6章の5 仲間なのに水くさいわね!
キロが退出した扉を閉め、キヤが定位置に戻った。
「泥縄第一の生徒会長さん、何か言いたいことがある顔、してますわね」
キクハ校長代行は「スハさん、これは挑発だ」という視線を送った。
「スシ先輩、ごめん。わたしはそこまで大人になれません・・・」
(スハさん!)
「泥縄第三生徒会長のキロさんは、まったく正しいことを言いました。わたしもスシさんの停学取り消しを訴える一人です。わたしの学校の兄弟校は、こんな理不尽な学校であってほしくない。スシさんが学校を思う心に、きちんと報いる学校であってほしい」
「言いたいことは、それだけですか」
「・・・」
「出口は、そっちですわよ」
キヤが再び扉の開け閉めのため、移動した。スハはキクハ校長代行にハグしてから、部屋を出て行った。座ろうとしたキクハ校長代行の背中に、キヤが渾身の張り手を見舞った。
「うぐっ!」
キクハ校長代行が振り向くと、キヤは涙ぐんでいた。
(キヤさん。「ここまでされて、なぜ何もしない」と、怒ってくれたんですね)
キクハ校長代行は、衣服の背中側のトラブルに気付いた。
「キクハ校長代行ですが、あのう、すみません、少しの間席を離れます。議事は進行していただいて結構ですので」
キクハ校長代行はそう申し出たが、議事進行の予定が変更されて、少し早い休憩時間となった。
ホール室を出たキクハ校長代行は、キロ、スエ、スハ、クロハ書記次長、マヤ副会長、オロネ、カニの、3校生徒会の仲間に囲まれた。理事になったクモル(クモヤ)も輪に加わった。
「クロハ書記次長だけど、スシくん、寄宿舎の話がまだ出てない」
「あ、キロさんがいるのに、スシ呼ばわり」
「キロだけど、あなたがスシくんなのは、クロハさんから聞いてるから。仲間なのに水くさいわね!」
「スエだけど、クモル(クモヤ)さんが来てくれて、流れは完全にこちら側にある。もう一押しだ! 寄宿舎を設けるよう主張して、泥縄第三の生徒が、受け入れやすくしておくれ」
「簡単に言うけど、それなら具体的に、どこどこの物件を借りろとか、言わないといけないよ? ・・・」
「スシくん、どうした?」
「・・・」
「?」
「わかった、やってみる」
一同は「おー」と盛り上がった。キクハ校長代行は男子化粧室の個室でブラウスを脱ぎ、同行したクロハ書記次長に背中のホックをはめ直してもらった。
「それでは議事を再開いたします。休憩中に発言の申し出をされました、キクハ校長代行。どうぞ」
「泥縄第二校長代行の、キクハ校長代行です。泥縄第二を現在所在地の隣町に移転させ、第三の教職員を受け入れることを視野に入れたとき、寄宿舎があるとないとでは、大きく違ってきます。物価高でもあり、生徒が個々に出来合いの食事を調達するようでは、栄養面の不安も大きい。職業調理師を雇い入れ、寮母さんとして切り回していただくことで、生徒の健康に寄与できると考えます」
「理事ですが、寄宿舎の場所の見当などはあるんですか?」
「第三は残念ながら募集停止となったので、現在の1年生が卒業するまでの2年ちょっと継続すればいい。それなら自己所有よりも賃貸がいいでしょう。わたしが推すのは、工場跡地に解体せずに残された、独身寮らしき建物」
1章でスシが見に行った、工場跡地で解体されずに残っていた建物が、それである。
「現地に行ったことがあります。工場跡地の更地部分の再開発も停滞しているようですので、賃貸の申し出には応じてもらえるものと」
確認が取れていないところも、けっこう話してしまっている。
「理事ですが、そのまま利用できそうですか? 設備はどうですか? 自己物件でないのに改修費を負担させられるようでは、本末転倒ですし」
「詳細は今後の交渉となりますが、問題は少ないという感触を得ています」
そう言うキクハ校長代行だが、いきあたりばったりの発言が続いている。
「理事ですが、人材難の昨今です。寮母さんは管理栄養士の資格があったほうがいいし、今時分『住み込み』というのは生活上の制約が大きくて、嫌がられそうですが、なり手がいるでしょうか?」
「2年限定ですし、近くにいる、」
キクハ校長代行は、キヤを見つめた。
「22歳の女性が来てくれないかなあ、と思っています。まだ打診もしていませんが」
キヤは困った顔をした。
(かなり勝手な物言いをしちゃったけど、ハッタリかましてでも、この場を押し通させてもらえませんか!)
