3章の5 これじゃあデートでなくて遠足だよ
自宅に着いたスシは、クモヤからメールをもらっていたことに気づいた。
「fromクモヤ
ハロースシくん。あすのクリスマスイブ企画は、ナハさんとわたしがコーディネートすることになりました。クモルクモヤは、大みそかの国民的歌番組にバックダンサーとして出ます。あすから準備期間に入るけど、放送局での全体説明にはクモルだけ行かせることにして、わたしはトトトピアに行きます。クモルは『あたしだってクリスマスイブにスシくんと居たい』とむくれたけど『あなた、もうスシくんとキスしたでしょう』と言ったら黙りました。芸能人が関わるイベントとして、テレビ局に取材の案内を送ってあります。わたしクモヤも、完全にビジネス抜きではできない部分もあるので、ご了承ください。会場の施設に一般客は入らないようにしてもらいましたので、視聴者の方を対象にしたイベントなどはありません。泥縄第一の役員も全員来ます。スシくん、わかると思うけど、制服で来てね。いつも使っている各種アイテムも用意してね。当日、そちらの学校は午前中で終わるんですよね? お昼を食べてから出発でいいです。みんなが現地に着いたら始めましょう。よろしくお願いします」
クモヤは同じ文面を、泥縄第二の正規・非正規役員全員に送っていた。
(メール宛先のcc欄にナハさんのアドレスがあるけど、ナハさんにも送ったの? まずいよクモヤさん! ナハさんは、クモルさんとオレがキスしたこと、知らなかったはずだから)
スシは家での夜のルーティン(入浴などの日課)を終えて、ベッドの上で天井を見ていた。
(あっ! そういえば会場は、はっきりトトトピアと書いてあったな! あすのクリスマスイブは冬季休園中じゃないの? 大丈夫なのかな?)
クリスマスイブの泥縄第二は、授業は午前中で終わり。執行部役員とナハは昼食後、キクハの車とスシのバイクに分乗して、トトトピアに向かっていた。
「マヤさん、きょうって、トトトピアは休園中ですよね?」
「スシくん、わたしも詳しいことはわかりませんが、貸し切り営業してもらうようです」
「貸し切り!」
「なんでも、以前、園の存続をかけたクラウドファンディングの企画があったとき、100万円の出資で貸し切り営業してもらえたそうなんです。今回は、飲食店の営業なし・乗れるのは観覧車だけ、しかも回すのは日暮れに1周プラスアルファだけで、あとは乗り場付近に止まっているゴンドラに出入りできるだけ。使用可能なトイレは男子用・女子用・男女共用の多目的タイプ、それぞれ1か所ずつ。係員は一人だけ・・・というコストカット徹底により、休園中に格安で営業してもらえたそうです」
「貸し切り費用は、クモヤさんが出してくれているんでしょうか?」
「テレビ2局がそれぞれ番組を制作するのを認めるのと引き換えに、半分ずつ負担してもらったそうです。ほかに、ローカルニュース用の取材だけする民放局と公共放送も来るそうです」
「クモヤさんって、経営者の才覚もありそう」
前日は別人格だったマヤが、この日はいつものマヤに戻っていたので、スシは安心した。
スシたちが会場のトトトピアに着くと、先に着いていたクモヤとスハ・カニ・オロネの泥縄第一関係者が出迎えた。
「クモヤさん、きょうは、どうもありがとうございます」
「スシくん、カメラ目線はやめてね。もう1回」
「クモヤさん、きょうは、どうもありがとうございます」
「なんのこれしき。きょうは存分に楽しんでいってね!」
スシはクモヤと笑顔で握手しながらも、ネガティブな思いがもたげてきた。
(ううむ。乗り場近くで止まっていて、眺望も見えずムードもゼロの観覧車。大勢の参加者。クリスマスイブなのに、これじゃあデートでなくて遠足だよ)
「スシくん、心で何か言った?」
「言ってませんよ!」(こ、こえー、オレが何を思ったか、クモヤさんはわかってしまうの?)
