2章の6(後編) 失敗確率は2.770%
「クロハです。クモヤさんから『こちらで指定する駅の待合室で13時14分から、わたしとクモルの握手会をします。お客さんがいなかったらさみしいので、あつかましいお願いではありますが、どうかサクラになっていただけないでしょうか』というメールが来てます。指定された駅は、まもなく停車する小千谷。新潟近郊区間の境界駅です。行ってあげたいのはやまやまだけど、勝負の最中だし、丁重にお断りをしようかと」
「キラだけど、あたしもそう思う。第一の3人は、行ってくれることでしょう」
「マヤは、行くべきだと思う。これはカンだけど、これはうちらにとってプラスになることだと思う」
女子3人の視線がスシに集中した。
「クロハだけど、スシくんはどう思う?」
「マヤさんが行ってもいいと言うなら、行きたい。クモヤさんとクモルさんの、記念すべきファーストミニイベントかもしれないし」
「マヤには、スシくんを双子に夢中にさせたくないという、葛藤もあるんだよ?」
「キラだけど、もう時間がない。みんな、降りるよ!」
13時14分、小千谷着。ホームで4人は、走り去る列車を見送った。別な車両から降りてきたカニ・スハ・オロネと合流した。
泥縄第二チームは有人窓口で、十日町からの乗り越し運賃を精算した。乗り越し分には学割は利かない。学校に請求した学割は、発駅での切符購入で使ってしまった。券売機で新たに購入した小千谷ー新潟間の切符(減点1)も、割引なしの通常運賃だ。
IC乗車券タッチ機器だけで自動改札はない駅で、泥縄第一チームは有人窓口を悠々《ゆうゆう》と通り、途中下車した、新潟まで通しで学割を利かせているのは確実で、同減点で経費勝負になったら、明らかに泥縄第二が不利と予想された。
待合室で、クモヤ(クモル)とクモル(クモヤ)が両チームの7人を待っていた。平日の午後だが、冬休み近くで早上がりの高校生らがいて、関係者以外の観客ゼロの事態は避けられた。
「クモルさん、クモヤさん!」
「クモル(クモヤ)だけど、泥縄のみんな、来てくれてありがとう!」
「スシです。13時14分からとか、すごく急に決まったみたいですけど、大賑わいですね!」
「クモヤ(クモル)だけど、ちょっと前に、小千谷でやると決めたの。人がこんなにきてくれてうれしい!」
「マヤだけど、こらスシ、デレデレすんな」
マヤがスシに肘鉄をくらわせた。
「ぐへっ」
クモル(クモヤ)とクモヤ(クモル)は全員と握手したあと、曲を披露する準備を始めた。
「急遽司会を担当している、隣の県の泥縄第一高校生徒会長のスハです。よろしくお願いします。握手会のあとは、普通だとデビュー曲の歌唱なんですが、きょうは聖地巡礼バトルをしている泥縄第二高校の4人の皆さんの健闘を祈る歌を、クモルクモヤに歌ってもらいます。突発的に始まった、このミニイベント。所属事務所にはっきりとは話を通さなかったので、業務用の音響は持ち出せませんでした。ごめんなさい。ポータブルキーボードで、泥縄第一の生徒会副会長・オロネが心を込めて伴奏します。『泥縄第二高校校歌』です。それではどうぞ!」
ガラス越しの君の瞳
どこかせつなげで
何か手伝えることないかと
言い出していた
違う人になれはしないけど
君思い ひた走ってた春の日
泥縄第二高校
風が君のまぶたなでる
どこかはかなげで
何も言われなくても
わかる気がしていた
ずっとごまかせはしないけど
君思い むちゃぶりこなした夏の日
泥縄第二高校
違う人になれはしないけど
君思い 歌った秋と冬の日
泥縄第二高校
小千谷14時16分発。ミニイベントを終えた、クモルクモヤと泥縄第一のメンバーも、一緒に乗ってきた。
「クモヤだけど、スシくん。来てくれてありがとね」
「オレ、きょうのこと、忘れませんよ」
宮内着14時28分。
宮内発14時33分で柏崎方面へ。越後線・柏崎15時27分発、吉田16時33分着。
16時59分発の越後線・白新線直通への乗車を前に、吉田駅のホームでミーティングをしていた泥縄第二のメンバーだが、どういうわけか第一のカニ、オロネ、スハも同席していた。
「クロハです。みなさんお疲れ様です。さて、泥縄第二の最終盤の作戦について、決を採りたいと思います。わたしたちはゴール新潟の1駅隣の白新線・東新潟まで行き、隣接する新潟貨物ターミナルの撮影をする必要に迫られています。今回提案する作戦は、新潟までの切符で東新潟まで乗り越して清算、新潟貨物ターミナルを撮影して、新潟までの切符を買い、減点1を払ってゴールするというもので・・・」
