになったりすると、推測している)
「オレ、出生時に戸籍には男性と記載されたけど、ほんとは、」
全員が食い入るようにスシを見た。
「ほんとは」
「クロハ書記長だけど、引っ張るのナシね」
「ごめんなさい。オレは、体の何パーセントかはオトコで、残りがオンナなんだそうで」
「キメラ?」
スシは、ゆっくりうなずいた。 ※キメラ=同一の個体内に異なる遺伝情報を持つ細胞が混じっている状態
「スシくんは、二つの受精卵が融合して発生した個体ということ? 融合自体は胎内ではよくあることだそうだけど、出生までこぎつけられるのは、ごく稀なんでしょ?」
「生まれてこれても、たいていは一卵性双生児の融合だから、性は男か女になるだけ。男と女が一つの体に同居するのは、性が異なる二卵性双生児が融合したケース。人類史上、スシくんの前に6人しか記録がないとされているわ」
「クモルだけど、それって、スシくんは両性具有ってこと?」
女子は全員、身を乗り出した。
「・・・まだよくわからないんです」
「スシくんって、スカート穿かせてもサマになるし、身長169センチあるのに、妙に女性的な体つきだし」
「男女のキメラの人でも、両方の生殖能力があることは、ほとんどないそうで」
「じゃあスシくんは、戸籍上はオトコでも、体はオンナ寄りかもしれないの?」
「DDだけど、出生時は男児と判定されてるから、外性器は両方あるんでしょ? でも泥縄第三の体育館で一緒にいたときの感覚からすると、スシくんはまだオトコのほうの第二次性徴がきてないんじゃないかな。バストも未発達なかんじで、オトコとオンナの部分が両方一度には発育できなくて、交互に発達してるんじゃない?」
「オレ、やっぱり変ですよね。男みたいなふりをして、みんなにキスしたりして。裏切りですよね」
全員、スシにとびかかって、もみくちゃにした。
「わあ!」
「クロハ書記次長ですけど、スシくんが『みんなオレに近寄りたくないですよね』などと言う前に、こっちから態度で示しました」
スシの母親は不妊治療をしていて、排卵誘発剤を用いて得られた複数の受精卵を胎内に戻され、生命としてのスシがスタートした。当初は二つの独立した受精卵(♂・♀)だったが、細胞分化の過程で片方(♀)が二つに分かれ(一卵性双生児化)、続いてその片方と、もう一つの受精卵(♂)との融合が起こった。二つの受精卵が一つになるとき、弾き出されてしまった精神が、10万年前にネアンデルタール人としての人生も経験したデルタ(マヤの別人格。これ以降、この名で表記)。出産時に臍帯(へその緒)が首に絡んで命を落としたのがシスタ(マヤのもう一人の別人格。これ以降、この名で表記)。二人はずっとスシの近くにいて、春にスシがマヤに出会った時、「このコはスシのパートナーになりそう」という直感から、マヤのすぐ近くで見守るに変えたのだ。マヤに憑依するようになったのはシスタの方が早く、「ないしょ2」でオロネが「マヤちゃんにはスシくんが知らない、もう一つの顔がある」と言及していたのが、マヤにシスタが憑依した姿。シスタは「ないしょ3」2章の列車の旅で、スシと初顔合わせした。デルタは「ないしょ3」でマヤがクロハ会長=肩書は当時=に化身するとき、よくマヤに代わって現出するようになった。
本来ならスシたちは、二卵性の三つ子として誕生するはずだった。
ちょうど、ひみつトンネルで3人横たわっていたときのような、かんじだろうか。
「えー、スシです。みんな、ありがとう。ほんと、ありがとう。オレ、会長に立候補します。公約は『すみよい生徒会』、校名は『泥縄ノースサウス高校』。北の大地と本州の高校が統合したことにちなむ。あと、野球などで同点に『持ち込ませず』って言うけど、」
「言うかな?」
「『持ち込ませず』を見直すと、味方でない勢力が超音速の不規則軌道で持ち込もうとするときにも、文句が言えなくなる。見直さないほうがいい」
「票数の目標は?」
「公示前勢力である144と24の合計、168を維持できたら」
一週間たって、生徒会長選挙が投開票された。
クモルが校内で開催した、スシ応援のミニコンサートは盛り上がったものの、本物の芸能人に頼ったことで逆にやっかみを生んでしまった。またクモルべったりの印象を与えたことで、クロハのファン層、マヤのファン層、キヤのファン層の票を逃がした。スシは57票~63票という酷なハンディキャップもあって、著しく苦戦。オロネが前回選挙でまいたキスマーク入りの応援ビラや、キラのスシへの投票呼びかけが、どれほどありがたかったか、骨身に染みた。
【選挙区】大方の予想通り、泥縄第三の現職会長であり、大票田の泥縄第二にも強さを見せる、盤石のキラが順当に制した。
【比例区】比例復活枠1を巡って混戦となった。当選しても会長になる気がないキクハとエース、選挙運動をしないマロフたちの立候補で、有権者は当惑した。
スシは、匿名で立候補していたスハに大差をつけられた。惜敗率も低迷し、比例復活がどうのと言えるレベルではなかった。
「知らない間に、中傷動画でも拡散されていたかなあ?」