園の入り口を通って、左に折れて、滝が設けられている大きな階段を上ったところに、観覧車はある。みんなとそこまで移動したあと、自然にできた列の後ろにつこうとしたスシの首根っこを、ナハがつかんだ。
「ぐえっ」
「スシくん、30分番組は、30分の素材でできるわけじゃないのよ。撮れ高確保のため、複数の出番があるスシくんには真っ先にゴンドラに入ってもらうって、わかってるでしょ?」
「いま初めて聞いた」
「これから日没まで、さまざまな組み合わせでゴンドラに入ってもらうわ。一組2分間。組み合わせと順番は、わたしナハが指定します」
「えー? ちゃんと平等に割り振ってよ? キラさんとヘビーローテーションとか、なしよ?」
「もうテレビ各局に割り振り表を渡してあるので、変更できません」
「えー? その表、オレにもちょうだいよ」
ナハがクリスマスイブのデート参加を呼び掛けた結果、現地には泥縄第二からカップルが20組ほど来ていた。スシ転入初日の全校集会で成立した10組超のカップルは、全組参加。偉いところを見せた。
トトトピアは、高速道路のインターチェンジから近いが、キクハの車とスシマヤ以外の参加カップルはみな、非電化路線を走るディーゼル列車で来た。
ナハは、遅れて着いたカップル達はゴンドラに二人で入れ、泥縄第一の役員は3人で入れるプランを立てた。
「ほら、1番、スシくんとクモヤさんのペア! さっさと入る!」
(番組制作の人は、各局がほしがるクモヤさんの画を、まず押さえようとするだろう。複数バージョンを撮るために、クモヤさんを何回も入れたいだろうから、トップバッターは理解できる。でもオレは関係なくない? 彼氏と誤解させるような映像を撮られると、マヤさんやクロハさんだけでなく、クモルさんが激しく怒るのでは?)
スシは「ほぼ文句」な感想を押し隠して、大人しく、クモヤと一緒にゴンドラに入った。しかし止まってるわ、代表撮影のカメラクルーが同乗してるわ、窓からほかの参加者にジロジロ見られるわで、居心地は決して良くなかった。
「スシくん、一緒に部活やってたころのこと、覚えてる?」
「きのうのことのようです」(オレが泥縄第一からこっちに来てから、まだ1年たってないからな)
「一緒に頑張ってたよね」
「ええ。クモヤさんが、オレたちをさらなる高みに連れて行ってくれたんです(遠い目)」
スシは「オレ、いかにも部活の後輩感が出せたのでは?」と、いい気になった。
音声収録が少し休止したところを見計らって、クモヤはスシに、学校経営理事会合の話を振ってきた。
「スシくん、うちの事務所の社長ね、泥縄の理事長と仕事の付き合いが長くて、理事が足りない話をされたんだって」
「おお、では、社長さんが理事になりそうなんですか? 泥縄第二と第三の統合派になってくれるといいなあ」
「社長は、前にほかの大学の理事をやっていて、ある不祥事から、マスコミの吊るし上げに遭ったんだって。スシくんも、そのころ全国放送を見聞きしてたら、知ってるかもだけど」
「不祥事のことは、わかります」
「それで、もう、やりたくないんだって」
「ふーん、じゃあ、クモヤさんがなったらどうですか?」
「理事って、ただでなれるわけではないのよね。大学に寄付金入れて、その功績でなるというのが多いみたい。それよりも、大学卒以上の学歴が必要そうという方が、障壁としては大きいかも」
「いろいろ考えてくれたんですね」
「クモルと代わりばんこに、二人一役で理事をやる。マンガ的で面白いかも。わたしがクモルのフリをしているときに、ボロを出して追及されるの。大ピンチ。ヅカン(ツキがない様子)」
「ははは」
「なーんてね」
ナハが、ゴンドラのドアを勢いよく開けた。
「1分超過! あとがつかえているのよ! 日没のタイミングで、ラストの1周プラスアルファを回してもらわないとなんだから!」
スシがクモヤの手を引いて、うやうやしくゴンドラから出た。ナハが、二人の手を強引に振りほどいた。
(夕日に輝くラスト周回で、キラとスシくんをカップル製造マシン「あんあんアンブレラ」に乗せる。この作戦に、すべてをかける!)
