6章の2 「生きろ」っていう意味なんだって
「オレがどうこう言うことじゃないですよ。お仕事なんでしょう? 選択の余地はないのでは。で、どういうお仕事なんですか?」
「クモルクモヤの水着写真集の撮影。二人並んだカットは、都内であらかた撮ったんだけど、二人のソロのカットは、あたしがクモヤの水着も着て、一人で担当するんだって」
「えー? なにそれ、みみっちい」
「みみっちいとか言うな。あたしだって、そう言いたいのは山々なんだから。でも、うちらはキャラ付け以外はすごくそっくりだから、そういう扱いされがちなのよ」
「頑張ってきてください」
「毎日、夜に通話してよね。同行している男性スタッフが、あたしに迫ってこれないように」
「あはは。・・・。写真集、出たら買いますよ」
「スシくんは、あたしの心の親衛隊長だから、買わなくても、あげます。デジタル版からクモヤの写真を全部抜いたやつをね」
スシは喜んでいいのか、残念がるべきなのか、複雑だった。
「芸能人やめたら、スシくんがあたしの写真を撮ってね」
「オレ、ポートレート撮影は上手だって、ほめられたことありますよ」
「二人だけの秘密の写真だよ? そんなぬるいのを撮ってどうする」
「!」
通話が終わっても、スシはドキドキしっぱなしだった。
「クロハ書記次長は思うけど、いーけないんだー。スシってば、うちらに無断でクモルと長話して」
「マヤ副会長ですけど、聞こえた範囲だと、学校経営理事会合の当日に日本にいないのは、クモルさんのほうですね?」
「海外ということは県外だから、化身が重なってもOK。なにかの用でクモルさんが必要になったら、クロハさんかマヤさんが化身して、都合付けてくれれば」
「わたしらは、そんなことのために会場に行くんじゃない!」=クロハ・マヤ同時発声=
「キヤですけど、そうなったらスシさんが、責任持ってクモルさんに化身するべきだと思いますよ」
スシは「やっぱりそうなのか」という顔をした。
スシは家に帰って睡眠を取り、午後に起き出して、吹奏楽部と合唱部の合同ニューイヤーコンサートへと出かけた。キクハに会いたくないマヤとクロハは欠席。スシは、帰省していたカニ・オロネのペアと誘い合わせて出かけた。呼んでないのに、キヤも集合場所に現れた。
「スシですけど、あのー、キヤさん。ワキ先生と一緒じゃないんですか?」
「え? うふふ。アレは、音楽には疎い男なので」
「オロネですけど、キヤさんは、マヤちゃんとクロハちゃんが絶対来ないと踏んで、あたしらを隠れ蓑にして、スシくんとのデートに持ち込んだ、で、合ってます?」
「いえ、そんなことは(汗)」
スシ停学の一件で、キクハへの反発が強い泥縄第二の生徒たちだが、夏の甲子園で吹奏楽部に応援演奏してもらった野球部は、義理を欠くことなく、観客として全権マネージャー・サヤを参加させた。
会場のショッピングモールに向かうバスは、元日とあって混雑した。もみくちゃになっているキヤを、スシが気遣った。
「キヤさん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です、けど・・・」
カニは、オロネを抱きかかえるようにして、周囲の男性乗客の干渉から守っていた。キヤは「スシさんも、あれ、やってください」という上目遣いで見てきた。
「ひそひそ、できるわけないでしょ。ワキ先生に悪いし」
「ひそひそ、ワキもそんなこと、やらないです。だからスシさんが、代わりにやってくれても、全然バチは当たらないです」
「ひそひそ、どういう理屈ですか」
会場最寄りのバス停で、泥縄第二の面々は降りた。
コンサートは、大したものだった。吹奏楽部も合唱部も、今年度は全国切符を手にしているだけに、キクハの精神状態がぼろぼろでも、まったく関係なく好パフォーマンスを見せた。
終了後、あいさつに訪れたスシを見るなり、キクハはまた泣き出した。ただならぬものを感じたキヤが、二人の間に身をねじ入れた。
「キクハだけど、スシくん、このあとどうする?」
「役員とカラオケに行くことになってます。遊びじゃないですよ? もう、泥縄第二と第三で学校組織も一体化するという前提で、来年度予算案を一回組んでみようという話になって。でも元日に校内に入るには事前に許可がいるのを、役員全員が忘れていたので、仕方なくカラオケBOXを会場にしようと」
「先生も合唱部と吹奏楽部のコたちと打ち上げがあるから、ちょうどいいわ。そうね、22時ごろ、先生の家に来てくれないかしら」
「ヤです」
「キヤです。スシさんの心境を代弁します。無実のオレを停学にしておいて、どの口が言うんだ。罪状を増やして退学にするつもりか?」
「スシです。そんなに違わないけど、でもオレだったら、とてもそんなふうに言えません」
「あ、ねえ、それなら女子の役員も連れて来ていいから!」
「なおさらヤです」
「キヤです。代弁します。家になんか行って、先生とマヤさんクロハさんの険悪な様子を見せられるのは、忍びない」
「スシですけど、それだとオレは行ってもいいと考えてるみたいになるから、そういう言い方はやめましょう」
「キヤですが、わかりました」
キクハは、さらに激しく泣き出した。合唱部と吹奏楽部のメンバーたちが、何事だ、と振り返った。
「スシくんに大事な話があるのよ!」
「22時に、女教師の家で話さなくてもいいでしょ!」
「キヤです。スシさん、一人で行くのが困るなら、わたしが同行しますよ?」
「キヤさん、話を面倒な方向に持っていかないで」
