6章の4 スシくん、スハちゃん、あとは任せたよ!
「おはようございます。泥縄第二高校の生徒会副会長、マヤ副会長です。会長のスシは事情でこの場に来られませんので、代わりにわたしがご挨拶させていただきます。難しい話は抜きです。きょうの会合でわたしたちがするべきことは、新しい理事に訴えて、なんとか第二・第三合流派に加わってもらうこと。そして理事の賛否を同数にして、決選のくじ引きに持ち込み、そこで当たりを引くこと。これだけです!」
その場は大いに盛り上がった。
「おはようございます。泥縄第二高校の校長代行、キクハ校長代行です。わたしには理事資格がありませんので、その場で理事長から説明を求められたら説明するくらいしかできませんが、泥縄第二校舎への合流を勝ち取りましょう! わたしは大したことはできませんが」
「聴衆でーす。奥歯にものが挟まったような言い方は、しないでください」
「そうでしたね」
聴衆から笑いが起こった。キクハ校長代行はホッとしながら話を終えた。
「みなさんおはようございます! 系列大学チア部の、この時間の授業が空きコマの有志です。泥縄第二のOGもいます。オロネちゃん、元気してた? みなさんの希望がかなうことを願って、パフォーマンスを披露します!」
国内の大学でも屈指の実力を誇るチア部の、本気の演技。代表団は大いに勇気づけられた。演技終了後にオロネと抱き合ったのは、かつてチアリーディングに取り組んでいた泥縄第二生徒会執行部で、オロネをスタンツのトップに育てた女子学生。
北の大地から遠路はるばる出張してきた、報道機関の記者・HDも顔を見せた。理事会合はマスコミ関係者に非公開なので、終了後の取材をキクハ校長代行に申し込んだ。
スシが停学による自宅謹慎で不在のため、キロとスハの二人の生徒会長のうち、年長のキロが声を上げた。
「さあ、みんな、乗り込むよ!」
ホールの特設会場に、学校関係者のキクハ校長代行、ゲストの隣町町長であるキラの父、生徒会長のスハとキロが通された。
中には学校法人の理事長、常務理事、常勤と非常勤の理事、監事がすでに着席していた。泥縄第二の先代校長の姿もあった。
(キヤさん!)
キヤは、キクハ校長代行にウインクしてみせた。
キヤの正体は、理事長秘書だった。
「ひそひそ、キロだけど、キクハ先生ってば、なに見とれてんの?」
「ひそひそ、スハですけど、行動がスシ先輩のままになっちゃってます」
「ひそひそ、キクハ校長代行です。行動がスシのままなら、キヤさんに気を取られることはなさそうだけど。おかしいよね。スシもキクハ先生もまずやらないことでも、化身だとしてしまうのかな?」
「あなた校長代行でしょう! まじめにやるべきですわ!」
女性理事が、キクハ校長代行をどやしつけた。
「わたしは泥縄第一へ統合派、あなたがたとは反対の意見を持つ理事ですわ。甘い顔はしませんことよ。あなたたちは、理事会合ではプレゼンテーションだけやって、余計なことを言ってはなりませんわ」
キロとスハは「ええ~」という表情をした。
「あなたたちは議決権もないのだから、もし理事会に注文をつけたり批判したら、遠慮なくつまみ出しますから、そのつもりで」
キクハ校長代行は「なんてコテコテな悪役令嬢キャラなんだろう」と、恐れおののいた。しかし、ひるんではいられない。教職員に化身している身ながら、スハとキロと、三方から手の甲を重ね合わせて「団結」のポーズをした。
理事会合は、EFの発声で始まった。
「きょうはみなさま、遠い方は北の大地からも、お集まりいただき、誠にありがとうございます。初めに、本日の段取りを説明いたします。まず理事の欠員を補充する案件を、ご承認いただきたいと思います」
キヤが説明用のOHPスクリーンのページを進めた。
「続いて、大学附属の泥縄第三高校校舎の外部への引き渡しと、兄弟校への統合の正式決定の件。それに先立ち、泥縄第一高校と第三高校の生徒会長に、理事のみなさまの意思決定の助けになるよう、短時間のプレゼンテーションをしていただく運びです」
キヤがOHPを進めて、ページは「理事の補充」となった。
(キクハ校長代行だけど、キヤさんから聞いていた最後の理事。どうか泥縄第二への統合派になってくれますように・・・!)
