5章の6 理由を言ってよ理由を!
真っ暗な体育館に、キヤが入ってきたのがわかった。
「スシさん?」
マヤ副会長とクロハ書記次長は、とにかくスシに体を密着させている。
「スシくんが死にそうなの!」
「スシくんを温められるもの、買ってきてくれましたか?」
キヤはカイロを次々に開封して、二人に手渡した。自分は、熱い缶入りコーンポタージュを手に、スシたちの布団の頭側へ回り込んだ。
「キヤさん? だめよ、スシくんは飲み込めないかも」
「なら、こうしましょうか」
ん-。
キヤはスシと上下さかさまのポジションで、キスをした。
「ちょっと! 何すんの!」
「そういうの、わたしらの役目ですよ!」
「あ、でも、ほら」
「う、うーん。あ、キヤさん」
スシは一発で目覚めた。
「この体勢だと、やりにくいですね」
キヤはコーンを除いたポタージュだけを口に含み、布団の上からスシにのしかかると、ためらいなく口移しで飲ませた。仰向けだったスシは、むせないように体を横向きにして、飲み込んだ。
(クロハ書記次長だけど、キヤって、勝利の女神なだけでなく、白雪姫の王子の能力まで持ち合わせてるの?)
(マヤ副会長です。スシくん、この女のキスで一発で目覚めるなんて、わたしらにとっては屈辱ですけど)
「キヤです。目覚めさせることに成功はしましたが、スシさんは依然として危険な状態です。そこで、採るべき方策をいくつか提案します。
①救急車を呼んで入院させる
②わたしたちがいる宿に、緊急で部屋を取り、わたしたちで手当てする
③DDさんに連絡して、改めて来てもらう
といったところでしょうか。あまり猶予はありません。即決を」
「クロハ書記次長だけど、①はやめた方がいい。スシはここで報道機関の取材を受けている。消防署からその機関に出動事実の報告が行けば『あの高校生が』となって、間違いなく記事にされてしまう。②は、ここよりも設備が整っていて、暖かいのはいいけど、スシもわたしたちもこだわる30日午前0時01分まで校舎で粘ってからだと、門限が過ぎていて入れない。③は論外。スシがせっかく根性見せて、あの女を追い返したのが無駄になる。メンツも立たない」
「メンツとか言ってる場合じゃないですけど。マヤ副会長は、わたしたちで頑張ってスシくんを温めたらどうか、と考えました。考えましたが、以前見た映画では、素肌で温めた低体温症の人が死亡したので、声高に言えません」
「え、これ、だめなの?」
「ちょっと、先に全部脱がないでよ」
「真っ暗で、布団の中だから、わかんないよ。それにその映画、あたしも見たけど、温めた翌朝は生きていて、日中になってから死んだんだよ。温めるのは効果あったんじゃないか?」
「キヤですけど、こういうとき、決定権があるのは誰なんですか?」
クロハ書記次長とマヤ副会長は、真っ暗な中、顔を見合わせた。キヤは深くため息をついて、体育館の入り口近辺まで移動した。どこかに電話してから戻ってきて、スシたち3人の隣に布団を敷いて、中に入った。
「キヤさん、カイロとポタージュ買ってきてくれたの? ありがとう」
「スシさん、ここを出ましょう」
「30日になるまで、あと30分くらいなんだけど。ここまで頑張ってきたんだから」
「そんなの、死んだら何も偉くありません」
再び、スシの口数が少なくなった。
「カイロが効いてないのかな? スシくーん!」
3人で必死にキスした。
「スシくーん! ねえ! ねえったらあ!」
「起きて! 起きて!」
「もう、行くしかないです」
キヤは、静かに立ち上がった。
「どこへ?」
「校内居座りを続けられて、なおかつスシさんを救えるところへ」
・
・
・
どれくらい時間がたったろうか。
ぱちっ
「あ」
「起きた? スシくん」
横たわったスシの両脇に、マヤ副会長とクロハ書記次長がいた。
「マヤ副会長、ここは?」
「どこだと思いますか?」
「あったかい。ひょっとして」
「そう、ひみつトンネルの中です」
「あ、そうか、ここは、なぜか暖かいんだった」
「クロハ書記次長だよ。よかったあ! スシが生きてて! 死んじゃったら、どうしようと思った」
二人が、そしてキヤが、必死にキスしてくれたことを、スシはうっすらと記憶していた。二人の顔を見て、照れくさそうに笑った。
