2章の5 それを知ってて、こだわったの?
スシマヤとカニオロネは、まだ暗いうちにビジネスホテルを出た。前日にゲットスリーゲームをしたコンビニで食料を調達し、この日の出発地の安城駅へと向かった。
「スシくん、早めに言っておくよ。最後のチェックポイントの大阪は、どうして選ばれたか」
「カニくん、わかってるよ。作品の主人公のニックネームと重なる、森下仁丹本社の最寄りが、大阪駅だからだよね」
「旧国鉄継承の鉄道会社7社のうち、本州に本社があるのは4社。それを全部このイベントに何がしか関連を持たせられてよかった・・・と聞いている」
「本州に4社? 写真ノルマの4社って、東、東海、西、四国じゃないの?」
スシが詰め寄ろうとしたところ、なぜかカニとオロネがキスし始めていて、それ以上聞けなかった。
「ごまかしたな」
マヤは、プンスカしているスシをなだめようとしたが、スマホが鳴ったので出た。
「はい。そう、わかった。言っとくね」
マヤが敬語で話さないので、電話の相手はクロハだとわかる。
「スシくん、きのう化身に使ったウィッグが強張ってて、なかなか髪型を戻せなくて、クロハは遅くなるそうです。三河安城から新大阪まで新幹線で先回りするから、大阪で落ち合おうと言ってます」
「わかりました。化身の備品メンテナンスで苦労掛けちゃってるなあ」
「スシくん、きのうのゲットスリーゲームはオロネちゃんに完敗でしたが、きょうは頑張りましょう」
「何を頑張るんですか?」
「や、やだ。・・・もちろん鉄路勝負ですよ?」
「でも、サポートチ―ムと離れて安城から大阪まで行くのは、ちょっと心細いですね」
マヤは真剣な顔をした。
「わたしがついていますから、大丈夫です」
カニとオロネが、スシとマヤをニヨニヨした目で見ていた。
5時23分・安城発に乗車。カニたちは、スシたちと別の車両へ行った。
車内でマヤは、スシのことを意識してしまい、言葉少なになった。スシは柔らかく笑っていることが多くなった。マヤの心にふと疑念がわいた。
(スシくんて、ほかの女のコと一緒のときも、こうなんでしょうか?)
マヤの無加工の感情が、口を突いて出た。
「スシくんて」
「はい?」
「あの、」
「はい?」
「・・・釣った魚に、エサはやらない人なんですか?」
「違い、ます。マヤさんは、オレがそういうヤツじゃないと、わかってくれてると思ってました」
「あ、やっぱり今のは忘れてください」
マヤは黙りこくってしまった。
(反省しなきゃいけないのはオレだ。オロネさんやクモルさんとのことで、マヤさんにさみしい思いをさせたんだ)
列車は名古屋に着いた。チェックポイントではないので、改札を出たり、撮影したりする必要はない。スシがマヤの手を取って降りようとしたところ、マヤはその手を、小さく振りほどいた。
スシはめげずにマヤに肩を寄せ、乗り換えホームに歩いた。
6時11分発・亀山行きに乗車。
青春18きっぷは運賃面で有利だが、今回の減点ルールでは使わないほうが無難。泥縄第二チームが採用しようとしたのは、運賃を安く上げられる一筆書き切符。乗車券を1枚にまとめられるのも有利だ。一筆書きは同じ駅を2回通れないので、亀山から名古屋に着いてからは関西本線で大阪へ。帰りは東海道本線、高山本線、太多線、中央本線を通り、名古屋を迂回するのがミソ。
ところが、出発の前日にマヤが窓口で切符を買おうとしたところ、新潟ー大宮ー鶴見ー安城ー大阪ー米原ー岐阜ー美濃太田ー多治見ー松本ー長野ー飯山のあと、越後川口の手前で乗車券発行端末が計算続行不能になった。通常は計算不能を回避するため、どこかの経由地で切符を分割するのだろう。泥二チームは飯山ー新潟の切符追加の減点1を避けるため、切符は飯山までで、新潟まで乗り越し清算することにした。しかし飯山では新幹線から在来線への改札を通る必要があり、飯山止まりの乗車券は回収されてしまうので、窓口に無理を言って飯山線・十日町まで発券してもらった。
乗り越しには学割が利かないので、長距離ほど営業キロ当たりの運賃が安くなるという一筆書き乗車の利点を、最大限に生かすことはできなかった。
スシとマヤはシートに隣り合って座った。言葉を交わすでもなく、ただじっとしていた。
列車が弥富を過ぎると、突然マヤは席を立った。
「?」
