2章の6(前編) 失敗確率は0.055%
スシがあたりを見回すと、カニの相方がスハに変わっているのに気づいた。
「?」
マヤがスシの袖を引っ張って、車内に引き込んだ。
大阪11時23分発に乗車。この日は長野まで行く旅程だ。スシの相方のトップバッターはキラ。
「スシくん、きのうは20分しか相方を務められなかったけど、きょうは長めにしてもらったからね」
「きのうはいろんなゲストが混ざったけど、きょうは3人だけだから、どのみち長いでしょ」
「近くには来ないけど、ワキさんとキヤさんも乗ってるわよ」
「へえ、ありがたいような。夜に、駅と宿の間だけいてくれれば、それでいいような。ところで、オレたち、どこに向かっているんだっけ」
「スタート地点の新潟のほうよ」
「え? 旧国鉄継承の鉄道会社7社のうち4社は、駅を一つは撮影しないといけないじゃない。東、東海、西と来たから、次は四国では?」
「四国まで行っている時間はないのよ。もうチェックポイント未達の10点減点はないから、減点の一つや二つ覚悟で突き進まないと」
「72時間オーバーでも、同じ減点1では?」
「何言ってるの! 着替えとか72時間分しかないわよ!」
スシはキラの顔に、疲労の色を見た。
(時間オーバーとか、軽々しく言えないな)
「じゃあ、4社目の駅を撮影しないで、減点1なんだね?」
「いや、撮影するわよ。なんたって今回の企画の根幹部分だから。減点が小さいからといって、未達成なんて泥縄第二の名折れだわ。チェックポイントではないから、電車を降りて改札を出る必要はない。撮れるもんなら撮ってみな、と言われてるみたい。とことん挑戦するわ」
「スシ、ふと対向列車に目をやる。おおっ? あれは!」
「どんな列車?」
「いや、通常の電気機関車牽引のコンテナ列車ですよ」
「『おおっ? あれは!』なんて言うから、てっきりディーゼル機関車重連+タンク車10両+後部補機ディーゼルくらいの編成が通ったかと」
「新潟を出たディーゼル機関車重連のタンク車10両編成が、雪の磐越西線で車輪空転、立ち往生。会津若松から応援に駆けつけたディーゼル機関車を、本線上で後方から連結。3時間遅れで郡山にたどり着き、歓喜で迎えられる。・・・タンク車・・・」
スシの瞳に光が宿った。
「そうか! 旧国鉄継承の鉄道会社のうちの1社、そして本州に本社がある4社目、それは!」
ドドドドドド(効果音)
「日本・F・貨物鉄道!」
「びっくりした。実名出したかと思った」
「出してないと言い張れるか、自信ないけど」
「で、電車に乗ったまま、窓から吹田機関区か京都貨物駅の構内が撮れないかと思って、」
「吹田機関区は駅じゃないでしょ? 行くなら吹田貨物ターミナル駅でしょ? でもまあ吹田機関区は、磐越西線の石油輸送に機関車を派遣したうちの一つだから、行きたくなるのはわかるけど」
「撮影は、マヤちゃんにお願いしました」
「ちょっと待って、一番写真が上手なのはキラさんでしょ? 何でマヤさんに?」
「このイベントの最終的なチーム構成員は、スシくんとマヤちゃんになるのが確実だし。わたしはここでスシくんと話してて、忙しかったし」
「で、写真はどうだったの?」