「EFです。きょうの議決は、欠席された理事のかたは棄権扱いとします」
(EFさんは、なんでこういう説明を先にするのか。新しい理事が欠席という前フリだったら、どうしよう?)
「もし理事の投票が同数になったら、プロ野球のドラフト会議みたいに、決選のくじで決めましょう」
ここまで準備良く動いていたキヤが、新理事の入場に備えて扉へ移動する素振りがない。キクハ校長代行に悪寒が走った。
(!)
「新しい理事の方は、当学校法人の理事で歴代最年少です。大卒資格と学識経験がある、通常のかたに理事を打診しては断られ、途方にくれていたところ、そうだ、わたしEFも芸能人というだけで理事になったんだ、と思い至りまして」
(うん、うん)
「最後の望みと、ことし芸能人になられたかたにお願いしたところ、快く引き受けていただけたのです」
(あっ! ひょっとして!)
キクハ校長代行は、EFの説明が途中なのに、無性にうれしくなってしまった。
(いやったああああ!)
会場は「もったいつけないで、新理事に入ってもらって」という空気になった。
「それでは発表します」
「クモルさんです!」
キクハ校長代行はガタンという音をさせて、椅子から転げ落ちた。両脇のスハとキロと、かけつけたキヤが、助け起こして元通り椅子に座らせた。
(ああああ、オレ、なんでクモルさんに『海外に行っていい』って言っちゃったんだ。新理事を欠席させてしまった。第一統合派と第二・第三統合派を同数に持ち込めなかった。終わった・・・)
キクハ校長代行の脳裏に、4月からこれまでの記憶が走馬灯のようによみがえった。
(泥縄第一から転校してきて、生徒会の仲間にしてもらって、運動部の応援に行って・・・)
「ひそひそ、キロだけど、こら、キクハ先生、しっかりして!」
「ひそひそ、はっ!」
「ひそひそ、キヤです。スシさん、大丈夫、扉を見ていてください」
「ひそひそ、でも、クモルさんは海外に」
扉を自分で開けて、新理事が入ってきた。
クモヤだった。
クモヤは、キクハ校長代行に「スシくん、驚かせてごめんね」という視線を投げてきた。
「新理事のクモルです。クモルというのは芸名でして、本名はクモヤです」
キクハ校長代行は、力が抜けた。
(EFさんは自分も芸能人だし、こういう正式な場ではクモヤさんのことを、芸名で呼ぶわけか。クモヤさんが新理事でよかった。双子先輩の芸名は、そういえばそうだよな)
「ひそひそ、スハですけど、ほら、大丈夫でしょ? シャッキリしてくださいよね!」
復活したキクハ校長代行の両側から、キロとスハが軽くヒジを入れた。
「EFです。クモルさんが前倒しで卒業されたのは泥縄第一ですが、ご当人は泥縄第二・第三の統合派とうかがっております。理事就任を拍手でご承認願います」
拍手は第二・第三統合派の理事からだけで、第一統合派の理事は誰一人しなかった。満場一致の歓迎ムードではなかったが、クモル(クモヤ)の理事就任は承認された。
「それでは泥縄第一のスハさんと、第三のキロさんに、プレゼンテーションをお願いします」
「ただいまご紹介にあずかりました第一の生徒会長、スハです。第一はおかげさまで文武両道の隆盛校として、関東一円から入学希望者を集めるに至っております」
キクハ校長代行は、ふんふん、と聞いていた。
「これに対しまして、泥縄第三は昨年12月に校舎を明け渡し、教職員、生徒が行き先を探しているところです。第一も合流先の候補に挙げられていますが、第二を第一に統合する、もともとの理事会方針に、さらに第三もとなりますと、校舎新築の際に生徒を収容する仮設校舎が、校地の空きスペースに収まらないと聞いております。第三の合流は、第一校地への統合が理事会の基本方針となった時点では、考慮されていなかったことです。第一校地への統合は、考え直すときに来ていると思います」
キクハ校長代行は「よく言った!」と心の中で拍手した。
