3章の1 ただ退任するだけでは、だめなの!
放課後の生徒会室に、スシ、マヤ、クロハ、キヤの4人が、顔をそろえていた。キヤは若い学校職員のような、タイトスカートのOLスーツだった。泥縄第三への移籍を数日後に控えたキラは、手続き書類の書き方を指導してもらうため、学校事務室に呼ばれて不在だった。
「スシくん、いる?」
呼ばれたスシが返事をする前に、女子生徒が勝手に入って来た。ナハだ。キラの親友で、前回の生徒会長選挙では、キラ陣営の選挙責任者を務めた。もともと超常現象研究部の部長だが、キラが生徒会執行部入りで新聞部長から幽霊部員に降格したとき、新聞部長を頼まれて兼務となった。以来、超常現象研究部の部報と、泥二新聞(泥縄第二高校の学校新聞)を発行している、忙しい人である。
「ねえスシくん、話があるんだけど」
「はあ、なんでしょう?」
「キラのことなんだけど」
「マヤですけど、生徒会長にそのまま聞かせられないような、おかしな話はしないように」
「おかしな話って?」
「キラちゃんが学校を去る前に、スシくんはマヤと別れて、キラちゃんとカップルになれだとか」
ナハは前々から、スシはキラと付き合うべきだと主張していて、スシとマヤは「ニセモノのカップル」とまで言っている。キラが泥縄第二にいられる残り日数は少なく、スシキラカップル実現を焦っても不思議はない。スシの彼女のマヤは、ナハを相当警戒していた。
「そんな話しに来たんじゃないわ」
「クロハですけど、じゃあなんですか?」
「あ、それより、そっちの人は、キャバクラさんですよね」
「キヤですけど、そういう呼び方は、もうやめてください」
「あっ、すいません。で、キヤさんは、なんで生徒会室にいるんですか? あなたはタキ氏の手先でしょ?」
「キラさんも含めて、生徒会執行部から3人も外れたので、スシさんをお助けするために、正規の手続きで非正規役員になったんです」
「正規の手続きで非正規ですって? 労働者ならともかく、生徒会役員だと甚だしい論理矛盾に聞こえますけど。まあ、そんなことはどうでもいいの。スシくん! 相談があるのよ!」
「はあ、なんでしょう。と、さっきから言ってるんだけど」
「キラがこの学校にいられるのは、あと何日もない。最後のチャンスだから、わたしがこの手で、キラを生徒会長にしたいのよ!」
「マヤですけど、何を言い出すんですか。選挙をやって、スシくんが生徒会長になって、それで済んだ話でしょう?」
「クロハです。言いたくはないけど、スシくんがキラちゃんの選挙戦撤退に助けられて当選したのは、まぎれもない事実。スシくんはキラちゃんに恩を感じても、不思議はない」
「ちょっとクロハまで、何言い出すの!」
スシとキラが争った会長選挙には、クロハ会長(中の人はマヤ)=肩書は当時=も立候補していた。クロハ会長とスシの得票は同数となり、出向先の泥縄第一から駆け付けたクロハ本人の1票で、スシの当選が決まったのだ。
「キヤですけど、クロハさんって、『自分』には投票しなかったんですよね」
「そういうことになるかしら」
マヤがキヤに「あまり大っぴらにしないでください、新聞部長の前なんだし」という視線を送った。
「ナハですけど、スシくん。だからわたし、あなたのリコール署名を集めようと思ったの」
「えー、こっちはいい気はしないけど。まあ、やるなら勝手にやってとしか」
「キヤですけど、スシさん。過去にスシさんのリコール署名を集めたわたしが言うのもナンですけど、軽々しくそんなことを言わない方がいいですよ」
「えっ」
「スシさんがいい悪いと全く別に『キラさんが最後に生徒会長になってもいいのでは』という思いは、生徒の多くが共有しています。しかも集めるのがナハさんみたいに純な人なら、かなりの数の署名が集まっても、おかしくありません」
「でも、それをきっかけにオレも学んだけど、ほら、ねえ」
「マヤです。リコール署名簿の縦覧期間だけでも7日必要なので、もう間に合いませんよ?」
「ナハです。そうなのよ。なので、こっちも非合法な手段に訴えるしかなくて」
「『しかなくて』って何?」
「たとえばスシくんを拉致監禁して、」
「おいおい」
「マヤですけど、スシくんが6日いないくらいでは、残りの役員が職務代行して終わりですよ。仮にほかの人間が生徒会長に昇格することがあっても、生徒会規約に照らせば、昇格するのは副会長のわたし。キラちゃんではありません」
「クロハです。このお話は『ほのぼのドキドキ、トライアングルコメディー』なんだから、拉致監禁がだめなら殺し屋に頼むとか、言わないでね」 ※ほのぼのドキドキ~は本作品の過去のキャッチフレーズ
「オレが何かの用事で高層ビルに行くでしょ、そうすると、向かいのビルとの間が約900メートルで、狙撃に不可能な距離ではない、というわけさ」
「だからあ、スシくんも変なこと言わないでよ」
「ナハだけど、何もスシくんに、撃たれろとは言わない。その代わりスシくん、自ら生徒会長を辞めてくれないかな」
マヤ、クロハ、キヤの3人が、ナハを生徒会室からおっぽり出した。
「マヤですけど、あのコ、何勝手なこと言ってるんでしょう! スシくん、真に受けちゃだめですからね?」
ナハが外から扉をたたいた。