「キクハとしては、あなたたちが二人で来るのは、なんかイヤ」
「ほら、さらにめんどくさくなった」
「ひそひそ、スシさん、キクハ先生は今よわよわです。うちらにとってはチャンス。押して押して押しまくれば、有利な条件を引き出せるかもしれません」
「ひそひそ、キヤさん。苦しんでいる相手を攻撃するとは。スパイだけあって非情だね」
1月始業式の日のホームルーム後、校長室に役員全員で顔を出す、ということで落ち着いた。
スシとキヤは、予算案編成の会場であるカラオケBOⅩに着いた。
「クロハ書記次長だけど、スシってば、なにキヤ連れて来てんの? 呼んでないよ? まさか二人でデートしてきたとか?」
「マヤ副会長ですけど、『レンタ・・・彼女』『・・・ル彼女』のキヤさんを連れ回したりしたら、5ケタの料金がかかると思いますけど。執行部予算からは、そんなお金はビタ一文出せませんからね?」
「キヤですけど、わたしがスシさんとプライベートで一緒だとしても、それは営業でやっているわけではありませんから」
「なおよろしくない!」=クロハ・マヤ同時発声=
(スシだけど、営業でなくてスパイ活動の一環だ、とはとても言い出せない)
室内は険悪なムードだったが、予算案は予算案で、女子3人でちゃんと連携して、ちゃんと作り上げた。予算案編成そのものより、ここからの各方面との調整こそが、本当に困難な作業なのである。
「スシは思うけど、年度末が近い1月に、キリマンジャロやマッターホルンやカイ山ごっこをする余裕は、オレたちにはないなあ。物価高だし」
「マヤ副会長が補足しますけど、3番目の山は、南米アンデス山脈にある山で、山頂はチリに位置します」
予算案がいいとこ行ったので、話題は3月の次期生徒会長選挙のことになった。
「キヤですけど、この件でまず初めに確認しておきたいのは、現職のスシさんの意思です」
「オレは前から言っているように、次の選挙には出ないよ」
「わたしマヤ副会長とクロハ書記次長は、今期が役員2期目なので、生徒会規約によって退任しなければなりません。スシくんも一緒に退任すれば、一見それでいいように思えますが、学校経営理事会合で泥縄第二と第三の統合で本決まりとなれば、2月の選挙にはキラちゃんも出られることになります」
「うんうん」
「選挙期間中に出生の事情を公表することになった前回と違って、今回それは有権者も織り込み済となっている。泥縄第二にファンも多い彼女が、現在在籍する泥縄第三の生徒の期待をも背負うとなれば、ほかの候補は太刀打ちできないでしょう」
「クロハ書記次長は思うけど、キラちゃんは当選の暁には、絶対にスシを副会長に選任しようとする。スシは、自分がキラちゃんに役員を頼んだ経緯があるので、断れない」
「うんうん」
「キラちゃんは、スシが前回選挙で訴えた『会長が異性の副会長を選任した場合、それは会長が副会長に告白して、副会長がそれを受け入れたとみなされる』という慣わしの廃止を、うやむやにするだろう。スシの会長退任でめでたしめでたしとは、いかないんだ」
「わたしマヤ副会長は前回の役員人事で、スシくんにはっきり好意を持っていた彼女を、あえて誘うよう進言しました。マヤとの関係性を見せつけて熱を覚まさせるつもりが、かえって燃やしちゃいましたね」
「キヤですが、キラさんはスシさんとケンカになったあと、スシさんと勝負をして、女子役員の団結で見事に勝利。そのあとスシさんから優しい言葉をかけてもらったことで、スシさんしか見えない状態になったのでしょう」
「クロハ書記次長だけど、そういうわけでスシ、あんた次の選挙にも出なさい。スエ氏やキロ嬢が出てきても、やっつけて、再び会長になりなさい。キラちゃんには副会長選任をチラつかせて、立候補を自重させる。実際にはスエ氏を副会長に選任して、キラちゃんのラブラブ攻勢をかわしなさい」
「そんなの裏切りじゃないか」
「あたしが非正規で残って、実務はやるから。生徒会執行部のカップルは、そのまま保存されるようにするから」
「タキ氏が出てきたら、どうしよう?」
「キヤですけど『会長選挙に出ようとしたら、停学にしてやる』と、キクハ先生が言っていましたよ」
「スシですが、タキ氏は何をしたんですか? ゾンビの恰好をして歩き回ったとか?」
「そんなんじゃ停学にはなりません。仮に停学にならなくても、あんなの、わたしやワキがいなかったら、どうってことないですから。わたしが言うのもナンですけど」
予算案づくりが一段落したので、せっかくカラオケBOXにいるのだからと、一人1曲ずつ歌うことになった。スシはクモルクモヤのデビュー曲を選択した。
「スシおまえ、あたしらにケンカ売っとんのか?」
クロハ書記次長がスシに絡んで、歌わせなかったので、マヤ副会長とキヤがマイクを取って、ツインボーカルをフォローした。
「ねえスシ、生まれたとき双子だったから、この曲を選んだの?」
「そういうわけでもないけど」
「ちゃんと話をしてくれたこと、ないよね」
「うーん、進んで話したくなる話ではないので・・・」
「あたしとあんたの間で、隠し事はなしだよ」
「・・・。わかった。オレはね、出産時までは、双子だったんだ」
「もう一人は」
「生まれてこれなかった。出生届も出されず、名付けられもしなかった」
「う」
「去年の秋に、死産や流産を経験した女性の集まりが地元であって、母親と一緒にオレも行ってきた。そこで母親が話したところによると、オレの『スシ』っていう名前は、『死す』を反対にした、『生きろ』っていう意味なんだって。オレも知らなかったんだけど」




