4章の5 勝つわけないですけど、一体どうしろと
「執行部チーム、集合!」
監督のキクハのもとへ、メンバーが恐る恐る歩み寄った。
「いいこと? この試合にもし負けたら、チームは解散よ!」
メンバーは全員、イヤな顔をした。
「クロハですけど。わたしら別に、今すぐ解散でもいいですけど」
「キラですけど。わたしらのような素人ふぜいが、そういうこと言うと、ゲロ負けフラグが立ちます」
「女子バレー部は、全国の舞台を控えた大事なとき。変に凹ませるといけないから、絶対に勝っちゃだめよ!」
「マヤですけど。もちろん勝つわけないですけど、勝ったらダメ、負けたらチーム解散って。一体どうしろと」
「執行部にバレーボールの天才はいない。だが執行部が最強だ!!」
「スシですけど。いつもそうやって、吹奏楽部や合唱部の気分をアゲアゲにしてるんでしょうけど、バレーの素人のオレらに、そのまま言われても」
「さっきから、マジレスばかりしないでよ。じゃあ、ケガのないように、ケガさせないように、無難にやってちょうだいね、おしまい」
キクハは、ぷりぷりしてしまった。
「スシですけど、勝ったりしねェ。ゲロ負けもしねェ。しねェしねェ生徒会長」
試合のために、女バレと男バレが協力して、体育館フロアにコートを設営した。その分、生徒が観戦するためのスペースが削られてしまうので、マヤが頼んで、2学級ほど体育館ステージ上へ移動してもらった。
スシが体育館の周辺を見回りしていたところ、入り口近くに、ブルーシートが敷かれた小物置き場が用意されているのに気づいた。スシは、その中に硬そうなボールがあるのを発見して、背筋が寒くなった。
「ホキだけど、スシくん。いやー、見られちゃったか」
「何なの? このボール」
「小芝居の小道具だよ」
「小芝居は、やらなくなったよね? コレ使わないよね? 約束してね? 誓ってよ?」
「いやだなあ、使わないよう。ぼそぼそ、ちぇっ。面白いのにな」
執行部チームと女バレが、体育館の端で短時間、打ち合わせすることになった。歩いていたスシをクロハが捕まえて、執行部チームの中に引き入れた。
「レサです。きょうは急遽組まれた壮行試合に、お付き合いいただき、ありがとうございます」
「スシです。本日は、どうもよろしくお願いします。エキジビジョンマッチですので、女バレさんがスパイクするときは、オレかワキ先生を狙ってください。お願いします」
「ほう。実はあたしたちは、今日の試合、キャッキャウフフ的なのをイメージしてました。でも、狙えとか言われると、少なくともスシくんとワキ先生はボコボコにしないと、かえって失礼ですね」
「ゲッ」
「スシくんが女子4人を大切に思う心が逆に、あたしに火をつけてしまう」
「いやいや、アツい展開やめましょうて。そちらも全国大会が近いんだから」
「ども。留学生エースデス。上等だスシ!! アタシが倒してヤル!!」
「きみ、素人相手に何イキってんの?」
「声が大きい女の子は好きですカ?」
「いつものきみがいい」
留学生エースは意表を突かれて、ほほを赤らめた。
スシがオーダーシートを書いて、主審の男バレ部キャプテンに渡した。
「さあ試合開始です。実況はわたくしナハ、解説はホキさんでお送りします!」
「ホキです。よろしくお願いします」
「ホキさん、きょうはどういうプレーを期待しますか?」
「コート中央のネットを挟んで、2チームでボールを打ち合ってほしいですね。ボールを落としてはいけません。持ってもいけません。3度のボレーで攻撃へと繋ぐ球技をやってほしいですね」
「何わかりきったこと言ってんですか? あまり変なこと言うと、ゴミ捨て場でバレーしてもらいますよ?」
主審の笛が鳴り、女バレからサーブが放たれた。後衛のキラが、定位置のまま、何とかサーブカットできた。
(キラだけど、これで格好はついたわよね)
スシは安心した。
レフトのクロハが、やや遅れてセンターのスシが跳ぶ。
(よしっ)
レサともう一人が、ブロックに備える。
(えっ?)