キクハ校長代行は、あとでキヤに謝ろうと思った。
高校統合のやり方を正式決定するための議事は、あらかた終了した。泥縄第一の校地に3校統合派と、クモル(クモヤ)と泥縄第二先代校長を含む第二・第三の2校統合派が、それぞれ集まって相談を始めた。クモル(クモヤ)は、年配の理事に囲まれながら気後れすることなく、ガンガン主張して議論を主導する勢いだった。キクハ校長代行はそれを見て、泣けてきた。
(ありがとうございます、クモル(クモヤ)さん)
「キヤです。それでは、泥縄3高校の校舎統合方式決定について、投票の受け付けを始めます」
キヤが用意した投票箱に、記名投票用紙が次々に入れられた。
キクハ校長代行は、投票箱をじっと見つめた。
クモル(クモヤ)も投票した。キクハ校長代行に「やることはやったよ、スシくん」と視線を投げてきた。
理事の人数はそう多くないので、それほど時間はかからず投票が終わった。引き続きキヤの手によって開票が始まった。
キクハ校長代行は、両手を組んで祈った。
すぐに結果が出た。
「発表します! 投票結果は、泥縄第一の現在地に3校統合と、泥縄第二の移転先に2校統合が同数です!」
会場に、押し殺したような声が漏れた。
クモル(クモヤ)が理事に加わったことで、理事長が言う通りのパワーバランスとなった。
「理事長です。同数なので、会合の冒頭で説明した通り、抽選で決定といたします」
キヤが2本の棒くじが入った箱を、机の下から出した。そしてキクハ校長代行に熱い視線を向けて、「くじを引く係に立候補してください!」と訴えた。
視線のやりとりが、女性理事の知るところとなった。
「待ってくださいまし! なにか怪しいです。くじを校長代行に引かせるのではなく、若い人、そうですね、3校の生徒会長の誰かに引いてもらうというのは?」
(えー!)
「と思ったら、議場から生徒会長が誰もいなくなっていました。なので抽選はやめて、既定方針通りに、泥縄第一の校地に3校統合がいいと思いますわ!」
(き、きたねえー! 先に言っとけよ! キロさんとスハさんだって、そういうことなら、退出なんかしなかったよ!)
キクハ校長代行は、怒りの炎に包まれた。
ホール室の外では、泥縄第二代表団と会場整理係の学生団が、一触即発になっていた。
「生徒会長のスハさんとキロさんを議場に戻せー!」
「二人とも、自分から退出したようなものだ! 要求には応じられない!」
人数に物を言わせて、泥縄第二代表団が押し込んだ。
「それならスシくんの停学を取り消せー!」
「取り消したって、今さらここに来れないだろう!」
議場では女性理事が、勝ち誇る勢いだった。
「ご不満があるようでしたら、泥縄第二の会長の停学を解除するよう、働きかけてもいいですわよ? でも、どうせここには来れっこないでしょうけど」
キクハ校長代行は、女性理事が隙を見せたと思った。
「そうであれば、今を遡ること3時間前に解除、としてもらえませんか。ここに来れるくらいには解除してあった、となれば、ダーティーさもかなり和らぐというもの」
「まあ、そのくらいならいいですわよ」
「言ったな」
「ええ」
キクハ校長代行は、「やった」と右拳を握りしめた。泥縄第一と第二の制服は、見た目区別がつかない。ならばスシの声色が使えるクロハに、カニの制服を借りてもらって、スシ会長に化身してもらえばいい。勝ち筋が見えたー
キクハ校長代行が思う通りに、マヤ副会長は、カニに話をつけて制服を借りようとした。そうなるとカニには、ミッション完了まで下着で待機してもらうか、女子制服を着せて化身させないといけない。真冬に下着で待機は非人道的だ。サイズ的にカニが着れる女子制服は、オロネとクロハ書記次長とマヤ副会長の3人が着ているが、化粧室に一緒に入って制服を交換できるのはカニの場合、彼女のオロネに限られる。しかし制服を失ったオロネを下着で待機させるというのは、カニを待機させるよりひどい仕打ちのように思える。今回、関連性が強いと言えない泥縄第一の、しかも一人でなく二人に、そこまで負担をかけていいものか。マヤ副会長は揺れた。