クロハが重要な作戦会議をしているところへ、スハが強引に割り込んだ。
「お取込み中すいませんが、わたしスハが『カニのエンタメクイズ』をします」
泥縄第二の全員が、露骨にイヤな顔をした。
「ラブコメなどのマンガで、ヒロインレースから脱落する確率が高いのはどっち? ー1番:単行本1巻で単独で表紙を務めているヒロイン ー2番:単行本2巻で以下同。スシ先輩!」
「どう考えても、ー2番でしょ」
「正解! では第2問」
泥縄第二チームは「まだあるの?」という雰囲気に包まれた。
「もうすぐ正月の競走イベントですね。泥縄の系列大学も、久しぶりに出場するので楽しみです。全区間を通じて、学生の中には当日変更で割をくう人も出ます。学生。割。メンバー交代によってラストチャンスを逃した学生が、監督と仲間の慰めで、涙を胸に秘め卒業していく。では、山登りで大差を異次元の走りで挽回し、チームの苦境を救う人を、普通なんと呼ぶ? スシ先輩!」
「山の神とか、山の妖精とか、直近はシン・山の神」
「正解! クイズはここらへんで終わります。ここらへんで。それではごきげんよう!」
泥縄第一の3人は、どこかに行った。
「クロハです。スシくん、今の・・・」
「スハさんは教えてくれたんだ。泥縄第一の現時点での減点はー2で、全区間学割が利いていると。うちらは途中までしか学割が利いていないから、減点で並んで運賃関連経費の勝負になったら、泥縄第一が勝つと」
「泥縄第一は、どうやって新潟まで一筆書きをやっている?」
「単純に、飯山あたりで乗車券を2枚に分けたんだろう。スタート地点は東新潟。新潟貨物ターミナル駅撮影のためだろう。これはカニくんたちが当日の朝、東新潟方面からの列車で新潟に来たことでわかる。チェックポイント以外からのスタートで減点1。乗車券は東新潟ー新潟ー新津ー大宮ー鶴見ー金山ー名古屋ー大阪ー米原ー岐阜ー美濃太田ー多治見ー松本ー長野ー飯山。帰りが飯山ー越後川口ー宮内ー柏崎ー吉田ー新潟ー東新潟。切符2枚で減点1。合わせて減点2」
「うちらは、今のとこ小千谷ー新潟の切符追加による減点1」
「うちらが、東新潟から新潟への戻りで大人200円の切符を買ったら、トータルの減点は2。減点が並んだら負け確定だから、なんとか減点1でしのがなきゃいけない」
クロハとスシは青ざめた。自分の人生がかかっているキラは、静かに運命を受け入れようとしていた。
クロハはホームを歩き出した。
「クロハ! 戻れ!」
マヤが叫んだ。
「スシ社長!」
「オレ、生徒会長だよ?」
「クモヤさんは、あたしらにカードを買わせてくれたのよ! 吉田から26駅すすめるカード!」
「吉田からだと、ー北吉田ー岩室ー巻ー越後曽根ー越後赤塚ー内野西が丘ー内野ー新潟大学前ー寺尾ー小針ー青山ー関屋ー白山ー上所ー新潟ー東新潟で、東新潟は16駅目だけど」
「小千谷ー新潟の切符で、東新潟、新潟の順で通る方法があったの! 吉田発16時40分に乗ろう!」
「越後線16時59分発じゃないの?」
「それに乗ったら、負けるよ、スシくん!」
「えーと。スハさんの話を思い出そう。ここらへん。山の神。ここ吉田の辺で、山の神と言ったら弥彦神社。・・・。そうか!、マヤさんの言う通りだ!」
「でしょ!」
「みんな、いくよ、せーの!」
「弥彦線に乗るぞ!」
「16時40分発だよ! あといくらもない! 急げ!」
小千谷ー新潟の切符は、吉田から越後線・白新線で東新潟に向かおうにも、新潟で下車してしまえば効力が終わる。しかしこの切符は、新潟近郊区間内で完結しているので「乗車経路を重複したり、2度同じ駅を通らない限り、乗車券の運賃は実際の乗車経路にかかわらず、最も安くなる経路を使って計算できる」という特例が適用される。その代わり「近郊区間内のみを通る乗車券は営業キロにかかわらず有効期間は1日で、途中下車はできない」という制約もある。
弥彦線・吉田発16時40分、信越本線・東三条発17時29分、羽越本線・新津発18時03分、白新線・新発田発18時48分と乗り継げば、東新潟に19時24分に着く。切符の制約で途中下車はできず、東新潟の改札は出られないが、ホームからでも新潟貨物ターミナル駅の構内撮影は十分可能だ。