セッターのワキは、クロハへトスと見せて、2メートル離れたキヤにバックトスを送った。
ばしっ
ピーッ
相手のブロックが崩れたのを、あざ笑うように、キヤのスパイクがライン際に落ちた。
「ナハです。これは速攻の中でも、最高難度のDクイック! 素人にいいカッコされて、レサさん、心中穏やかでない!」
「ホキです。情報によると、ワキ先生とキヤさんは、前の職場で社会人バレーボールのチームに駆り出されていて、多少心得があったんですねえ」
ネットを挟んで、レサがスシに話しかけた。
「そっち、やるじゃん。心置きなくボコボコにできるよ、なーんてね」
見る角度によっては、キヤのスパイクはアウトのようだったが、レサはチャレンジを申請しなかった。むしろポイントを許して全力投球の大義名分ができたことを、喜んでいた。
「スシくん」
「?」
マヤに頼まれて、スシがタイムアウトを請求した。
「どうしました、マヤさん」
「わたし、ローテーションで次サーブなんですけど、あまり入らなくて。いい流れのここは、その、秘策を用いるところかと」
「秘策?」
クロハとマヤが連れ立って、体育館の入り口から出て行った。1分もしないうちに、また戻って来た。
「?」
二人は、クロハ書記次長とマヤ副会長に化身交換していた。
「クロハ書記次長だけど、スシくん、ないしょね」
「えー、ローテーション違反にならないかなあ」
「ないしょは、ないしょよ」
スシは二人をじっと見て「ずるくない人が、ずるくない人に化身しているのに、どうしてずるい人になるのだろう」という思いが頭をもたげてきた。
「ねえスシくん、これ預かってて」
クロハ書記次長が、黒くて大きなプラスチックフレームのメガネを外して、スシにかけさせた。クロハの伊達メガネは、自分に化身した人が、その化身を見破られにくくするためのもの。クロハとスシは、視力が低いわけではない。コンタクトレンズのマヤともども、メガネがなくても困らないのだ。
プレー再開となった。間が開いたことで、レサはさっきより殺気立っていた。
「ホキですが、執行部チームにはリベロが入っていますが、後衛レフトまでローテーションが回ったら、次は一旦コートを出ないといけません。6人しかいないけど、どうするんでしょう」
「ナハですが、ある女子バレーマンガも同じ問題を抱えていました。でも主人公が2年になる時に、新人を3人補強して解決しました。執行部チームはいかに?」
マヤ副会長はジャンプサーブを打った。エンドライン際でバレー部がレシーブ、セッターがボール落下点に入り、レサがネット際で両腕を後ろに振って、ジャンプに備えた。執行部チームはキヤ、スシ、クロハの3枚ブロックで臨んだ。
(スシだけど、これ、いけるんじゃね?)