トトトピアの観覧車は、24台のゴンドラのうち2台が「あんあんアンブレラ」に換装されている。これは乗車する二人が、屋根だけ付いているオープンエアのペア椅子に、ハーネス(シートベルト)で固定されるというもの。通称は「足ブラ観覧車」。日本国内にも数か所にしかない、レアさだ。トトトピアで稼働しているものだけが「あんあん」というネーミングで、ほかの遊園地のものは微妙に異なる。
あいあい傘を模したファンシーな外観とは裏腹に、乗車した二人を、非常に心もとない状態で地上50メートル超まで誘う。スリル感は絶叫マシン級という評判もあり、体験乗車したテレビリポーターが、高高度の位置でまともにリポートできなくなる事態も起きている。
これに乗った男女は、強力な吊り橋効果で、たちどころに恋愛成就と相成るという伝説があるのだ。
続いてゴンドラに入った3年男子と2年女子のカップルは、誰も何も言わないのに、いきなりキスした。テレビカメラは、男子の後ろ頭しか撮らなかった。
ゴンドラから出た二人をつかまえて、ナハが毒づいた。
「キス、ちょっと早いなあ! クライマックスに向けて、だんだん盛り上げていってくれると助かるんだけど! 序盤のカップルからこれじゃあ、このあとどう展開したらいいのよ」
「3年男子です。ボクが学校に来れるのは、もう明日と、3月の卒業式だけなんで。尻に火がついているので。クリスマスイブのデート機会が、来年以降あるかどうかわからないので」
「あんたがたが、日本エンタメ史上初(調査中)の『止まっている観覧車でキスしたバカップル』ってことね」
「2年女子です。光栄です」
順番の変更は断ると言っていたにも関わらず、ナハは3番手と4番手を入れ替えた。新しい3番手は、スハ、オロネ、カニの泥縄第一組。
「スハですけど、ナハさん、なんで入れ替えたんですか?」
「3番手がいかにも連続でキスしそうな連中だったから、あなたがたと入れ替えて、クールダウンを図ろうかと」
「ふうん」
スハたちが入ろうとすると、逆にカメラクルーが降りようとするところだった。
「あれ、どうしたんですか?」
「ほかの局のクルーが、みなさんの談話取材をガンガンしているし、遊園地の情景説明の画も必要なので、うちも乗り遅れられないと。観覧車の中の撮影は、1周動くときにまとめてやります」
「交代で入る局はないんですか?」
「4組か5組あとに、キー局の取材が入ると思います」
スハの目が光った。ナハはうろたえた。
スハたちは中に入った。待機の列の後ろから、どういうわけかマヤが前に出てきた。
「行ってらっしゃーい」
「ゴンドラに乗って楽しげな子どもを、地上で待つ母親が見送る」小芝居を、マヤは止まっているゴンドラに対して行った。ナハは、自分に対する精神攻撃と受け止めた。
スハが、待機の生徒たちから見える側の窓に、壁となって立ちふさがる。カニとオロネは、スハの背後で作戦行動。これは、バスケットボールでいう「スクリーンプレー」である。
「スハですけど、いいですよ、ぶちかましてください」
カニとオロネは、そっとキスを始めた。
1分。
2分。
2・5分。カニとオロネは離れた。
(カニ先輩ったら。オロネ先輩とのキスを、スシ先輩と同じ時間にしたんだ。意識しちゃって、かわいい)
一日生徒会長の日にオロネと2・5分間キスしたのは、クモル芸能人。公式記録上はスシでない人だし、カニとオロネとの関係性を考えれば、たかがキスでここまで張り合わなくてもいい気もするが。
2組目・3組目のカップルが連続キスとなり、ナハの思惑は外れた。
スハたちがゴンドラから出ると、ナハがどやしつけた。
「2・5分も何やってたのよ! どんどん押しちゃってるじゃない!」
「予定だとキクハ先生が一人で入る回があるけど、省略したらどうですか?」




