5章の5 会話を途切れさせたらだめです!
スシは、真っ暗な体育館の、そっちからこっちへ歩いた。
「無理か」
こっちからそっちへ歩いた。
「やっぱり、もう少し粘ろうか」
スエの顔が浮かんだ。スシは目を閉じて、スエと交わした約束を思い返した。
(でも、何かあってからでは遅いよね。この際、居座り中止も考えるべきか・・・)
そう思ったが、あまりにも寒いので、とにかく布団にくるまることにした。
体育館の電話が鳴った。
スシはびっくりしたが、布団から出たくないので「電話が来たとき、外に出ていたことにしよう」と考えた。
電話は鳴り続けた。スシが「電話は止められてないのか。締め日が違うのか」と考えていたら、切れた。しかし1分とたたずに、またかかってきたので、スシは根負けして受話器を取った。
「ああ、いた。泥縄第三の、年内最後の宿直担当の教師です。そうは言っても、きのうで役目は終わって、校内にはいないけど。泥縄第二生徒会長のスシくんだね?」
「はい」
「実は、北の大地のほかの学校が、廃校になったときのことなんだけど、」
「はい?」
「夜の校舎に侵入して、窓ガラスを壊して回った人がいて」
「えー?」
「学校という抑圧的な場所が終焉を迎えて、必ずしもいい思いをしてこなかった元生徒が、鬱屈した感情をぶつけたという。泥縄第三の場合、どうせ校舎が解体になるから、壊してあげたほうが親切と思われかねない。襲撃される条件が整っているんだ」
「そうやって延々と説明されても、ただ恐ろしいだけなんですけど。ブルブル」
「身の危険を感じたら、すぐに退避するんだよ! 居座りなんて、きょうの昼までやっただけでも十分立派なんだから!」
「でも、できたら30日までやるって約束しちゃったし」
「もし居座り続けるなら、北校舎の一番体育館寄りの窓を、施錠してもらえないかな。きょう生徒から『鍵開けたまま出てしまった』と連絡もらったので」
「なんか、いいように使われている気が」
「まあまあ。くれぐれも気をつけるんだよ! あと、卒業生のDDにも気を付けるように」
「先生も危険ぶりを把握してるんですか? でもDDさんって前生徒会長なんですよね?」
「実務は一生懸命やってくれたんだが」
「なんとなく、言わんとしていることはわかります」
スシは受話器を置いた。すぐまた電話がかかってきて、スシはびっくりした。
「スシくん! スマホが使えなくなったの?」
「あれ? キクハ先生、誰から聞いたんですか?」
「役員のみんな。SNSに返信がないって」
「体育館の電話が生きているのがわかって、ちょっとホッとしているところです」
「寒くない?」
「布団から出ていると、こたえますね」
「布団に戻って、戻って! でも21時を過ぎると高校生は出歩きにくくなるから、女子がいる宿に部屋を取るなら、今のうちよ!」
(そうか、そういう時間帯なんだ)
スシは受話器を置いてから、布団を電話の近くに移動させた。
外で、車が止まる音がした。
(う)
体育館に誰か入ってきた。スシがここにいるのを知っている泥縄第二、第三の役員その他で、運転免許を持っているのは一人しかいない。
「DDさん」
「真っ暗なのに、よくわかるわね。でもだめよ、先に言ったら。こっちにも名乗りを上げる都合があるんだから」
「じゃあ、どうぞ」
「勇気りんりん! 熱血パワー! 前生徒会長DD!」=フリ付き=
「・・・」
「ねえ、冷たいよう。おおー、とかやってよう」
「おおー」
「スシくんて、優しいんだかキツいんだか、わかんないときがあるよね」
「真っ暗なのに、DDさんはよく電話のところまで、まっすぐ来れましたね」
「電話じゃなくて、スシくんのところに、まっすぐ来てるんだけど」
「ご用件は」
「スシくん、寒波がハンパない」
「はい」
「ここで午前0時01分まで粘って『30日まで居座った』と言い張れるようになったら、悪いことは言わない。わたしの車に車中泊においで。一晩中、暖機するから」
「そんなことしたらスエくんに怒られます」
「命には代えられないよ」
「あ、そうそう。窓の施錠をしてこないと」
スシはDDをはぐらかそうと、校舎の別棟へと歩き出そうとした。真っ暗なので、手がDDのどこかに触れた。
「あっ」
DDは、いたずらっぽく笑った。
「あれっ、DDさん・・・」
「わたしが服の下に何も着けてないの、よくわかったね。オンナに詳しいんだね、スシくん。いつも女装しているからかな?」
スシは凍り付いた。
DDは、スシを見つめている。真っ暗でも、スシにはそれがわかる。
「校長代行先生に成りすましてたの、事情があってのことと思うけど」
「・・・」
「ねえ、こうしようよ。わたしもスシくんの秘密を守るから、スシくんもわたしと秘密を作るの」
「・・・」
「どう?」
「ゴメン、DDさん」
「わたしには女としての魅力がないかな?」
「そうは言ってないです」
「サヨナラ」
「それもまた青春」
「おー、ぱちぱちぱち。いいね、いいよスシくん。よくできました」
「えっ?」
「男と付き合ったことのあるわたしだけど、初恋の人はスシくん、キミだよ。小芝居のセリフだからサヨナラと言ったけど、そんなに簡単にサヨナラしない。してあげない」
「ええっ!」
