6章の3 理事の最後の空席が埋まりました
クロハ書記次長は、大粒の涙をこぼした。
ツインボーカルの曲なので、マヤ副会長は自分のパートが休みのとき、スシに話しかけた。
「スシくん、そんな過去があったんですね。だから、優しい人になれたんですね」
曲が終わった。くっついていたスシとクロハ書記次長の上から、マヤ副会長とキヤが覆いかぶさった。
冬休みが終わり、スシたちは登校した。停学が1日に短縮されたので、始業式では校長代行のキクハとともに、スシも普通に全校生徒に向けてスピーチした。停学実施を控えた生徒会長が始業式で話をするのは、日本エンタメ史上初(要調査)のことである。
キクハはスシたちの2年1組の副担任だったが、校長代行になってからは、ホームルームを担当することはなくなった。いつもは担任の男性教師が行うが、この日は講師のワキが担当した。
冬休みが終わってから、なぜか2年1組にキヤの席が用意された。泥縄第二をすでに卒業している彼女は法規的に再入学はできず、形式的には授業参観者の扱いだ。もっとも、非正規生徒として教室に戻るなど、相当なもの好きでないとできないだろう。
カニ・オロネ・キラの席は、他校へ移籍したあともそのまま残されていた。キヤは、スシの隣のキラの席を勝手に使うことにして、キクハがそれを追認した。
(マヤ副会長です。キヤさんが泥縄第二の制服を着るようになったので、一見、普通の光景ですけど。でもよく考えると、講師と深い関係にある、生徒でない女性が、年甲斐もなく高校制服を着て、教室にいるわけですよね。いいんでしょうか?)
(クロハ書記次長だよ。講師と生徒が深い関係になるよりは、ましなんだろうけど)
二人とも、キヤがワキには目もくれず、ずーっとスシを見つめているのに気づいていた。
(クロハ書記次長だよ。空き席は、あと2。ここにクモヤさんとクモルが収まろうとしたら、ヤだな)
ホームルームが終わると、重い足取りのスシは、キヤに手をぐいぐい引かれて、校長室に向かった。随伴するマヤ副会長とクロハ書記次長は、キクハとケンカしてはいけない、ケンカしてはいけない、と自分に言い聞かせながら歩いた。
「コンコン、キヤです。生徒会執行部4名、参りました」
「入ってください」
4人は中にいたキクハを見て、ぎょっとした。泣きはらした目をしている。
「キヤです。どうしたんですか?」
「知ってるくせに」
「?」
「スシくん。13日の学校理事会合なんだけど」
「・・・」
「返事して!」
「・・・その日はオレ、停学で自宅謹慎なんで、頼み事は引き受けられません」
「普通のコならね。でもキミは、泥縄第二の生徒会長。お家芸を忘れたとは言わせない」
役員4人は「あー、」という表情になった。リアクションを誰が担当するか、目の会話で押し付け合った挙句、クロハ書記次長にお鉢が回ってきた。
「クロハ書記次長ですけど、まさか!」
「そのまさかよ!」
役員4人は、もう一回「あー、」という表情になった。
(スシだけど、言ってみたかったんだろうな)
(マヤ副会長ですけど、まあ、呼ばれて、来て、義理は果たしましたよね)
キヤを残して、3人は帰ろうとした。
「ちょっと! 話はまだ終わってないわよ!」
「スシですけど、われわれはそんなにヒマではないので」
「スシくん、理事会合に出て!」
「停学なのでムリです」
「わたしに化身して!」
「ええ~? 言うに事欠いて、なんですか。無実のオレを停学にしておいて、会合には出ろと。だいたい、オレが先生に化身しちゃったら、先生本人は会合のとき、どこにいるつもりなんですか」
「そ、そうねえ、わたしはクロハさんにでも化身するから」
「クロハ書記次長ですけど、『クロハさんにでも』ってなんですか。一回も役員に化身したことないくせに」
「じゃあ、マヤさんにでも」