「『列車が動いているし、揺れるし、人もいっぱい乗っているしで、うまく撮れるわけありません!』と、激しくキレられました」
「指示にヤル気が感じられないのも、怒りを増大させたことだろう」
「旅客線の車内から、時間をかけずに狙えたらいいな、くらいだったカナ? まあ、次に期待」
「次って。でもこの先、なかなか旅客線の沿線に、貨物駅がなさそうだけど」
「篠ノ井線の南松本がある。松本の1駅手前。ここではちゃんと改札を出て、貨物駅構内を撮影に行きましょう。想定される失敗確率は2・5%。3・0%を超えると、対応の準備ができていない。まあ、そこがだめでも、いざとなれば新潟の1駅隣、東新潟に隣接した新潟貨物ターミナルがある。新潟ゴールだから、ここがラストチャンス」
「きょうは宮内まで行ったあと、ゴールとは逆方向の、柏崎を目指すことになっているけど、」
「うん」
「一筆書きにこだわる必要はなくなっているわけだから、宮内からのルートを長岡・新津経由に変更して、貨物駅の南長岡を押さえる手もあるんじゃないかな。ミッション完遂を優先して」
「南長岡は旅客駅の駅間にあるから、走行中に車内から狙う必要があるのは変わらない。きょうの新潟ゴールの時間帯を考えると、宮内で降りて現地まで往復するのは、現実的でない。それに、」
「それに?」
「行程は事前に、スクール連絡サイトで告知済み。泥縄第二生の中には、沿線まで激励に来る計画を立ててくれている人もいる。そういうわけで、学校の地元からかなり離れてはいるけど、柏崎回りの予定は変えたくない。新潟近郊区間内だけの移動でないので、柏崎から新潟まで最短経路でなく実運賃を請求されるから、痛いのは痛いけど」
「柏崎から越後線・白新線で東新潟に行くとなると、ゴールの新潟を通過する。東新潟まで乗り越すと、新潟まで戻る切符が増えて減点1。東新潟に行かずに、4駅目を未撮影として新潟でゴールしても、減点は同じ1。それなら東新潟に行く意味がないのでは?」
「4駅撮影は、売られた喧嘩のようなものだから、絶対に逃げない」
「長野から飯山まで、第三セクターを通ると減点1。新幹線特定特急料金(自由席)880円を払っても運賃関連の上限までは余裕があるから、減点なしのために北陸新幹線に乗るんだね」
米原13時30分発に乗車。大垣で下車。しばし時間があり、メンバーはホームで体を伸ばしたりした。大垣14時26分発。名古屋を迂回するため、東海道本線の電車を岐阜で降り、14時43分発で高山本線・美濃太田へ。太多線の15時36分発で多治見へ。中央本線に入った。
「スシくん、番が回ってきました」
「マヤさん」
「スシくんに問題。わたしが最初にデートした人は誰でしょう?」
「えっとですね」
「ヒントあげましょうか?」
「なーんて、カニくんでしょ?」
「え、違いますよ。スシくんです」
スシは愕然とした。
(さっきと言うことが違ってる・・・。マヤさん、本格的に複数人格の分離が始まったのか?)
スシはマヤを見てみた。普段と違っている様子はない。
「マヤさん、さっきオレが言った、カニくんが密かに好きな人のこと、覚えてますか?」
「え? カニくんの移籍に伴って、選挙管理委員会の副委員長から委員長に昇格した、レサさん、でしょうか?」
(違うよ! こりゃ、本当に人格分離が始まったんだ!)