「約束する。好きな男のコの秘密は、絶対に守るから」
「任務でやってるんですよ。女装癖とか、変な誤解をしないでくださいよ?」
「スシくん、覚悟しててね!」
DDは体育館を出て、外に止めてあった愛車(ブルー全塗装・1800ccターボ・固定ヘッドライト・FR)で、意気揚々《いきようよう》と帰っていった。
(スペック的に、有名な碓氷峠最速の車みたいと思わせといて、実はDDさんの車は古いディーゼルターボ(1982年式)だじぇ。みに来てね)
「わーっ!」
「うわっ! びっくりした!」
「うふふ。マヤ副会長です。来ると思ってくれてました?」
「ああ、さっきからいました? 小芝居見てました? 真っ暗だけど」
「うふふ。どこからどこまでが小芝居なんですか? サヨナラまで? それともサヨナラしてあげないまで?」
「聞いてたんですね?」
「何かの間違いで『ないしょ3』が舞台化されるときには、真っ暗な体育館のシーンはスポットライトで対応してもらいましょうね」
「DDさんのシーンはそう長くないから、エンジンをかけた車のライトが体育館の下側の窓から差し込む、というのもよさそう」
「ぐえーっ!」
「なんなの『ぐえーっ』って! そんなこと言って入ってくるヒロイン、普通いないよ!」
「はっはっは。クロハ書記次長も参上」
スシが前に「来るなら二人そろって来る」と予想した通り、マヤ副会長とクロハ書記次長は、一緒に現れた。
「ねえ、一人いないけど、宿に置いてきたの? 非正規生徒だから?」
「キヤが何やってるか、教えてあげない」
「えー」
「マヤ副会長ですけど、別にやましいことはなくて、2・5万円渡して、買い出しに行ってもらったんです」
「そういえばオレも、読んでる雑誌の10月号を買ってこないと。2・5万円もしないけど」
「同じ日に11月号も買うことになるでしょう。えー、キハさんに買いに行ってもらったのは、寒い体育館で朝まで過ごすための装備です」
「スシです。ろくな装備もなく寒波襲来の体育館に居座るなんて、ちょっと無鉄砲でしたね」
やり取りが終わったので、寒さをしのぐため、スシを布団に戻すことになった。キハが装備を仕入れて来てくれないと、マヤ副会長もクロハ書記次長も、スシを置いて宿に戻れない。立っていると寒く、床に座ると熱を奪われてしまうので、二人して両側からスシの布団に入った。スシは何も言わなかった。
「クロハ書記次長だけど、スシ、あんた、ちょっとはドキドキしてもいいのに」
「マヤ副会長です。わたしたち、これに似たようなことを任務でさんざんしたから、スシくんの感覚がマヒしたのでしょうか」
「・・・スシ、スシ?」
「・・・スシです。体育館の電気が途絶えて、暖房が止まり、この冬一番の寒波襲来で、気温が下がって、います」
「マヤ副会長ですけど、これは意識混濁?」
「クロハ書記次長だけど、スシ、おまえ、強いよな! このくらいのことで、どうにかならないよな!」
「マヤ副会長です! 会話を途切れさせたらだめです!」
「スシです。思うにエネルギーというやつは、外国から買ってこないといけなかったり、埋蔵量に限りがあったり、使用済燃料の処分に莫大な費用がかかったり、します」
「マヤ副会長は、人類が手にできる『永久機関』というのは、単に、永久に利用できるエネルギーを使うから永久に動くのだと思いますよ。45億年前から、そしてこのあと45億年間、利用できるといえば太陽エネルギー。90億年なら『永久』と言ってもいいでしょう。エネルギーを得て動かす『機関』はいつか壊れるから、本当に永久というわけにはいかないですけど」
「クロハ書記次長だけど、そういうのは『再生可能エネルギー』と言うんだろ。水力や風力なんかは、元をたどれば全部太陽エネルギー。昨今の報道では、学校がある県の水力発電所が水害で破損して、修復にえらい費用がかかったそうで」
「スシだけど、・・・水力を含む再生可能エネルギーにも、もろいところはある。風力は装置が大掛かりだし、雷による甚大な被害も絶えない。それに、常に風が吹いているわけでないから、発電量が不十分な場合もある。太陽光も、製造コストがそれなりにかかり、破損被害もあり、真っ暗な時間帯は発電できない」
「マヤ副会長です。実用化されている中には地熱発電もあるけど、適地が限られていて、導入コストも大きい」
「クロハ書記次長は思うんだ。アレがいいって。せーの、」
「潮流発電!」=3人同時発声=
「クロハ書記次長は思うんだ。ずっと発電できて、西日本を中心に適地も多い。脱炭素に貢献する。40メートル沖くらいにタービン発電機を沈めるだけ。すでに九州や海外で実証実験が始まっていて、実用化への課題は解決されつつある。わたしがやった粗々《あらあら》な計算によると、発電機が1万基くらいあれば、日本国内の電力消費量は賄えそうなんだ」
「スシだけど・・・。・・・」
「おい、スシ!」
「スシくん!」
「マヤさん、クロハさん。ふたり、仲良くしてね・・・。できたら春からも非正規で残って、新しい生徒会長を盛り立ててあげてね・・・」
「何言ってるんだ! スシ! こら!」
「スシさん! 返事をしてください!」
「スシ! スシってば! わあああああん!」