「マヤ副会長ですけど、先生のボディサイズは、マヤよりクロハに近いですよね。それに、変装用かと見まがう黒いプラスチックフレームのメガネが使える分、クロハの方がやりやすいですよね」
「それ、マヤ化身を、やんわり拒絶してるのかしら。じゃあ、キヤさんに」
「わたしは当日の会場にいますが、泥縄第二の非正規役員としてではなく、本来の職務で忙しいんです。申し訳ありませんが、先生がわたしに化身することは、お断りします」
「誰も化身させてくれないから、仕方ないわよね。先生のせいじゃないわよね」
スシは苦笑いをして、キヤは冷静なままだった。クロハ書記次長とマヤ副会長は今にも爆発しそうになりながらも、必死にこらえていた。
「スシくんが校長代行に化身して、停学なのに会合に出るの。なんてドラマチックなの!」
「なに言ってんですか。やらされる方の身にもなってくださいよ」
「それでね、悪いんだけど。わたしが停学前のスシくんと、しょっちゅう接触してるのを生徒に見られるのは、都合が悪いのよ」
「それなら一切接触しないことにしましょう」
「もう、いじわる言わないで。なので、いまここで、わたしに化身してほしいの」
「13日って、まだ相当先ですよ?」
「でも、あと、いつ会えるかわからないから!」
「その間、授業はどうするんですか? 合唱部と吹奏楽部の指導もあるでしょ? 生徒にはないしょの化身とはいえ、教員免許がない人間が授業をするのは、倫理的にまずいですよ」
「スシくんにその場にいてもらって、口パクしてもらって、授業はわたしが掃除用具のロッカーに隠れて話すから、安心して」
「ムチャ言うなあ」
スシは押し切られて、キクハに化身した。服はこのとき本人が着ていたものを、場当たり的に着た。ほかの3人はスシをほっぽって、生徒会室に移動した。クロハ書記次長とマヤ副会長は、かなり呆れていた。
校長室では、カーテンにくるまって身を隠したキクハ本人が、キクハ校長代行をいろいろ調教し始めた。
「校長代行っていうのはね! そうじゃないの!」
「自分は理事会合に出ないで、オレに注文ばっかり。理不尽だ~」
理事会合の前日、1月12日は祝日。キクハ校長代行は役員3人に連れられて、ここ数年、静かに流行しているという、水族館見学に来た。以前から計画されていたので、スシは普通に本人の姿で来たかったのだが、キクハのせいで妙なことになった。
ただの執行部行事ではなく、理事会合に臨むための、決起集会の意味合いがあった。
「クロハ書記次長だけど、キクハ校長代行の化身、少しはできるようになった?」
「こんなに長く女性に化身したことなかったから、戸惑うばかり」
「マヤ副会長ですけど、その姿ではスシくんの家に帰れないって、言ってましたよね。どうしてたんですか?」
「キヤですけど、最初わたしも一緒に、ワキの家に連れて行ったんですけど。でも、見た目は異性の校長代行と講師が一つ屋根の下というのも、スキャンダラスなんじゃないかと考えて、結局スシさんには、わたしの家に来てもらいました」
「え? キヤさんって、一人暮らしなんじゃ?」
「キクハ校長代行は、見た目は女なので」
「えー!」
「化身の原則として、女性に化身している人は、女性として扱うことになってるんですよね? クロハ書記次長?」
クロハ書記次長とマヤ副会長は、キクハ校長代行を物陰に引っ張っていき、問い詰めた。
「おいスシ、どうしてあたしらに言わなかったんだ!」
「そうですよ!」
「オレとキヤさんだけじゃなくて、化身の近くにいないと身動きが取れないキクハ先生も、結局一緒だったんだよ」
「なんだ、そうなの。って、20代前半の女二人と一緒だったってことじゃんか!」
「まあ、何もなかったんですよね? 信じます」
「クロハ書記次長だけど、マヤ副会長は甘いよ。本物のマヤの追及は、そんなじゃないぞ」
「言わなかったのは、言ったらマヤさんやクロハさんが、自宅に来いって言うと思ったから・・・」