後衛にいた留学生エースが、アタックラインの手前から踏み切り、強烈なバックアタックを放った。
執行部チームのブロックはタイミングをずらされ、ボールはスシの黒縁メガネを直撃した。
パキイイ
黒縁メガネは、両レンズをつなぐブリッジ部分が砕け、真っ二つになった。ボールはスシの足元に落ち、女バレが得点した。
クロハ書記次長の瞳孔が開き、ふるるる、と体が震えた。
「こらこらこらー! クロハ書記次長だが、スシになんてことするんだ!」
「留学生エースですが、メガネして試合に出る方が非常識デス」
「スシだけど。留学生エースの言う通りだよ。それにねえ、あんなに強烈なボールだったのに、メガネのおかげかな? 体はなんともないんだ!」
「うっ! えっ? おっ?」
クロハ書記次長は激しい怒りと急激な打ち消しとで、アクセルとブレーキを同時に踏んだようになって、体に変調をきたした。
「究極奥義デス。岩の上のカエ・・・いや両生類に打撃を加えても、岩だけ砕けて両生類は無事なのデス。それと同じで、スシくんには何のダメージも与えないのデス」
「か、神業」
「岩だけ砕くには、バレーボールとはまったく別の修行が必要デス」
「じょじょに上手になるんですね」
「失敗するとカエ・・・いや両生類が悲惨なことになるので、十分に鍛錬してからやってくだサイ」
誰言うともなく試合はここで終了となり、セットカウント0ー0、スコア1ー1で引き分けとなった。
スシが適当に言った「勝ったりしねェ。ゲロ負けもしねェ」という言葉通り、勝つでもなく負けるでもない結果にはできたが、執行部チームは全然うれしくなかった。
コートの後片付けに参加しない留学生エースが、放送席のホキのマイクを奪った。
(あれ? マイクアピール?)
「スシくん! きょうは壮行試合を一緒にやってくれて、ありがとうデス。もし全国大会で1回戦負けしたら、スシくん、あたしと結婚してもらえないデスカ?」
「ちょ、ちょっと待って! 結婚て! それも『1回戦勝ったら』でなくて『負けたら』て。一体どういうこと?」
「フフ」
「はっ!」
スシは背後に殺気を感じた。
「彼女のクロハ書記次長だが、仲いいんだなア。いつの間にこんな女と、結婚を誓うようなことになったんだ? 攻撃決定」
「カノジョのマヤ副会長ですけど、仲いいんですね。わたしたち、用済みってことですか? 攻撃決定」
「未来の彼女のキラだけど、仲いいんだね。きょうはあたしが泥縄第二に通う最後の日なのに、よりによってそんな。攻撃決定」
「彼女ではないけど、スシさんが大人の階段上る手助けをしたいキヤです。仲いいんですね。攻撃決定」
「スシだけど! 攻撃って、バレーボールで集中砲火されるの?」
「キクハです。もうコート片付けちゃったから、そういうのヤメ。別な方法で攻撃」
「なんでキクハ先生がオレを攻撃するんですか!」
「自分の胸に聞きなさい」
クロハ書記次長、キラ、キヤ、ナハが、スシの両手両足をそれぞれ持って、フロアに大の字に拘束した。
「ちょ、ちょ、ちょっと! 留学生エースのきみ! 何とか言ってよ! 結婚の約束はないって、オレの無実を証明してよ!」
留学生エースはスシが拘束される様子を見て「これが日本の風習か」という神妙な顔をした。
マヤ副会長は、ブルーシートの上から調達した、三つ穴の重くて硬いボールを、スシの胴体の上にかざした。
「この一撃は、役員みんなの思いを込めた一撃」
「わーっ! そんなこと言ったら、絶対外れないじゃないか!」
マヤ副会長はそっと、ボールをスシの下腹部に置いた。
「ふう、落とされなくてよかった。でも6ポンドでも、けっこう重いよ?」
「キクハとしては、スシくんの花嫁候補に名乗りを挙げるコに、関心があるわね。留学生エースの言い分も聞いてみましょう」
「そうデスネ。ワタシ身長175センチで、日本ではそれなりですケド、本国ではお呼びでないサイズなのデス。なので、高校日本代表になりたいんデス」
「スシだけど、日本の人じゃないのに、どうやって?」
「帰化申請しますけど、必要な在留期間が、前は5年だったのに今は10年くらいに厳格化されたのデス。でも日本人と結婚すれば、条件が緩くなるんですヨ」
「あきれた! 偽装結婚かね。あと、高校生の場合、既婚者だと代表選考に響くのでは?」
「実態ある結婚だって、全然構わないデスヨ。ワタシもスシくんも、ともに4月には18歳デス」
クロハ書記次長、マヤ副会長、キラが臨戦態勢に入った。キヤとワキは「へ~」みたいな顔をしていた。




