4章の1 いま会長にならなくていいから
トトトピア世界観遊園地。クリスマスイブの半日貸し切り営業も、いよいよメインイベントの観覧車1周プラスアルファを残すのみとなった。
スシが化身変換に手間取っているので、キラが先に大観覧車の乗り場へ行き、ナハと会って時間稼ぎをした。
「キラです。いやー、『あんあんアンブレラ』、楽しみだなー」
「ナハだけど、なんであんた、そんなに棒読みなのよ」
遅れてオロネとスハもやって来た。
「ひそひそ、ねえオロネちゃん、まだスシくんごちゃごちゃ言ってるの?」
「ひそひそ、キラちゃん、そう言わないであげて。スシくんの気持ちも、わからないではないから」
「ひそひそ、スハですけど、スシ先輩は往生際が悪いと思います」
「ナハだけど、こそこそ何話してるの? どうしてクロハさんとマヤさんは来ないの?」
足取りが重そうに、女子役員(中の人はスシ)が現れた。スシ会長に化身した女子と、化身せず本人の姿の女子を連れていた。
「スシくん、もう日が暮れて、あなたとキラを夕焼けの中、空中デートさせる計画はおじゃんよ。時間はどうでもよくなった感があるけど、実は貸し切り営業の契約時間をオーバーすると、追加料金が発生するのよ」
「ごめん、ごめん」=女子役員が発声=
「? いま、別なところから声がしなかった?」
「気のせいです」
キラが女子役員の背中を押して、乗り場へ向かった。係の人が大観覧車を運転し、囲いがない「あんあんアンブレラ」の二人乗りゴンドラを乗り場まで動かした。ここで二人が乗車、1周11分ほどの空中デートとなる運びだ。
ナハたちは、ことあるごとに「1周プラスアルファ」と言ってきたが、これは観覧車の前回の運転後に空中の位置で停止していた二人乗りゴンドラを、乗車位置まで動かして、二人を乗せて、1周させて、二人が降りるまでやるから、回るのが1周プラスアルファになるわけである。
泥縄第二から参加していた、ほかのカップルは、すでに現地解散で会場をあとにしていた。
「ひそひそ、スシくんて、右利きだよね?」
「ひそひそ、マヤさんは左手でも字が書けるけど、オレは右手」
キラはかいがいしく、女子役員をゴンドラの左の席に押し込んだ。
「ナハだけど、ちょっと! 何してんのよキラ! そこはスシくんの指定席でしょうが!」
「うん、まあ、損して得取れとも言うでしょ?」
「わけがわからないよ!」
ナハは化身の内情を知らない。キラの行動を見て壊れ、床面でのたうち回った。キラは構わずに右の席に乗り込んだ。係の人が二人のハーネス(シートベルト)を締め、空中デートがスタートした。
「オロネとスハです。いってらっしゃい!」=2人同時発声=
泥縄第二で一人見送る立場になった女子役員は、無言だった。
下で待っている人たちに会話を聞かれずに済む高さまで上がったので、女子役員とキラは、堰を切ったように話し始めた。
「キラさん、オレ、考えたんだよ。キラさんを生徒会長にする方法」
「やだ、ナハに影響されなくていいのよ。あたしは、スシくんを退任させてまで、会長になる気はないから」
「うーん」
「だいたい、それで辞任するなんて言ったら、マヤちゃんとクロハちゃんが、スシくんを砂浜に埋めるわよ」
「スシは、どうやって生きのびたのか、不思議だった」
「変なナレーション入れるな。ちゃんと首だけ出して埋めるわよ」
「まあ聞いてよ。知事と市長が一度に辞職して、知事が市長に、市長が知事に立候補する、みたいなのあるじゃない」
「外国だと、大統領と首相の役職交代というのも、過去にあったわね」
「そうそう」
「スシくんは、それをマネして別な役職の選挙に出るの? 辞職の正当化というわけ? 泥縄第二には会長に匹敵する役職はないし、あと6日しかないから選挙は間に合わないしで、お話にならない。それにスシくん、自分は別な選挙に出ても、必ず勝つとでも? ちょっと傲岸が過ぎるんじゃない?」
「ぐぬぬ。じゃあ次。企業が、外資ファンド系の敵対的株主からの社長辞任要求に屈して、社長が会長になるわけ。それでほとぼりが冷めたら、しれっと会長から社長に戻るというパターン」