5分くらいで戻ってきたとき、クロハ書記次長になっていた。前日にクロハ書記次長が現れたときは、当日のクロハ本人の服を着ていたが、このときのクロハ書記次長は、さっきのマヤの服そのままだった。
「あれ、マヤさんはどこに行ったの?」
「しらじらしい。わたしはマヤでないけど、マヤでもあるのを知ってるくせに」
「このツアーには、クロハさん本人も参加しているんだけど」
「あのコは、運賃勝負で不利になる新幹線を使ったから、即刻チームから外しましょう」
「チームのために働いてくれて、遅れたんだよ? なんですか、その言い方は」
「クロハ書記次長に化身するために、この列車が三重県に入るまで待ったのよ。東海道新幹線はどう頑張っても三重県は通れない。他県なら、重なりを気にせず化身できるから」
「クロハさんの方は、マヤ副会長になってないの?」
「この化身は完全にこっちだけの都合だし、離れていて服も交換できないから、連絡してない」
亀山で乗り換え。8時03分発。
「わたしは、普段から化身に打ち込みすぎると言われていたけど、さらに目の前で、スシとよその女のキスが続いて、どうかなってしまったよ」
「どうなったの?」
「マヤでもクロハでもない人格に、体を乗っ取られてしまったの」
「それは大変だ」
「リアクション薄いわね」
「いやあ、困った困った」
「何それ、ふざけてんの?」
「ごめんごめん」
「次に進むわよ。ねえスシくん、わたしが普段、めちゃめちゃしゃべるから、わたしといると疲れたりしない?」
「クロハさんから何か聞いたの? いや、疲れないけど」
「ねえ、わたしとクモルと、どっちが好きなの?」
「うーん。そう迫られると、隠しておいた言葉が、」
「なに? ワクワク系? それともガビ―ン系?」
「まあ、あなたがマヤさんとは別の人格なら、言っちゃおっか。実はオレは中学の時、吹奏楽部の部長だったクモヤさんが、ちょっと好きだったんだ」
「クモヤさん! ま、まあ、ステキだからね、あの人は。わかるよわかる。で、で、クモルのことはどうだったの?」
「まあ、いわゆる特別な先輩。でもクモヤさんの妹だから、本気になってはいけないと思ってた」
「自意識過剰じゃない?」
「そうかね、でも、そんなもんでしょ」
「いまスシくんにお熱のクモルだけど、もしそのとき言い寄られていたら、どうなってた?」
「そんなことされたら、クモヤさんをあきらめて、余裕で落ちてたと思うよ」
「双子のどっちでもいいのかよ!」
「でも、言い寄られないよ。中学って、そんなにラブラブファイヤーになるところじゃないし。女子は友チョコばかりで、男子にはくれないもんだし」
「でもクモヤがそのとき、10年間で最高にうれしいことをしてくれたのが、スシくんだと気づいていたら。考えるだに恐ろしい。じゃ、じゃあ、わたしとオロネちゃんだと、どっちが好き?」
「う」
「どうしたの? なぜ黙る?」
「いや、オロネさんのことは、正直、」
「おや?」
二人は加茂で9時41分発に乗り換えた。
「おや?」
「列車を乗り換えたのに、クロハ書記次長は、はぐらかされないなあ。しょうがない。その、オロネさんは、確かに校内の男子人気ナンバーワンの人ではあるけど、彼氏がいるでしょ。だから、オレは恋愛対象と見たことはないけど」
「ないけど?」
「カニくんには、オロネさん以外にも好きな人がいることと、オロネさんもカニくんと将来を縛り合わないと言ったのは、心に響いてる」
「オロネちゃんはスシくんに、遠い島で一緒に暮らそう、とまで言ったよね」
「よく覚えてるね。化身の秘密が明るみになって、学校にいられなくなったら、だけどね」
「うんうん。・・・。え? カニくんにはオロネちゃん以外に好きな人がいるの? 誰?」
「ごにょごにょ」
「えっ」
1分ほど、沈黙が続いた。
「でも、それはちょっとすごい話かも」
「でしょ?」
「で、スシくんは、それを知ってて、二人の同時移籍にこだわったの?」
木津9時59分発に乗り換えた。
「じゃあスシくん、あの二人がもし別れて、オロネちゃんがスシくんに言い寄ってきたら?」
「そのときマヤさんに振られてたら、確実に落ちるだろうね」
「落ちてばっかりじゃん! スシくんを、わたしから振ることはないから!」
「でも、あの二人、次善の策みたいに付き合ってると言いながら、すごくアツアツなんだよね」