「クロハ書記次長だけど、難しく考えないで、いったんカニくんとスシの衣服を交換して、スシを本人に戻す。キクハ先生の服を着たカニくんに、化身というレベルを求めちゃいけない。しょうがないから20分くらい化粧室の個室で我慢してもらう。そこは割り切ろう」
「それだど、スシくんに議場から出て来てもらわないといけないし、スシくんの化粧を落とす時間が必要になる」
キロが会話に割って入った。
「事情はわかったわ」
キロは、さばさばした表情を見せてから、代表団と会場整理係の学生団の間に進み出た。
「泥縄第三高校、前生徒会長のキロです」
その場がどよめいた。
「前?」
「前?」
「泥縄第三高校生徒会規約では、任期中の退任に限って、前任者が後継者を指名できます」
その場が、ざわついた。
「泥縄第三高校は、たった今、生徒会長が交代しました。新生徒会長には退出させられる理由がないですから、議場に入れてもらえるはず!」
割れんばかりの拍手が起こった。続いて「新生徒会長は誰?」という、どよめきが起こった。
その場のほぼ全員が、スエの方を見た。こういうとき、前任者が再び役職を務めるのは、よくあることだからだ。
「スエですけど、後任はボクではありません。本物の新生徒会長を紹介します」
代表団は、かたずを飲んで見守った。
「泥縄第二から転校してきた勝利の女神(3代目)、キラさんです!」
場は最高潮に達した。キラが前に進み出るやいなや、代表団がキラの胴上げを始めた。
「スエです。スカートの人を胴上げしてしまって、大丈夫なんでしょうか」
「キロです。大丈夫なように、スパッツを穿いていると聞いています」
「準備いいですね! さすが勝利の女神(3代目)、胴上げされる気満々! まだ何もしていないけど!」
必要以上に胴上げが続くので、キロが怒った。
「こらー! 日本シリーズ優勝でも、そんなに長くないよ! キラちゃんには、まだ大役が残ってるんだからね!」
そっと床に降ろされたキラは、ホール室の扉の前へと歩いた。
「泥縄第三高校の新生徒会長、キラです! 生徒会長であれば、くじを引く権利がありますよね!」
扉は閉ざされたまま。物音ひとつしない。
「早くこの扉を開けなさい!」
理事長の指示で、キヤが扉を開けた。
「どうぞ、お入りください」
キラは入ってくるなり、キクハ校長代行とハグした。
「キラさん」
「待たせたわね。あとは任せといて!」
わなわなと震えた女性理事が、キヤのもとへ、つかつかと歩いた。
「このくじには、怪しいものを感じますわ。別のものと交換してくださらないかしら」
(キクハ校長代行だけど、えー、そんなムチャな)
キヤは当惑の表情を見せながらも、机の下から別のくじの箱を取り出した。
(キヤさん、準備いいな)
キクハ校長代行は、ここに至って、キラを信じるしかなくなった。
「ひそひそ、スシくん、なにびびってるの?」
「ひそひそ、くじを作るの、オレも手伝ったんだ。どっちの棒が当たりか、わかったら教えてあげたかったんだけど、全然わからない」
「ひそひそ、そんなの普通わからないから、気にするほうがおかしい」
「ひそひそ、でも」
「ひそひそ、まあ、見ていて」
キラは、キヤが待つ抽選箱の前に進み出た。
「理事長です。それでは引いてください」
「はい」
泥縄第三が春に第二に合流できなければ、キラは第二と第三のカリキュラムの違いから、留年させられる可能性が高い。
キラは思いを胸に、棒に手をかけた。
キヤと目が合い、理事長とも目が合った。
キラは最後に、キクハ校長代行を見つめた。
「スシくん、いい? あたしが当たりを引くんじゃないの。あたしが引いたくじが当たりになるの!」
(すごいこと言ってるー!)