日没後だと、手前側に留置されているコンテナ列車1編成が、やっと写るだけだったりするが。
吉田から東三条、新津、新発田経由で東新潟に行く大回りルートは、ー西燕ー燕ー燕三条ー北三条ー東三条ー保内ー加茂ー羽生田ー田上ー矢代田ー古津ー新津ー京ケ瀬ー水原ー神山ー月岡ー中浦ー新発田ー西新発田ー佐々木ー黒山ー豊栄ー早通ー新崎ー大形ー東新潟。吉田から26駅進んで着くことができる。
「これで減点は1のままだ。まだ天には見放されていない!」
サポートのクロハとキラは、ゴール新潟の一つ手前の東新潟で改札を出た。スシとマヤと合流するため、キクハの車で新潟駅に向かった。
全ミッションをこなしたスシとマヤが乗った、泥縄第二のラストトレインが20時10分、新潟駅に着いた。停車時間は14分ほど。二人はドアの隣のシートに、二人で肩を寄せ合って座っていた。
ほほえましい光景だが、動かない。ゴール新潟に着いたのに、まったく動かない。
「寝とる」
「寝とる」
「スシマヤ先輩、青海川ごっこか!」
このまま乗車を続けると、最悪、終点の越後線・吉田まで連れて行かれる。どこで降りても、新潟までの戻り切符の減点1加算、負け確定、キラは泥縄第二の校舎に合流できなくなるという、絶対危機的状況だ。
起きるんだ! スシくん! 起きて! マヤちゃん!
しかし、スシマヤは、あまりにもへろへろになっていて、声をかけるのがためらわれるのも確か。
泥縄第二のサポートメンバーは誰一人、近くにいない。
何者か(3人連れ)が、二人のいるシートの前までやってきた。
「起こそう」
「うん・・・」
「わたしは、スシ先輩だけ運んで改札を通してゴールさせ、マヤ先輩は車内に置き去りにするというのでもいいです」
「ペア行動の原則に反するでしょ。どれだけマヤちゃんのこと嫌いなの?」
「言ってみただけです。スシ先輩の乗車券を無断で探して、襟の裏から見つけたかったんです」
残された時間は、少ない。
「はい、二人とも、けちくさいこと言わないの。せーの!」
「起きろー!」=3人同時発声=
びくっ!
スシとマヤが、むずむず動き出したのを確認して、何者か(3人連れ)はどこかに消えた。
スシとマヤは、もそもそと改札を出て、駅ビルで少し時間をつぶした。東新潟駅から車で到着して、自動車整理場から駅ビルに上がってきたキクハ、クロハ、キラと落ち合った。
「終わったあああ!」
すぐに、ささやかな打ち上げパーティーとなった。
旅程3日目の東新潟発の最終列車が出て、前途があったクロハとキラの切符の効力が失われた。二人がスタート駅でゴールしなかったことで、サポートメンバーリスト入りが決定。泥縄第二ペアの最終的な構成員がスシマヤであることと、泥縄第一と第二の減点(第一:ー2、第二:ー1)も確定した。
運営担当のスエから、スシに泥縄第二の勝利が伝えられた。
翌日の放課後、スシはカニにSNSで連絡を取っていた。
「カニくん、オレたち、何者か(3人連れ)に起こしてもらわなかったら、大変だった。ほんとにありがとう!」
「よかったね。でも、お礼は何者か(3人連れ)に言ってね」
「オレらを起こす前、スハさんが襟がどうとか言ってなかった? ちなみに、オレはそんなところに切符を隠さないけど」
「スハちゃんじゃなくて、何者か(3人連れ)だよ。言ってないよ」
「でも、何者か(3人連れ)はどうしてオレとマヤさんを起こしてくれたの? そのままだったら、泥縄第一の勝ちだったのに」
「うーん、これは想像だけど、迷った人と、起こす以外頭にない人と、スシくんだけ助けてマヤちゃんは車内に置き去りにしようと(冗談を装って)言った人がいて、起こす人の意見が通ったと。まあ、全員異存はなかったと。あくまで想像だけど。イベントは、みんなが楽しいほうがいいだろう?」
「オロネさんに、スシがとても感謝していたと伝えてください」
「だから何者か(3人連れ)だってば。まあオロネは、第一への移籍についてスシくんにすごく感謝してたから、恩返しなのは当たってるだろうけど。想像だけど」
「ほんとに、返す返す申し訳ない。カニくんたちに、おんぶにだっこで」
「スシくん、泥縄第三のこと、頼んだよ!」
「うん。任せといて」
各線のダイヤと東新潟-新潟間の運賃は、2026年3月14日現在です。
泥縄第二高校校歌 Youtube & ニコニコ動画でボカロバージョン公開中
「泥縄第二」でご検索ください