「スハですけど、そんなことないの知ってて、言ってますよね?」
「『まんじゅうや』『だんごさん』と記載された票が、無効になったのが痛かった」
「どこかの市長選じゃないですから」
キクハたちが出馬せず、スハだけが相手だったら、どうなっていたか。いや、スシは言うだろう。「結果は変わりませんよ。オレの力不足です。応援のみんなは、よくやってくれました」と。
「『ないしょ3』の語り手のカニくん、ちょっとカッコよく締めようとしないでよ。オレが陰で愚痴を言いにくくなる」
「州兵を動員して有権者を威圧しないから、負けたんですよ」
「それは海の向こうの『汚い手口』でしょ」
「外国が介入したと主張して、投票用紙を押収するとか」
「オレがそんなことするわけないでしょ」
スシは当初「選挙には出ない」と宣言していたが、前言を翻してホイホイ出て、落選。かわいそうと思って、あまり触れないようにしていたが、実は相当カッコ悪い。
「168どころか、49でした。こういう状況で、オレに投票していただいた方には、本当に感謝を申し上げます。その一方で、144+24(公示前勢力)=49(今回の結果)というのは、算数としては合ってないから、よい子のみんなには見せられない結果かな、と」
「DDだけど、落選したスシくん、あたしの慰めの、チューどう?」
「ところで匿名立候補してたの、スハさんだったんだね」
「立候補受け付け日に、スシ先輩の目の前で書類を提出しましたよ?」
「書類を拾って『これ落ちてました』的な演技には、ワザを感じたね。マロフくんの、自分も立候補する陽動作戦にも、やられたな」
「えへへ。思ったんですけど、泥縄第二の生徒以外も立候補するなんて、円ドル相場の協調介入みたいですよね」
「オレから頼むわけない。それでオレが利益を得たりしたら、あとでどんな無理難題を押し付けられることか」
「スシ先輩、わたしの副会長になってくださいね?」
「さっそく無理難題」
「キラだけど、あたしの方が先約だから」
「え? 会長が二人?」
「わたしスハは、生徒会長【比例区選出】です。4月から泥縄統合高校でお世話になります。1年間の出向です」
「あたしキラは、生徒会長【選挙区選出】です。政党で共同代表ってあるでしょ? そんなかんじの、よくあるデュアル生徒会長というやつです」
「よくあるかなあ?」
泥縄3校の現職会長3人が集結し、新生・泥縄統合高の会長と副会長を務める。望外の最強布陣と言っていいだろう。
「オレ、役職希望アンケートに『役員にしてくれなくていいです』と書いたのに」
「スシくん、あたしキラは前回、書記長で我慢したんだから。今回は絶対、あなたがあたしの副会長やってよね!」
「えー」
「ナハです。このやろうスシ、今度もまたキラに割を食わせたら、新聞で社会正義に訴えるから、そのつもりでいろ」
「ひいい!」
「スハですけど、わたしは比例復活ですので。スシ先輩がわたしを副会長に選任してくれなかったら、腹いせに道路予算を大幅に減額します」
「生徒会に道路予算なんてないでしょ!」
「マヤ副会長ですけど、しょうがないですね。スシくん、【選挙区選出】と【比例区選出】の副会長を兼務してもらえますか。わたしとマヤが非正規役員として、空席の書記長と書記次長を埋めますから」
「クロハ書記次長だけど、そうなのよね。スシくんは、スハさんとキラちゃんの副会長をやるけど、告白と告白OKというわけではなくて、あくまで彼女はわたしだから。でもマヤという人間は、人格が3人分同居しているせいで、甘さや弱さが出てしまう。そこにつけ込まれちゃうのよね、いつも」
「スシだけど、民の苦しみを尻目に、ワガママな規則ばかり押し通して、国を損壊させるのは罪だし、はた迷惑」
スシは体も心も、男と女が混じったひと。いつどちら寄りになるか、あるいは完全にどちらかになってしまうか定かではない。それでも、役員のキラ、スハ、マヤ、クロハ、泥縄統合高寄宿舎の責任者キヤと調理担当チーフのDD、寄宿舎に空きがあるのをいいことに勝手に入居したクモヤとクモルは、スシが落選しようがしまいが、離れる気などみじんもない。
泥縄第三の中退者がことのほか多く、寄宿舎の空き部屋を埋めるため、役員は家が近くても遠くても入居することになっていた。会長を退いたスシは、キクハの差し金で、寄宿舎でほぼ強制的にバイトさせられる。寄宿舎で同僚となるキヤとDDの二人は、反りが合わないように思えて、スシは戦々恐々としていた。
「どうか、もめないでね」
「なんかいろいろあったけど、スシです! もう3月から、泥縄第三のひともこっちに来るよ! いくよ、泥縄統合高校執行部、オー!」
「オー!」
グラウンドで、地元の冬では珍しい晴天の下、久しぶりの円陣。こんな大人数でするのは、気持ちがいい。
スシは、会長選挙に敗れても、なお清々《すがすが》しかった。次の執行部関係行事は、年間最大級のイベント・卒業式だ。スシは前期会長のクロハにジャンケンで負け、在校生代表で送辞を読むことになった。
残された会長任期を、責任持って精一杯勤め上げよう、そう思っていた。