「ねえ、開けてよ~。キラが戻ってくる前に、話をまとめないと大変なのよう」
「クロハだけど。別にキラちゃんは、スシくんの辞任なんて望んでないでしょ?」
「望んでないけど、キラが知らないうちに、わたしがいいようにやっておけば、最後は『ナハ、そんなことしてくれなくていいのに。しょうがないなあ』となる予定なの」
(出たよ)
「あっ、いけない。わたしはこれで去るけど、スシくん、考えといてよね!」
ナハは新聞部室に戻って行った。
「キラです。来たよ」
「ああキラさん、ナハさんに会わなかった?」
「あたしを見たら、逃げるようにどこか行った。スシくん、なんか変なこと言われなかった?」
「いや、まあ」
マヤとクロハとキヤは、目配せし合った。
「マヤですけど、ねえキラちゃん。あなたが泥縄第二にいられるのも、あと数日ですが、もしなれるものなら、生徒会長になりたいですか?」
「いきなり何を言うの? えー、そうねえ・・・。あたしは生徒会長選挙で2回落選してるよね。最後の花道を飾れるというのは魅力的ではあるけど、でも前にも言ったよね? もうスシくんと選挙で争うつもりはないって」
「うん」
「来年3月の選挙では、泥縄第二と第三が合流していれば、スシくんの立候補をサポートして、副会長に選んでもらう。第三が第一と合流してたら、選挙に出る。そしてスハさんやマロフくんに勝てたら、会長になって、副会長にはスハさんかなあ? 第一や第三には役員カップルの慣わしはないから、マロフくんでもいいかな」
スシにメールが来た。
「どしたの? スシくん?」
「いや、その」
スシはトイレに行くふりをして、生徒会室を出た。
「クロハだけど、ねえキラちゃん。スシくんのアドレス、ナハさんに教えた?」
「教えてない」
スシは屋上まで来た。
「ああ、いた。ナハさんてば」
「スシくん、来てくれてありがとう」
「じゃあ、来たから、それじゃあ」
「来いっていうメールは、話があるってことよ! 普通わかるでしょ!」
「てへ」
「おこるでしかし。でね、話というのは、スシくんが辞任がムリだったら、国外逃亡というのはどうかと思って」
「体制が崩壊した国の大統領かよ。国外逃亡なんて、マヤさんとクロハさんとキヤさんに説明できないから、だめ。ところでオレのアドレス、どうやって手に入れたの?」
「それは言えない。でもSNSは情報漏洩の恐れがあるからメールというのは、賢明だわね」
「執行部は、前はメールも避けていたんだけど、外部団体との連絡では使わざるを得ないからね。ナハさんて、キラさんをほっとけない人なの?」
「まあ、そうね。国外逃亡もだめなら、仕方ない。いっそクーデターで」
「そんなやり方じゃあ、6日かそこらで、キラさんを会長にできっこないでしょ!」
「まあ、なんらかの理由で、スシくんに退任してもらうとして、ここからが大事なの。スシくんはただ退任するだけでは、だめなの。キラが有終の美を飾って移籍したら、また何食わぬ顔で会長に戻ってほしいのよ」
「えー、何を勝手な」
「わたしは新聞部の人間だけど、それとは関係なく、一生徒としてスシくんの胸のうちを聞くわ。スシくんは拒否したければ、してもいい。わたしが『スシその程度かよ』とガッカリするだけで」
「なんか、すごい脅迫されてるみたい」
「スシくんは、キラが最後に生徒会長になったらいいと、思ってくれないの?」
ナハの目は潤んでいた。
「・・・思わないわけではない」
「生徒会室では、口にできなかったのね」
「ずっと生徒会室にいたら、そういうふうには思わなかったかもしれない」
物陰からキヤが、スシとナハを見張っていた。
(スシさん。外部のオンナに甘いと言うのは、本当なんですね)
「スシくん、わたし、キラを生徒会長にする運動を始めるからね。無駄に終わるだろうけど、結果でなく過程を求めてやるんだから、いいの。どうせうまくいきっこないから、スシくんにも手伝ってもらいたいんだけど、いい?」
「いいわけない」
「まあ、もうちょっと経つと考えも変わるかも。そうなったら連絡をちょうだい」
ナハは先に屋上から去った。
スシが生徒会室に戻ると、マヤ、クロハ、キヤは「やれやれ」という表情。キラだけは普通の表情だった。
「クロハだけど、スシくん、長いおトイレだったわね」
「いや、あの」
「マヤですけど、きょうのスシくんは、『いや、あの』ばっかりですよ?」
「キラだけど、スシくん、ナハの言うことは気にしなくていいから。あのコは、わたしの真意を歪めて受け取っている」
マヤ、クロハ、キヤは、生徒会室の一角の秘密化身室に入って、密談を始めた。
「マヤですけど、スシくんとナハさんの距離が、近くなってないですか?」
「クロハだけど、それは感じられる。それよりキラ会長実現運動は、全力で阻止する姿勢を見せないと。スシ退任を願う声なき声が、顕在化するのは好ましくない」
「キヤです。運動は、ほっておいても問題ないでしょうけど、スシさんがナハさんに厳しい姿勢で臨まないと、運動容認と受け取られる可能性が高いです」
3人は、キラ会長実現運動に対抗手段を取り、スシとナハを遠ざける行動に出ることで、意見の一致を見た。
3人が秘密化身室から出ると、キラがぼろぼろ泣いていて、スシがおろおろしていた。
「やだ、キラちゃんに何したの? スシくん!」




