4章の6 お菓子のフエを使っていたのか
「『負けたら結婚』というのは、勝ったら実績がアップするからいいけど、負けたら早めに日本国籍を取って、代表入りに障害は少ないとアピールしたいのデス」
「わかるような、わからないような。でも結婚だったら、別にオレに頼まなくてもいいのでは?」
「スシくんでなければイヤなのデス。そういうものデス」
「マヤ副会長ですけど、ろくに話したこともないのに、スシくんがいいなんて。それってスシくんが生徒会長だからですか? でもあなたが結婚できるという来年4月には、任期が切れていますよ?」
「スシだけど、きみも見たでしょ? うちの役員がどういう人たちかを。次はオレ、ほんとに攻撃されるかも」
「クロハ書記次長だけど、攻撃の責任が、わたしらにあるみたいな言い方は、やめろ!」
レサが、留学生エースとスシの間に入った。
「スシくん、ウチのが、びっくりさせちゃって、ゴメン。でも、なかなかいいコでしょ?」
「スシくん、女子バレー部で2番目に可愛い女の子と、ビール瓶のなか、というのハ?」
「『ないしょ3』は全年齢版だから、ビール瓶はちょっと」
「女子バレー部で2番目に可愛い女の子と、一升瓶のナカ」
「なんか、まずい度がアップしている」
「一升瓶のほうが、清涼飲料水の瓶より入りやすいデス。それに、醤油などにも使われるから、問題が少ないデス」
「そうかな?」
ピーッ
壮行試合で主審を務めていた男バレのキャプテンが、フエを鳴らした。
「ああ、男バレのキャプテンさん、お菓子のフエを使っていたのか。普通の笛を使うほうが楽だが。しかし」
「まあ、きょうのところは、ワタシが話を引き取りマス。でもスシくん、約束ですヨ?」
「待って! 待って!」
「そんな慌てなくても。これは、スシくんにムチャぶりをすることで、わたしらの闘志をかきたて、大会でいい結果を得ようという試みなのデス」
クロハ書記次長=当時はクロハ会長=は身につまされた。前期に、スシにさんざんムチャぶりをしたからだ。
「ほんとに結婚してくれなくても、それはそれでいいのデス」
留学生エースは寂しそうな顔をした。スシはそれを見て、どうにかしてあげたいが、結婚するわけにもいかないので「女バレさん、自力で1回戦勝って!」と、心から願った。
キクハがスシに「1時間目はあと少しで終わるから、あいさつして、とっとと壮行会を終わらせなさい」と耳打ちした。スシは、ナハが使っていたマイクを手にした。
「えー、生徒会長のスシです。本来なら、まず『女バレさん頑張って』という話をするんですが、この度、わたしの名を冠した空港ができたそうなので、この勢いを逃すまいということで、お話しさせてください」
「壮行試合主審(男バレのキャプテン)ですが『スシくんの名前を冠した』だと言い過ぎです」
「えー、その空港は、富山高山ます空港で」
「ピーッ! 富山高山すし空港! きみスシくんでしょ。そこ間違えてどうする」
「そうそう、富山高山すし空港でした。岐阜県にあって」
「ピーッ! 富山県ね」
「名前が変わる前は、富山トキトキ空港で」
「ピーッ! 富山きときと空港ね」
「地元の空港からそこへ行こうとすると、近すぎるのか、直行便がありません。上海(中国)か台北(桃園)を経由すれば行けますが、そのためだけにパスポート取るより、電車のほうがよさそうです」
「ピーッ! 富山高山すし空港と地元空港から、上海(中国)・台北(桃園)への空路は、いずれも運航休止中(2026年8月現在)です。どうしても飛行機でというなら、札幌(新千歳)経由なら行けないこともない」
「行くわけないよ! オレが富山高山すし空港に行くとしたら、高速バスを使って富山駅で乗り換えるか、バイクに乗るって。それにしても、おかしいな。こんなに間違ってしまった。秘書が書いたペーパーを読んだだけなのに」
「ピーッ! きみ秘書いないでしょ!」
「うん」
「ファイブファウル! 退場!」
フエを吹いていたのはバスケでなくバレーの主審だが、スシは得点0、壮行会終了間際で5反則退場となった。
マヤ副会長が、スシのもとに駆け寄った。
「マヤ副会長、こんなことになってしまって、申し訳ありません。あとはお願いします」
スシは、歴代生徒会長に伝わるネックレスを外し、マヤ副会長に託した。このネックレスは「デザインが女の人向け」という理由で、スシが生徒会長になったあとも、マヤに着けてもらっていたのだが、きょうに限ってスシの首に巻かれていた。
マヤ副会長は、慣れた手つきでネックレスを着けた。
「執行部のキャプテンマーク、確かに引き継ぎました」
大きな声援を浴びて、スシは体育館をあとにした。
そろそろ壮行会を締めないと、1時間目が終わっちゃうよ、という空気になった。
全校生徒が注目する中、マヤ副会長はゆっくりと話し始めた。
「えー、退場した会長から、キャプテンマークと生徒会長職を引き継ぎました、マヤ副会長です。ここでなぞなぞです」
全校生徒は「カクン」となった。
