3章の4 180位は生徒会執行部
ナハは、鞄から、紙の束を出した。
「おっと、そろそろ、おいとましないと」
「スシくん、大して時間は取らせないわよ」
マヤとクロハに会話を拒絶されていて、相談もできない今、スシにとってナハの不穏な紙の束は、目をそむけたくなる物でしかなかった。
「これは、生徒から募集した『ぼくのわたしの考えた生徒会規約』です。一部を紹介しますので、キラが生徒会長になれそうな条文があれば、スシくんも一緒に検討してください」
「検討ったって、生徒会規約は、そう簡単には変えられないよ?」
「そうかな?」
「あっ」
スシの脳裏に忌まわしい生徒総会の記憶がよみがえった。ナハが多数決を誘導して、生徒会規約に「生徒会長と副会長は校内でキス禁止」という、外部から好奇の目を向けられること確実な条項が、追加されそうになったのだ。
「わたしは、規約をなくせ、0《ゼロ》にしろと言っているわけではない。1にしろとも言わない」
「泥縄第三の人たちは負債385万円を抱えて困っているけど、今どこかをゼロや1にしても、財源がなかったら、結局借金に頼ることになる。それでは現在と将来の生徒の負担は、金利の分、増えてしまうから、今どこかをゼロや1にしない方がマシだろう。低金利の時代なら、経済効果を狙うというのも、まだ理解できなくはなかったけど、金利がここまで上がってしまうと」
「ナハさん、さっさと用事を済ませて、解散しましょう」
ナハとスシはぎょっとして、ナハ側の席にいつの間にか座っていた女子に目をやった。
「マ、むぐ!」
マヤがスシの口を手でふさぎ、反対の手でスケブを出した。
「手荒なことをしてすみません。会話遮断中なので、わたしはスシくんと、日付が変わるまで会話ができないのです」(スケブ)
「マヤさん、来てくれたんですね!」(スシ、メール送信)
「メールなんてよこすから、スシくんがわたしを呼びつけたと、受け止めました」(スケブ)
「えー」(メール)
「ナハだけど! わたし抜きで手間のかかる会話するの、やめてよ!」
スシとマヤは顔を見合わせた。会話遮断中なのにマヤがくすっと笑ったので、スシはとってもうれしくなった。マヤはナハ側の席から、スシの隣に移動した。
「ナハだけど、泥縄第二高校内の報道自由度ランキングが発表されたわ」
「スシだけど、何それ。誰が作ったの?」
「カニくんとオロネさんとスハさん」
「要するに、泥縄第一の役員のみんなか」
「それによると新聞部は62位。昨年より四つ順位を上げたわ」
「うちの学校、そんなに報道機関があったっけ?」
「最下位の180位は、」
「180位て」
「180位は、生徒会執行部」
「えー!」
「マヤですけど、それはあんまりじゃ」
スシとマヤは、また顔を見合わせた。
ナハの手前、抵抗はして見せたが、思い当たるフシはある。不在の役員を、化身を使って表向き居るようにしていることを、泥縄第一の3人は知っている。これを「都合の悪い事実を生徒に伝えていない」と取られたら、180位という順位にも文句は言えないのだ。
(カニくんから、いずれは化身が白日のもとに晒される日が来る、というメッセージを突き付けられた気がするよ)
「それでは本日のメインイベント、『ぼくがわたしが考えた生徒会規約』の披露です」
「スシだけど、何メインって? オレが手伝った新聞作りは何だったの? タイトルもさっきと微妙に変わってるし」
「会長と副会長が一致して却下なら、しょうがないです。もったいないけど。そうでないものは、検討していただきます。いいですね」
マヤは普通に全部ハネつけられる人だが、スシは「みんなが考えた」というフレーズに弱い。つけ込まれるとしたらスシなのは、明らかだ。
マヤはスシと話せないので、背中に指で通信文を書いた。
(えー、なになに。会話遮断中にも関わらず、わたしはリスクを冒して、ここに来ました。スシくんは、そこのところを汲んで、どんな条文案を出されても、甘いところを見せないでください、か。わかりました、マヤさん)
スシは、コホン、と咳払いをした。