「相性がよほどいいのかしらね。そういうものなのかもね」
「オレも結構なこと言ったんだから、クロハ書記次長も、何か秘密を話してよ」
「えー。どうしようかな。じゃあ、じゃあね、わたしが初めてデートした相手は誰でしょう?」
「その口ぶりだと、オレじゃないな。『わたし』ってマヤさんのこと? それともクロハさん?」
「クロハの初デートの相手は、スシくんだよ。マヤについて考えればいいよ」
「そうねえ、そんなわけないだろうけど、タキ氏とか」
「怒るよ」
「ごめん。えーと、」
「女子は数に入れないわよ」
「意外とカニくんとか?」
「正解」
「えーーっ!」
「高校生にもなってデート未経験というのは、いかがなものかと思って。それと、前期に生徒会長代行を務めるにあたって、彼氏彼女がいる生徒の心情も理解できるようになりたくて、オロネちゃんに頼んだのね」
「えー、オロネさんは、ついてきたの?」
「いや、来ない」
「えー、じゃあ『疲れたの』『休んでいこうか』的なのも?」
「何を言いやがる、スシくん絶対泣かす! ぼかっ!」
「うえーん。て、物理的に泣かすんかい!」
「そういうのないわよ。デートって言っても、1回外で会ってお茶しただけ。二人きりではあったけど、普段と全然変わらなかったわね」
「カニくんのことは・・・」
「カニくんを忘れようとか、全然なかったなあ。そんなふうに思ってないし。すぐスシくんが来て、好きな人はわたしだって言ってくれたし。わたし、意外とチョロいのかな」
クロハ書記次長は、スシをいたずらな目で見た。
京橋11時10分発に乗り換え。
スシとクロハ書記次長は、また見つめ合った。
「なんか、わたしはこっちのキャラの方がラクだな。ねえスシくん、マヤと別れてさ、」
「え?」
「わたしと付き合わない?」
「ええー?」
「本気。スシくんも、実はこっちのキャラの方が、相手にしやすいんじゃない?」
「ええー? でも化身の道からすると、オレに言い寄ったのがクロハ書記次長でも、実際に付き合う義務があるのは、クロハさん本人になるのでは?」
「そんなの、クロハがかわいそう」
「逆に、クロハさんが『スシくん、じゃあ付き合おうか』と言ったら?」
「だめ。認めない」
「マヤさん本人はどう言ってるの?」
「アレは『いやです! わたし絶対にスシくんと別れません!』って言ってる」
「いまのセリフ、伝聞のふりをしてるけど、どう見ても本人としてでしょ。一人で複数のヒロインを演じ分けているようで、そうではないようで」
「外見はクロハ書記次長だけど、マヤでもクロハでもない別の人格が、言っていると思ってちょうだい」
「勝手だ」
「オレはあなたが好き。クロハ書記次長も、マヤさん本人も、別キャラも、マヤさんはマヤさん。全部好き」
「スシが言ったと思わせて、クロハ書記次長が自分で言ってるし」
「じゃあ、スシくんが自分で言ってよ。内容は違くてもいいからさ」
「え・・・」
「何でもいいから、自分の言葉で」
「うーん、」
「ねえねえ」
「うーん・・・」
「ねえねえ」
「じゃあ、もう、今のクロハ書記次長が言ったのでいいよ」
「え・・・」
乗客が多くないのをいいことに、クロハ書記次長はスシに体を寄せ、顔に顔を近づけた。
ニヨニヨ
二人のシートのすぐそばに、いつの間にかキラが立っていた。クロハ書記次長は寸前でピタッと止まり、硬直した。
「あー、いいな。あたしもスシくんとキスしたいな」
「キ、キラさん! 新幹線で新大阪に行ったんじゃないの?」
「ウィッグの調整で遅れたのはクロハちゃん一人。あたしはずっと同じ列車に乗ってたのよ」
「なんで潜んでいたの?」
「マヤちゃんがスシくんにキスをねだるとしたら、本人の姿か、化身か、見極めたかったから」
クロハ書記次長は能面のような表情のまま、化粧室で化身解除して、マヤ本人に戻った。
11時16分、大阪に着いた。到着ホームにクロハが待っていた。
「やっと全員が同一行程になれました。このあと大垣まで行ってお昼ご飯です」
こう言って仕切っているクロハだが、マヤ=クロハ書記次長の思惑によらずとも、減点回避のため、最終的なチーム構成員には残れないことが確実になった。
改札を出て駅名表示を撮影。これで全6チェックポイントをクリアした。残るミッションは、旧国鉄を継承した鉄道会社7社のうち4社目の駅を撮影し、出発地へ戻ることだ。