「泥縄第二生徒会が、OBの拠出金によって、第三生徒会の負債を、肩代わりする用意があると聞きます。これらのことから、われわれ泥縄第一生徒会は、第二と第三の合流、現在の第二の隣町にある耐震建造物を利用した統合を、全面的に支持します」
スハが、キクハ校長代行にウインクした。
当の第一の生徒会長が、第一への統合案に賛意を示さなかったので、女性理事は苦々しい顔をした。
キクハ校長代行のスマホにメールが来た。スシが化身の時にスマホまで交換するのはマヤ(本人および化身担当者)だけなので、いま持っているのはスシの私物だ。キクハ校長代行は机の下に隠すようにしながら、メールをチェックした。
(スハさんからか。「よくできたでしょ、ごほうびに、あとでもう一回、わたしを抱っこしてくださいね。今度は誰もいないところで」って、何言ってんの)
女性理事が立ち上がった。
「ふ、ふん。停学になっている泥縄第二の生徒会長のコメントも、聞いてみたくなりましたわね!」
「キクハ校長代行ですけど、ムチャ言わないでください。自宅謹慎して(いることになって)いますから!」
実際には、いま現在スシの部屋は、もぬけの殻だ。本来なら身代わりを務めるべきキクハ本人は、スシ化身ができないので、アパート自室に隠れている。
「オンライン時代ですから、メールでもなんでもいいですわよ。オホホ」
自宅謹慎で会合に出られないよう仕向けておいて、コメントは求める。矛盾した要求がまかり通る、いやな時代だと、キクハ校長代行は思った。
「理事長秘書のキヤです。泥縄第二生徒会長のスシさんから、メールをいただきましたので、代読します」
(えっ?)
「泥縄第二生徒会長のスシです。自宅謹慎の身ですが、立場をわきまえずに所感を述べさせていただくことを、お許しください」
キクハ校長代行は戸惑った。
(え? 誰? キヤさんがメールを代筆してくれたの?)
遅れて、キクハ校長代行のところにもメールが来た。ホール室の外のモニター画面で一部始終を見ていた、マヤ副会長が書いて、スシとキヤのところに送ったのだ。
(ありがとう、クロハさん!)
「気の利いたことは言えませんが、ひとつだけ。泥縄第二への合流を実現するために、第二から第三へ転校を余儀なくされた生徒がいます。大多数の都合のために犠牲になるヤギのようです。わたしスシは『それが現実』とは思いたくありません。そういう事態は、速やかに解消されなくてはなりません。第二の校地へ、第三の生徒にも来てもらう。そして一緒に学校をつくっていく。第三に行ったキラさんと、もう一度生徒会活動をする。それがわたしの、譲ることのできない願いなのです。理事のみなさん、何卒お聞き届けくださいますよう、よろしくお願いします」
会場から拍手が起こった。
女性理事は、面白くなさそうだった。
「立派なこと言っているようですけど、所詮は停学になるような生徒の言うことですわ。割り引いて聞かないと」
ガタッ
キロが椅子を後ろに弾け飛ばし、立ち上がった。
「泥縄第三の生徒会長、キロです。あんた、ふざけんなよ! スシくんは第三の生徒に頼まれたから、校舎に居座っただけ! 制裁を受ける理由は全くないの! その証拠に、居座りの途中で、教師から窓を施錠するよう頼まれて、きちんとこなしている! むしろ学校に貢献してるの! それを停学だなんて、わからずや!」
「少しはそう思ったからこそ、停学1週間のところを1日にしてあげたんですのよ」
女性理事は、キクハ校長代行に「そうですわよね?」と目で圧をかけてきた。キクハ校長代行は身震いした。
「キロさん、あなた、そこまで言うということは、覚悟はできているのでしょうね?」
「わかってます」
女性理事はキロに退出を命じ、キロはそれに従った。
「スシくん、スハちゃん、あとは任せたよ! 世界の法の支配は、市民から遠いものではない!」