「この期に及んで、なぞなぞかよ」「ふざけんな」「もう終われよ」「女バレが気の毒だ」など、さまざまな情念が渦巻いた。マヤ副会長は、強気で強行した。
「なぞなぞです。日本に都と道は1、県は43ありますが、それでは府はいくつあるでしょう? なぞなぞですよ!」
少しでも進行を早くするため、マイクを手にしていたホキが、責任を持って答えた。
「ホキです。2と言いたくなるけど、なぞなぞなので、6で」
「それでは次の問題、」
「ちょっと待ちなさい! 答え合わせくらい、しなさいよ!」
「6で合ってますよ? 京都府、大阪府、甲府(山梨県)、大府(愛知県)、防府(山口県)、別府(大分県)。なぞなぞですからね、怒らないでくださいね」
正解して得意そうなホキを見て、マヤ副会長は苦々しい顔をした。
「ピーッ!」
主審がフエを吹き、何やら黄色いカードをかざした。マヤ副会長は震撼《しんかん」》した。
「この時間帯になぞなぞは、悪質な遅延行為と見なします」
イエローカード。あと1枚累積したらレッドカードに変わり、マヤ副会長も退場になってしまう。
「マヤ副会長です。それでは、次はなぞなぞをやめます」
体育館は「まだあるの」と、イラついたムードに包まれた。
「将棋の『歩』は、成ると『と』ですね。世の中に『ふ』を『と』にしようという動きがありますけど」
「ふんふん」
「非常事態が起こって、副会長のわたしは、スシくんから会長職を引き継ぎました。世の中にある構想のほうは、災害の際に『と』の機能を補完するということのようです。であれば、南海トラフ地震の被害想定エリアに入っていて、おまけに『地方』交付税交付金を受け取っている都市よりも、キラさんやスシくんが住んでいる町を候補にする方が、意外性があってイイのではないかと」
「ピーッ! となり町が南海トラフの被害想定エリア外で、県内ただ二つの地方交付税交付金の不交付団体なのは、その通りですが、『町』を特別区に分割することは『大都市地域における特別区の設置に関する法律』の要件に合わないので、現時点ではできません」
「ええっ、でも、100回くらい住民投票をやれば、ワンチャンなれませんかねえ? 賭博OKの無法地帯ではないし、日本最高峰クラスの3200メートル(春)、2000メートル(秋)のレースを開催していないのは一緒だし」
「なれません」
主審は2枚目のイエローを出した後、レッドカードと取り換えて、高く掲げた。
「マヤさん退場!」
体育館は、どよめいた。
「まあ、どうしましょう。会長に電話して、出場停止処分を1年間猶予してもらわないと。でも会長は先に退場してしまいました。というか、今はわたしが会長職でした」
マヤ副会長は、キラに手招きをした。キラは「?」という表情で、歩み寄った。
マヤ副会長は執行部のキャプテンマークであり、会長職の証でもあるネックレスを外し、キラの首に掛けた。
「!」
「スシくんから引き継いだのに、途中で投げ出す形になってしまい、申し訳ありません。キラさん、あなたが会長職を引き継いでください。執行部は歴代生徒会長のリストに、あなたの名を刻むことを、ここに宣言します」
会場は、熱狂に包まれた。
「オレもキラを会長にする署名、書いたんだよ!」「すげえや!」「ありがとう!」「もしキラが会長選挙から撤退しなければ、もっと早くこうなってたのよ!」などの声が聞かれた。
ナハがマヤ副会長に駆け寄って、抱き付いた。
「マヤさん、ありがとう、ありがとう!」
「お礼はスシくんに言ってください」
キラは、おもむろにマイクを取った。
「生徒会長職のキラです。女子バレーボール部のみなさん、この度は、全国大会出場、おめでとうございます。強豪が集まる伝統の大会だけに、楽な試合はないかと思いますが、泥縄第二スピリットを存分に見せつけ、旋風を巻き起こされますことを、お祈りします。全校を挙げて、応援しています」
割れんばかりの拍手が起こった。
「わたくしごとで恐縮ですが、わたしが泥縄第二に登校するのは、きょうが最後です。転校先の泥縄第三に行っても頑張ります、と言いはしますが、4月には泥縄第三を泥縄第二校舎に合流させ、元通り、何食わぬ顔をして、みなさんと一緒に勉学に励みたいと思っています。絶対に、絶対にです!」
キラの両脇から、クロハ書記次長とキヤが、がっちり身を寄せた。クロハ書記次長は体育館から近い音楽準備室の秘密化身室からスペアの伊達メガネを持って来て、かけていた。
「女子バレーボール部のレサです。試合は頑張ってきます。応援よろしくお願いします。キラさんを泥縄第二に戻すのは、スシくんが絶対やってくれるものと思っています。スシくんは退場で、どこかに行ってしまいましたが、もしこのミッションに失敗するようなことがあれば、罰としてボウリングのボールでサーブレシーブさせます」
体育館は、壮行会のラストで最高潮を迎えた。
授業はないので、わりとすぐに放課になった。執行部メンバーは生徒会室に集まったが、マヤ副会長の表情は硬かった。
「スシだけど、どうしたの? クロハさん」
「マヤが、別人格が出っぱなしで、戻らないの。このままだと、化身交換できない」