「でも、ひみつトンネルって、ここまで暖かいとは。これじゃあ、熱くなるものは入れられないなあ」
「スシを救った、命のトンネルなんだよな。長さ2・5メートルで、ちょうどうちら3人で入れるくらいで」
スシたちは、校舎の窓に施錠して、体育館を引き払い、校舎をあとにした。
「世の中には、古い地図データをもとに誤爆された校舎もあると聞く。昨夜そういうことがなくて、よかった」
くじ(みたいなもの)的中のおかげで羽振りがよくなり、衣装などの大荷物は携行せずに、現地から地元へ宅配便で送った。
しかし的中の払い戻しは、まだ受けられていない。キヤによると、自動払戻機の限度額を超えているので、施設に事前に連絡をした上で、受け取りの当日は別室に案内されるそうだ。キヤがスシたちと行動を共にしていて、窓口の仕事納めに間に合わず、払戻金の受け取りは年明けになるとのこと。
泥縄第二の4人は、駅でスエ、キロ、DDに見送られた。
「スシだけど。スエくん、春からは泥縄第二の校舎で一緒に勉強できると、信じてるからね」
「スシくん、ぶしつけで悪いんだけど、校名、なんとかならないかな?」
「え?」
「キロだけど、校名に第二が残って、第三はただ無くなるとしたら、気分がよくないわ」
「DDだけど、第二と第三の間を取ったような、両者が納得できる校名を考えてもらえないかしら」
「マヤ副会長ですけど、校名を巡って変なフラグを立てるのは、やめてもらえませんか」
「クロハ書記次長だけど、銀行の合併みたいに、最初は『泥縄第二第三高校』と両方の校名を入れておいて、頃合いを見て『泥縄きぼうみらい高校』みたいな今風のにしたら?」
「キヤですけど、『きぼう』と『みらい』を両方入れると、かえってカッコ悪いのでは? 入れるなら、どちらかは漢字にするべきなのでは?」
「スエだけど、スシくん、考えといてよね!」
「クロハ書記次長だけど、スエくんはもう生徒会長でもなんでもないのに、苦労人だね」
帰りのフェリーでは、スシは女子3人と、ひと塊になって過ごしていた。明らかにキヤとスシの距離が近くなっていて、クロハ書記次長とマヤ副会長が防戦に努めていた。
スシは、すぐ近くにいるキヤから「わたしとと時間をずらして、甲板に来てください」というメールを受け取った。
(? キヤさん、すぐ近くなんだから、直接言えばいいのに)
お手洗いに行くふりをして、スシは甲板に上がった。キヤが待っていた。
「スシさん、1月の学校経営理事会合ですけど」
「はい?」
「就任要請をしていた理事候補に、この時期になって断られたそうです。次に誰に頼むか、まだ全然決まらないそうです」
「・・・」
「何でそんなことを知っているんだ、と、聞かないんですか?」
「・・・」
「お見通しなんですね。そう、わたしは、」
「学校経営側のスパイ、ですよね」
「クロハさんたちに言いますか?」
「もう、あなたはオレたちの仲間でしょう。こうして危険を冒してでも理事人事のことをオレに教えてくれたのですから、オレがあなたをスパイと喧伝したくない。スパイなんて、殺し屋に比べたら可愛いもんでしょう」
キヤは、自分でもわからないうちに、スシにキスしてしまっていた。
5分とかからず、少しだけ時間をずらして船室に戻ったスシとキヤだが、マヤ副会長とクロハ書記次長から、きつい視線を投げかけられた。
「ど、どうしたの?」
「クロハ書記次長だけど、自分の胸に聞いてみな」
「マヤ副会長ですけど、こっちは『レンタ・・・彼女』『・・・ンタル彼女』のキヤさんが、フェリー甲板から海に落ちる展開を心配していたというのに、この仕打ちですか」
キヤは、大慌てでスシの唇の口紅をふき取った。
マヤ副会長のスマホには、カニから送られてきたエンタメクイズがたまっていた。
「では、ここで船内レクリエーションとして、カニくんのエンタメクイズをやりましょう」
「ドンドンドン、パフパフ!」(スシによる昭和的効果音)
マヤ副会長は間違って、出そうとしたものと違う問題を選んでしまった。
「マンガで、ヒロインレース脱落率が高いのは、どっち? ①劇中で男性主人公と最初にキスしたヒロイン ②劇中で男性主人公と最後にキスしたヒロイン」(あれ? この問題だっけ? ちょっとヤなの出しちゃったな)