「スシくんが、一時的にほかの役職に退避して、6日たったら元に戻るという算段かな? 企業だと会長のほうが社長より格上だから、そうやって社長辞任圧力をかわすのはアリだけど、泥縄第二だと会長より格上のポストがないから、同じ手は使えないわよね」
「右投げ左打ちのキャッチャーかつチームの中心人物が、家で柔道技をする」
「突然、何言い出すのよ。それ、とある名作野球マンガのことよね? そうよね? そうだと言いなさい!」
「それに倣って、生徒会長が代行と交代するというのは」
「監督が代行と交代するのは、別の名作野球マンガでしょ? それと、スシくんは今後、何かほかの代行をさせられる予感がする。カブると悪いからヤメ」
「それとは別な話だけど、前任者が『休養』だったら代行を置けば済むけど、『辞任』してたら、代行を監督に昇格させないといけないのでは」
「確かに公認野球規則では、試合前に監督の指定が義務付けられていて、監督の代行者を指定できるのは監督だけ。指定しなかったり、指定を拒否したら球審が指定する、となっているわね。完全な監督空席って駄目そう。リーグアグリーメントというのもあるから、一概には言えないけど。って言ってたら、『休養』のほうは、すかさず新監督が就任したわね。ヨシ、イイ」
「キラさんを会長にする、最短の方法はね、」
「だめよ。そんなの、スシくんが簡単には会長に戻れない」
「マヤさんとキラさんの役職を入れ替えて、」
「それ以上言っちゃだめ。いいのよ、あたしは別にいま会長にならなくていいから」
二人は見つめ合った。それから、そろって下を見てしまい、背筋が凍る思いがした。
「こ、こらスシくん! もうゴンドラが天頂に近づいていて、日も暮れて暗いし、下からは絶対撮影できっこないところに来てる。もうキスしてくれるところだよ!」
「いや、だって」
「そりゃあ、あたしらカップルの組み合わせが違うよ? だからスシくんの外見が女子役員なのは、周囲の批判をかわすには好都合だけど、キスがスシくんの公式記録に残らないのはシャクだわ。そこを我慢したんだから、スシくんも逃げないで、あたしに向き合って!」
「・・・」
キラは、まっすぐ女子役員を見つめてきた。
そっと目を閉じた。
(ごめん、マヤさん、クロハさん)
んー。
2・5秒。女子役員がキラに唇を重ねた。
キラは目を潤ませて、女子役員の首に腕を回した。
「あたし、しあわせだよ」
女子役員は「喜んでもらえたなら、いいか」と思えて、ほっこりした。
「ああ、そういえば、あたし、スシくんにキスしてもらうと、泥縄第二に戻れなくなるような気がしていて。キスを迫られてもイヤイヤしようと思ってたのに。どうしよう?」
「オレ、えらいフラグ立ててしまったの? キラさんはキラさんで、さっき真逆なこと言ってたよ?」
二人のゴンドラが、天頂部に到達した。
観覧車が停止して、ゴンドラが左右に揺れた。
「女子役員だけど、え? なぜ止まるの?」
「キラだけど、え? なぜ止まるの?」
トトトピアに何度も来たことのある二人なので、大観覧車がたまに止まるのは知っている。原因は、降車スペースに来たゴンドラから乗客がうまく降りられず緊急停止というのが、ほとんど。
しかし、貸し切り営業、しかも大観覧車が動くのは1周プラスアルファだけ。二人のほかに乗客はいない。
「キラだけど、ねえスシくん。こういうとき『怖くないかい?』と言って、抱き寄せてキスしてくれるんじゃない?」
「え?」
「ほら」
「わかったよ、怖いのはその通りだもんね」
女子役員が顔を近づけると、待ちきれずにキラのほうからキスした。
「キスすれば動くだろうと思ったのに、動かないな」
「たぶん、ナハが下で、乗降所の近くに来たゴンドラの扉を開けるか何かしたんだわ。天頂部で二人だけの時間を作ってくれたんだと思う」
キラの推測は大きくは外れていなかった。ナハにとっては予定の行動だったが、スシとキラが二人で乗ると思いきや、見た目女子役員とキラのペアになったので、女子役員へ恐怖を与えて嫌がらせするという趣旨に変わっていた。
「ねえ、スシくん。きょうはクリスマスイブだよね」
「うん」
「あたし、クリスマスプレゼントがほしいな」
「何その、いきなりのイベント発生。時間があいたから穴埋め?」
「そんなんじゃないわよ。ねえ、マヤちゃんとクロハちゃんには、何かあげるんでしょ?」