「スシだけど、ナハさんも知ってると思うけど、われわれ生徒会役員には、生徒会規約の擁護義務がある。規約99条に明文化されている」
「高校の生徒会規約なのに、なぜか103条もあるのよね」
「役員の権力の濫用を防ぎ、生徒の基本的人権を守るための第99条に、オレは意義を感じているよ」
「じゃあいくよ! 最初の条文案は、」
スシは固唾をのんで、ナハの次の言葉を待った。
「生徒会長は、女子がやってもいい」
スシとマヤは、こけそうになった。
「スシだけど、ちょっと待ってよ、そんなの当たり前でしょ! 現に先代のクロハさんは女子だったでしょ!」(たまに男子のオレが化身してたけど)
「世の中、それが当たり前でない規則も、なくはないと言うか」
「・・・」
「マヤです。うちの規約に関する限り、女子の会長就任を禁止していないので、条文を追加する意味を感じません。却下です」
「はい次。生徒会長になっていいのは、泥縄第二の会長経験者の子どもだけ」
スシとマヤは、今度は完全に倒れた。
「ちょっと、冗談キツイ!」=スシマヤ同時発声=
「いや、それはそういう意見があるだけで、わたしがそうしたいわけではない。競馬の格言『ダービー馬はダービー馬から』みたいなものかと」
「スシだけど、全然違うでしょ」
「マヤですけど、その条文は、生徒会長の世襲ってことですか? そんなふうにしたら、スシくんたちの子どもが大きくなるまで、どうやって生徒会長を回すか困るし。その子が泥縄第二に入るとも限らないし」
「後継者問題は出て来るだろうけど、血縁支配の考えの方が、よっぽど問題では? 実力がある子どもであれば、排除したら逆に社会的損失だけど」
「泥縄第二に入ったら入ったで『無能、世襲の操り人形』と言う人がいそう」
「ナハだけど。仮に世襲限定になったら、そうねえ。生徒会長になりたい人が、スシくんの養子になる手もあるかもね。『子ども』というのがあくまで実子のことで、養子はだめとなると、会長候補の確保はキツいでしょうね。会長は一年の前期後期で2人必要で、同じ人は2期までしかできないから」
「マヤです。為政者の後継者作りにまつわる極端な例として、日本から遠く離れた国の王が、70人の妃を娶り、210人の王子・王女をもうけた、というのがあります。王族が増えすぎて、国家財政上ゆゆしき問題になったとか」
「すでに話が出たけど、スシの子どもが高校に入るのはかなり先だし、武家社会じゃないんだから、全然知らない人が世襲のために『養子にして』と言ってくるのも困る。この条文案は却下で」
「はい次。生徒会に執行部を置くと明記する」
「スシだけど、確かに現状では、規約には会長を選挙で選んで、その会長が役員を選任するとしか書いてないけど。でもこの条文いるかなあ?」
「マヤです。『明記する』という文言に、意味を感じる人もいるでしょうね。執行部はあと6日で書記長がいなくなるので、欠員が生じます。一人ならまだいいですが、役員の人数と欠員が同じ数になったら、執行部はなくなります。そのとき条文が『執行部を置く』となっていれば、矛盾が起こって規約違反が問いただされるでしょう。そうなれば、欠員をどういう手段でも埋めるようとするのは、目に見えています」
「スシです。こういう条文を追加しろと言うのは、役員になりたくない人を強制的に役員にする目的なんでしょうね。オレだったら、同じ役員になれと言われるにしても、役員の苦労を知る人間から丁寧に頼まれたい。安全なところから命令するだけの特権階級から『オマエやっつけられて来い、オレらはその間に逃げる』とは言われたくないよ」
「マヤです。この条文案も却下です」
「ナハだけど、何か一つくらい検討してくれないと、こっちもカッコつかないんだけど」
「スシだけど、内容によるんだってば」
ふるる・・・
一瞬、マヤの瞳孔が開いた。スシは何事だ、とマヤの前で手のひらをサッサッと動かしてみた。
「ううーん、ブルブルっ。えーと、マヤです。久しぶりだねスシくん」
「ずっと会ってたし」
スシは、またマヤの別人格が顔をのぞかせた、と思った。