「はいっ。クロハ書記次長だけど、そんなの圧倒的に①でしょう。ドラマのクライマックス以降にキスした女と結ばれないのは、男女どっちかが死なない限り、ほぼありえない」
「キヤも同じく①です。1対1なら、最初と最後のキスの相手は同じ女性。最初にキスした人がヒロインレースを制するのは、このケースに限られそう。ただ1対1は、ラストにわざわざキスシーンを持ってこないこともあるので、ほかのヒロインとの事故キスが劇中最後になってしまうことはありうる。三角関係なら、負けヒロインに先にキスさせて、そこからメインヒロインが逆転するまでを描くのがセオリー。ハーレムもので先陣を切ってキスしたヒロインは、読者のほかのヒロイン推しから目の敵にされるせいか、結果的に捨て駒にされることが多い。いずれの場合でも、終盤のドラマの盛り上がりピークにメインヒロインとのキスシーンが王道なので、①」
「スシは、この中で唯一の男子。当事者っぽいので、①と答えはするものの、そのほかのことに関しては、コメントを控えさせてください」
なかなか「早く答えを聞かせて」というムードにならなかった。
「えー、マヤ副会長が答えを発表します。①です」
控えめな拍手が起こった。
「最初にキスした人のヒロインレース脱落率は70%。最後にキスした人は30%。最初が100%で最後が0%くらいかと思ったら、意外とそこまでいかなかった、とカニくんは言っています」
マヤ副会長とクロハ書記次長が、龍虎相まみえるような様相を見せた。
「クロハ書記次長だけど、ないしょシリーズで、スシくんが最初にキスしたの、誰だったっけ?」
「マヤ副会長ですけど、ないしょシリーズで、スシくんが最後にキスするの、誰なんでしょうね?」
「えー? うーんとね・・・」(ヤブヘビだー!)
ここまでの時点でスシが最後にキスしたのは、マヤ・クロハ・キヤのうちの誰か(泥縄第三高校体育館でのスシ介抱時)。スシ会長が最初にキスした相手は、公式記録によればマヤ副会長(第二高校生徒会室)。ただこのときは、スシ会長とマヤ副会長は両方とも化身で、中の人はカニとオロネだった。中の人が違う化身は含まないとすると、スシがクロハ書記次長(肩書は当時)に化身していたときで、相手はクロハ本人(泥縄第二高校、表向き音楽準備室の秘密化身室)。
(わたしクロハは、スシくんの最初のキス相手。ヒロインレースの脱落率が高いのは、気がかりなデータですよね)
フェリーは、スシたちの地元の港に着いた。埠頭にキクハが迎えに来ていた。
「先生、ただいま戻りました!」
キクハは「そんなまぶしい顔をしないで、スシくん」という表情だった。
「どうしました?」
「スシくん、ごめんね、ほんとごめんね」
「?」
「きみを1週間の停学にすることになったの」
「えーーー!」
「マヤ副会長ですけど! そんな乱暴な! スシくんが何をしたって言うんですか!」
「クロハ書記次長だけど! 横暴だ! 理由を言ってよ理由を!」
「キクハです。理由としては、一部報道に接した人たちから『校舎に居座って学校の業務を妨害した』とする声が挙がって、」
「マヤ副会長ですけど! そんなの、学校に届けも出して、キクハ先生にも報告して、ルールの範囲内でやっていることです!」
「クロハ書記次長だけど! それなら、ほんとの首謀者の、向こうのスエくんやキロさんは同じように処分したんですか?」
「スエくんは生徒会長を解任されたから、社会的制裁を受けたと見なされて、それ以上のことはないわ」
「キヤです。停学自体もひどいけど、冬休み中に処分事由が発生したのに、停学は1月始業式の日から実効7日間とされているのは、さらにひどいんじゃないですか?」
「まだ言ってないのに、なんで知ってるの?」
キヤはまっすぐキクハを見た。キクハは目をそらした。
スシは何も言えなかったが、みんなの援護射撃がうれしかった。
クロハ書記次長とマヤ副会長は、目配せをした。
「クロハ書記次長だけど、先生、処分を撤回する考えは」
「ごめんなさい。できないわ」
「マヤ副会長です。もう一度聞きます。処分を撤回する考えは」
「ごめんなさい・・・」
キクハは泣き崩れた。
「わかりました。それなら執行部は全生徒に、スシくんの名誉回復のための闘争を指令します」=マヤ副会長とクロハ書記次長同時発声=