3人は「う~ん」と考え込んだ。
「夜、スシくんは何してましたか?」
「オレはクモルさんと通話したり、キクハ先生に説教されたり。あ、そういえば。キヤさんが買ってきた、プラスチックの棒。先端を赤く塗るのを手伝った。何に使うんだろうねえ」
「一見関係さそうなことを言って、はぐらかすな!」
「そういうつもりは、ないけど」
マヤ副会長は、キクハ校長代行を、じっと見た。
(マヤ副会長としては、スシくんがここまで長い間、女性に化身していると、男性を忘れて女性化するのではないかと、気が気でないです)
イルカショーは近い将来、国内では見られなくなるかもしれないそうだ。キクハ校長代行は、学校所在地を離れる泥縄第二と第三のイメージを、イルカに重ね合わせた。体を張って、女子役員3人を水しぶきから守りながら。
その夜、マヤ副会長とクロハ書記次長もキヤの家に押しかけ、5人でギュウ詰めになった。キヤは、キクハだけは単独で入浴させたものの、残り人数を順番に入れると時間がかかりすぎると言って、持って来させた水着を着せ、同時に浴室に入れてしまった。普通のアパートの浴室に4人というのは、一人の場所を変えるために、パズルのように全員の場所を変えたりして、余計に時間がかかった。
「ねえ、キクハだけど! あんたたち、もー、大きな声出して。いつまで入ってるの?」
1月13日、決戦の日は来た。
キクハ校長代行、クロハ書記次長、マヤ副会長、キヤの泥縄第二の一行は、朝早い新幹線で東京へ旅立った。スシが化身して用事をこなす間、キクハ本人は出張と偽ってアパート自室に身を隠すことになり、東京には同行しなかった。女子役員がそうするよう強く訴えた結果である。
理事会合は、23区内にある泥縄系列大学キャンパスの、ホール舞台上の特設会場で行われる。スタートは午前11時。ここでスシたちは、経営理事側に泥縄第一と第二の統合方針を転換させ、新たに第二と第三を、第二の隣町の施設に統合させることを目指す。
キヤはいつもの制服と違って、紺のスーツに身を固めていた。同じ車両に、ゲストとして招待された隣町の町長と、その娘のキラも乗ってきた。泥縄第二の一行のテンションは上がり、車内はガールズトークであふれた。キクハ校長代行は、町長と世間話に努めた。
「いよいよですね」
「第二第三統合派の理事は、数では1人負けていまス。町の条例で、町長は学校法人の理事になれないものですから。誠に申し訳ありまセン」
「お気になさらないでください。その件は、なんとかなるような気がしています。なんとか」
どうなるとなんとかなるか、全然わからなかったが、キクハ校長代行は、そう言うしかなかった。
キヤがキクハ校長代行のそばに来て、耳打ちした。
「スシさん。理事の最後の空席が埋まりました」
「え、どんな人ですか?」
「芸能人です」
「そうか、理事長も芸能人でしたよね。何か理事長のツテがあったのかな?」
途中の停車駅から、泥縄第一のスハ、カニ、オロネが乗ってきた。
「先輩!」
「ちょっとスハさん、わたしキクハ校長代行は、先輩じゃなくて先生ですよ?」
スハは、勝手にキクハ校長代行の膝の上に座った。
「ちょ、ちょっと」
「あはは。わたしがスシ先輩の膝に座ったら、ちょっとまずいでしょうけど、キクハ校長代行の膝なら、全然オッケーですよね?」
「スハさんたら」
「おっ。キクハ校長代行、元気そうでなによりです。停学がこたえているかと、心配したんですから」
「スハさんってば、キャラが変わってます!」
「変えてるんです、なーんて。先生のコレのクロハ書記次長が怖い顔してるし、降りますね」
午前10時半。一行は理事会合が行われるホールの前に集合した。前日に空路で来て東京に泊っていたキロとDDが合流。スハ、キクハ校長代行、キロの、泥縄3校の生徒会長が顔を合わせた。
自主休校して同行した、泥縄第二の代表団が気勢を上げた。