(それにしても、クロハさんに化身しなくても、出てくるようになっちゃったのかな。会話遮断の約束を破っている自覚もないようだし)
「じゃあ、最後の条文案ね。生徒会長は書記長を、クリスマスイブにデートに誘わなくてはいけない」
スシはすごい勢いで立ち上がった。マヤはそのままだった。スシはガックリきた。
「マヤさん、ここは二人そろって拒否反応を見せるとこでしょ!」
「うーん、スシくん。クリスマスイブにデートくらい、いいんじゃない?」
「何言ってんのさ!」
「いや、勘違いしないでよ。ダブルデートじゃないけど、わたしとクロハもついて行くから。キヤは呼ばない」
「ワキ先生も誘えば、呼んでもいいのでは?」
「なんか、スシくんって、仲間外れを極力出さないように持って行きがちよね」
「そりゃあ、自分が逆の立場なら、いやだもの」
「ナハだけど、検討いただけるということで、いいかしら?」
「条文案は却下だけど、デートの件は、わたしマヤの責任で了承するわ」
「そんな! さっき『強制的にやられたらイヤだろうね』という話をしたばかりなのに」
「まあ、あたしもちょっとは、人の歴史を見て来ている方だから、どのくらいだとヤバいかは、わかるつもり」
「ほほう、歴史を見て来てるって、戦国時代くらいから?」
「なんかバカにされてるなあ~。スシくん、いけないなあ。あとでマヤちゃんに言ってやろ」
「? あなたがマヤさんでしょ?」
「ナハだけど、『ないしょ3』みたいな話だと、高所から俯瞰する人がいたりするよね。世の中には、紀元前26世紀くらいの王家の人が、普通に現代まで来ちゃう話もある。マヤさんも戦国時代なんて中途半端はやめて、もっと振り切っちゃったら?」
「ははは」
(・・・。オレは、それなりにマヤさんと時間を過ごしてきた。だからわかる。マヤさんの、というより、別人格のこの笑い方は、冗談を言うときには出ないやつだ)
「あまり大きい数字だと、みんな引くかもしれないよね。1万年くらいにしといたるわ」
「十分、大きいよ!」
マヤとナハがすごく盛り上がって、スシは取り残された。
夜遅くなったので、ナハは家族に車で迎えに来てもらうことにした。マヤはスシと会話遮断中のはずだが、いつも通りヘルメットを持参していたので、スシのバイクの指定席に乗って、ファミレスをあとにした。
「スシくん、クリスマスイブは、マヤとどうにかなろうとしてた?」
「マヤさん本人が、そういうこと言わないでよ」
「でも、キヤを除く女子役員全体の福祉を、まず考えないとね」
「だから、そういうこと言わないでよ」
「デートだと、クロハはメガネっ子だから、観覧車に乗るでしょうね」
「それは偏見では? まあ、オレも『好きな子を忘れた』のクライマックスシーンは好きだけど」
「本当に『めがね』を忘れないでよ」
「『好きな子が誰だか忘れた』」
「さらにひどいタイトルにしないでよ」
「そんなふうに言うなんて、マヤさんは、いま、ほんとにマヤさん?」
「マヤに決まってるわ。変なこと言うのね、スシくん」
「会話遮断はどうなったの?」
「堅いこと言わないの。クロハには、スシくんのところに行くと連絡したから。会ったら話をしないのは無理だって、わかってくれてるでしょ。たぶん」
スシはいつも通り、マヤの家の近くの公園で降ろそうと思ったが、夜も更けたので、家のすぐ近くまで送ることにした。
「ありがとうスシくん。わたしは明日、本当に観覧車に乗ることになる予感がしているわ」
「?」
スシはマヤと別れて、自宅へバイクを走らせた。
(ここらへんで観覧車と言えば、もちろんトトトピア世界観遊園地。高速道を使えば、学校からけっこう早く着く。だけど、あすのクリスマスイブは冬季営業休止中だから、どうにもならないよ? 近県の遊園地も似たり寄ったり。まさか太平洋側の千葉県や神奈川県まで行けと? そういうところのイブの観覧車なんて、日本中からカップルが押し寄せるんじゃないの?)
※2026年4月25日に開園50年を迎えた遊園地はサントピアワールド(新潟県阿賀野市)ですが、
「トトトピア世界観遊園地」はフィクションであり、実在の人物・団体等にはいっさい関係ありません。