「プレゼントったって、これまでの例は、クロハさんの誕生日近辺に、バイクの後ろに乗せたくらいだな。クリスマスプレゼントは考えてなかった。じゃあキラさんに何かあげるよ。でも用意できてないから、渡すのは明日でもいい?」
「だめ。いまここでちょうだい」
「えー? どこのワガママお嬢さん?」
「スシくん、これはミッションなのよ。いま手持ちの材料で、キラを最大に満足させるプレゼントを準備するの」
「と言っても、荷物は地上に置いてきているからねえ。いま着ている服は執行部備品だし。これはもともとクロハさんがスペアの制服を寄贈してくれたものだし」
「ほら、もっと頭を働かす!」
「ああ、わかった。スマホをあげるよ。いつもはクロハさんやマヤさんに化身交換するときは、スマホも交換するんだけど、なぜか今回は交換してないから。はい」
「生徒会長機のスマホをあげてどうする! しょっちゅう連絡が来るだろうが! ほら、次考える!」
「万策尽きたなあ」
「スシくん。あなた専用の備品があるわよね。マヤちゃんが『もうスシくんの物だ』と言っていたアレが」
「は?」
「は、じゃない」
「ちょっと、ちょっと待とう。冷静になろう」
「スシくん、プレゼントおくれ!」
「いくらなんでもそれは、鬼畜の所業」
「ほら、ほら」
「じゃあ、明日バイクあげるからさ。それで勘弁してよ」
「免許持ってないわよ! それに『備品』の代わりがバイクじゃ、スシくん大赤字。経済観念なきダメ野郎かよ!」
女子役員は、ぶすったれた。
ゴンドラが、動き出した。
「ほら、地上に戻るまでにくれないと」
「ハーネスが上から下に貫いているし、シートの形状が両太ももの形に合わせてあるせいで、キラさんの願いをかなえるのは、ちょっと無理だね」
「ちょっと頑張れば、外せるわよ。ほら」
キラが先に、アンダーウエアを外して見せた。
女子役員は、深いため息をついた。
「メリークリスマス、ミスタースシ!」
キラはアンダーウエアを、女子役員のポケットに押し込んだ。
女子役員はしぶしぶ、かなり苦労してアンダーウエアを外し、キラに渡した。
「パンッどろぼう・・・」
「人聞き悪いわね。ちゃんと合意の上で、もらってるじゃない」
「でもオレ、このままだと、秘密化身スペースに戻れないんだけど」
「しょうがないなあ。はい、これあげる」
「もともとオレのじゃん!」
「あたしからのプレゼントということで」
女子役員は、また苦労してアンダーウエアを身に着けた。
「スシくん。あなたが前にクロハちゃんから、アンダーウェアの上をもらったの、知ってるんだからね」
「うへっ」
「ははは」
「ところで、なんで右利きのオレを、左側に乗せたの?」
「右手型のスシくんに、不斉自己触媒反応をしてもらうためだよ」
「オレが先に成功していたら、化学賞もらえたのにねえ。うそだけど」
「あたしのもうそ。本当の理由は、スシくんが思う通りで合ってる・・・」
「えっ」
キラは女子役員の右手を、そっと握った。
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「あんあんアンブレラ」のゴンドラは地上に戻った。
ナハとキラは抱き合って、喜びを分かち合った。スシと女子役員の化身解除をして、遊園地側の人に清算をしてもらい、トトトピアの集団デートは終わった。
事前にまったく予定はなかったのだが、マヤが強引に、地元に戻ったら直ちに泥縄第二高校生徒会執行部の正式なクリスマスパーティーをすることに決めてしまった。
キクハは、指導する部活がニューイヤーコンサートの正念場を迎えていたので欠席。教職員枠としてワキに来てもらおうとしたら、やんわり断られ、代わりにキヤが来た。
泥縄第一の3人は、帰りの新幹線を最終列車に変更して、合流した。
「マヤです。スシくん」
「きょうは、すみません」
「もう怒ってないです。泥縄第三の一年生に、わたしたちと同じような、身長169センチくらい、髪が肩甲骨の下端まで、左右の眼球間距離や前歯の歯並び、耳の形などが大差ない女の子がいるそうです」
「そんな人が、そこにもここにもいるというのは、どうなんでしょう」
「わたしとクロハがいない執行部の、戦力になってくれるかもしれませんね」
「そんなうまくいくかなあ?」