スシは慌てふためいた。
「なーんて。自分の彼女の『中の人』が別人でも、簡単に騙されちゃうんですね」
「なあんだ、マヤ副会長か。びっくりしたあ」
「二人でキス以上のことをして、中の女が別人だったら、面白いですね」
「ビジュアル的・ストーリー的な面白さと危なさを、過度に追求しないでください。でもなんで、クロハさんのまま出てこないんですか?」
「マヤが無断でわたしに化身したから、お返しです。というのはウソ」
「?」
マヤ副会長がスシに耳打ちした。
「ひそひそ、マヤは、ちょっとスシくんの前に出しにくい状態に陥ってて。複数の人格が独立して、相互に記憶の共有が行われなくなりつつあるんです」
「ひそひそ、えーーー! やっぱり、いまオレが不安に思った通りに、なってしまったんでしょうか?」
「ひそひそ、とりあえずマヤが一番やりやすいであろう、クロハ書記次長に化身させて、タガをはめてあるんです」
「ひそひそ、それで入れ替わりで、マヤ副会長になったんですね」
「ひそひそ、スシくん、マヤのどの人格が残っても、マヤとやっていく自信ありますか?」
「ひそひそ、もちろん」
「ひそひそ、さらに声を絞ってひそひそ、ちぇっ、即答か。妬けちゃうな」
「ひそひそ、何か言いました?」
「ひそひそ、ねえスシくん。いまマヤに化身しているのはクロハなんだから、スシくんは化身の原則に従って、マヤの『中の人』と付き合うべきじゃないですか?」
「えっ!」
「えへ」
「本気ですか?」
「本気かも」
マヤ副会長はスシの手を引いて、化粧室に入った。出入り口が衆人環視であるスペースで男女が化身する場合、入った二人がそのまま出たように見せるため、化身ドミノよりも化身入れ替えが多くなる。女子がスシ化身をするときは、ピンを50本以上使って髪を短く見せるため、通常より時間がかかる。今回は10分ほどで、スシ会長とクロハ書記次長になって出てきた。
「ねえスシ会長、この化身はどういう目的?」
「キラちゃんがいなくなったら、スシくんの声色を使える人がいなくなる。だからわたしが練習して、ちゃんと化身できるようにする。スシくんに教えを請うための化身」
「キラさんが上手にできてたから、クロハさんも前途有望」
二人は、乗客がいるのも構わず、声色の練習を始めた。
多治見16時27分発。中津川17時56分発で松本に向かう。
全員寝落ちしている間に南松本を通過。
南松本の次、終点の松本で降ろされたメンバーたちは、無理に起こされて機嫌が悪かった。スシ会長、マヤ副会長、クロハ書記次長は化身のままだ。
松本で途中下車して南松本まで往復すると、切符2枚追加もしくは往復乗車券1枚追加で、いずれも減点2。撮影はあっさり中止された。
(マヤ副会長としては、やはり南松本の撮影には、失敗フラグが立っていたとしか・・・)
松本21時06分発。長野22時17分着、泊。
宿に入ったスシとマヤは、視聴タイムカード式テレビの前にいた。年末恒例の漫才番組に、クモヤとクモルがアシスタントとして出演すると聞いていたが、宿に入るのが遅くて見損なった。仕方なく後続の関連番組を見ていた。
「スシだけど、でもクモヤさんの芸名がクモルで、クモルさんの芸名がクモヤって、どういうつもりなんだろうね? ますます妙ちきりんな」
「マヤとしては、なんかわかる。お互いに芸能活動のときは日常を離れたいけど、でも、すごく離れるのはイヤなんでしょ」
「双子の心理は、わかるようでわからない」
「あ、でもスシくん、きみも実は双子だったと聞いたよ?」
「・・・」
最終日は、泥縄第一と第二のフルメンバーが、長野発6時11分の北陸新幹線からスタート。1駅で降り、飯山からは飯山線6時40分発で十日町8時30分着。ここで4時間ほど空いて、十日町12時33分発で越後川口へ。乗車券は十日町で終わりだが改札は出ず、乗り越して新潟を目指す計画だ。
「柏崎経由は一筆書きのためだったので、もはや行く意味はないけど。越後川口から普通に、長岡ー東三条ー吉田、そこから越後線で新潟に向かったほうが近いけど。でも、あたしマヤは義理堅い女で通っているし。名物駅の青海川は通れないとしても、2駅隣の柏崎までは、行っておきたいなと」
(あれ? スシは思うけど、行く理由が、キラさんが言うのと違うなあ?)
「越後川口ー宮内ー柏崎ー吉田と行って、越後線・白新線直通で、新潟を過ぎて東新潟まで乗り越す。そこから新潟へ戻ってゴール」
「東新潟から新潟まで戻る切符が増えるから、減点1。想定としては、それだけで済むのか」
泥縄第二のメンバー全員のスマホに、クモヤからのメールが入った。ほかの車両にいたキラとクロハも、スシとマヤのところにやってきた。




