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第二八話 山羊教会



 血糊を落とした女はソファーに座って茶を啜りながら、とにかく落ち着きが無かった。


 爪先と踵で絨毯をポスポス叩き、音が出ないと知るや椅子の脚をコツコツ蹴って左右に揺れる。


 腰や肩を細かく揺すって寛ぐものだから、手に持つカップの中で茶がバチャバチャと波打ち、縁から溢れて机がビチャビチャになっている。


「山羊教会じゃと? それがテロリスト集団の名か?」

「メェメェ鳴きながらそう名乗ってるんですよ〜。女神教会に対する当て付けかもって話ですけど失礼しちゃいますよね? こっちは世のため人のために頑張ってるんだよって言ってやってください。ちなみに本当にメェメェ鳴くわけじゃないので――熱っ!? 私はもう少し温めのお茶が好きです」

「……少しは落ち着かんか。協力を仰ぐならまとめてから喋らんかい」


 11番目の異端審問官ということは、エルフと名乗るこの女より強い人間があと10人は居ることになる。


(隙はあるけど一撃じゃ無理だ)


 おそらく体術はベルさんと大差無いレベル、むしろベルさんより弱いくらいだが、先ほどの魔法には驚かされた。外傷のみならず骨や内臓に負っていた深刻なダメージが瞬く間に全快してしまったのだ。


(普通の生体魔法じゃない……)

 

 断じて自己治癒力の増進などではない。生き物のあるべき流れを無視した変な治り方で、あんな風に治ったら負傷時と同等の痛みを伴うだろう。


 体は正直に苦痛を訴えていたし、女自身も痛がっていたが、その陽気さで他者の目を欺いているのか。


 本質を見誤っているような気がする。


 肉体の発する音から体内で起きている変化を把握できる僕には、エルフの生体魔法が奇妙で仕方なかった。


「其奴らが中継島に入ったことは間違いないんかのう?」

「それがよくわからないんですよ~。どこにいるんでしょうね?」

「貴様……ふざけとるんかの~う?」


 閣下にしては珍しく苛立ちも露わにエルフを詰問する。


 個船からの異議や疑義に加えて自治部会からの規制緩和要請など、山ほどの申し立てを蹴りながら出入港を制限している駐留艦隊の立場は悪くなるばかり。


「どの山羊もパっと見た感じじゃ普通の平民らしいんですよ。私もそんな連中がいるなんて全然知らなかったですし。低解像度の写真だけ見せられて『消せ』って言われても困るってなもんで」

「困っておるのはわしらの方じゃ!」

 

 海千山千の商人や船員の気質を考えれば反乱すら起きかねない状況だと、この陽気な異端審問官に危機感を持たせようとした閣下の暑苦しさも無駄に終わった。

 

「ふぅ……異端審問官に何を言うてもダメじゃな。わしらで探し出すとしよう。とりあえず写真を寄越せぃ」

「それはいいですけど~、こんな感じになっちゃいました。テヘペロって」


 エルフが黒衣の胸元から取り出した『シャシン』は血でぐっしょりと濡れて赤く染まった転写紙だ。


「ダメじゃな。ただでさえ荒い像が血で滲んでおるわい」

「大丈夫ですってば。私の頭の中にはしっかり入ってますから。大船に乗ったつもりでいてくださ〜い」

「ならば似顔絵でも描いて見せぃ」

「おっまかせ〜。ふんふふ〜ん♪ 私の芸術作品をお目に掛けまっしょう〜」


 魔堰には必ずその名称や用途が記録されており、転写魔堰を接触させて使うとその内容が転写紙に記載されるが、この転写紙というのが僕の理解を超えたシロモノだった。


「アイゼ。シャシンって何だ?」

「目の前の風景を写した転写紙だ。映写魔堰という新造魔堰を使うからヤクトが知らなくても無理はない」


 転写紙は転写魔堰から1枚ずつ吐き出されるが、転写紙自体は誰が造っているわけでもない。


 魔堰の中で自動的に生産されているらしいが、紙の原料を補充する必要もない。


「なんでだ? ベルさんも教えてくれなかった」

「たしかに不思議だが……私に聞かれても困るぞ。ティタンは知ってるか?」

「いえ。転写魔堰とはそういうものだとしか。魔堰錬成に関する情報は魔堰研が独占している状況ですし、原材料も含めて帝国が他国に開示することは無さそうです」


 魔堰の作動原理や構造は調べようがない。分解しようとすれば丸ごと砕けて砂に変わるからだ。したがって、転写紙の用途説明以上の事は何もわからない。


 古代の遺産が容易に解析できてはつまらないと言うティタンは在学中にその方面も学びたいらしいが、国の秘密情報が学生に下りてくるとも考えにくい。


「魔堰錬成は世界に普及しなければならない。近い将来、何としても皇室を説得してみせよう」

「造り方を知ってるのは魔堰研究所だったか?」

「転写魔堰が転写紙を吐き出す様子を見ていた研究員は閃いたそうだ。転写されるものが取扱説明に限られる必要はないだろうとな」


 そのような経緯を辿って、転写魔堰と併せて使う映写魔堰が発明された。


 現在は出力される転写紙に防水機能を持たせるための改良が進められているという噂があるらしい。


 その研究員であれば僕の疑問にも答えてくれそうだが、魔堰開発の最前線で働く人材は非公開となっている。映写魔堰も誰が造ったものなのかはわからない。


「現時点では使い勝手が悪すぎる。物好きの道楽にしかならないだろうな」

「いえ義姉上。瞬時に現場を保存できるのですから諜報にはもってこいです。有力な証拠にもなり得ます」

「完成〜! パチパチパチ〜!」

 

 写真について語り合っているうちにエルフの似顔絵が出来上がったようだ。


 子供が描いたような人の顔らしき絵を並べられて頭を抱える閣下を前にし、エルフは手の甲に載せたペンをくるくる回して遊んでいる。


「……なぜ足取りを追えんかったのじゃ? 飛行魔堰なら補足できたであろうに」

「山羊教会の一部が大陸から逃げたのはもう何年も前の話ですよ?」

「なんじゃとぉ!?」

「教会も知らなかったんだから仕方ないじゃないですか。むしろ何で急に? コレって私の任務? 今はそういう気持ちで働いてます」

 

 本国からの情報には大きな誤りがあったようだ。だったら今さら中継島を封鎖しても意味は無いのではとも思うが、テロリストが中継島に軸足を置いて活動を続けていることは間違いないらしい。


「なぜ言い切れるんじゃ?」

「情報部が新情報を掴んだらしいんですよ。それで山羊教会の目的も見えてきたとか。ほら、例の大規模破壊工作ってやつです」

「その目的とは?」

「私もよくわからないんですけどぉ〜、魔堰研から危ない魔堰が奪われたって聞いてます。それで情報部が慌てて助けを求めてきたって、猊下も困ってました」

「魔堰研ということは新造魔堰かの?」

「それが兵器に転用できるシロモノで……ちなみに改造魔獣じゃないらしいから怖がらないでね〜? ボクぅ〜?」


 急にこちらへグリンと顔を向けたエルフは愛想良く笑いながら、覇気を放ってきた。


 パァンッ――!


 ハリッシュとアユーがビクついたので即座に散らす。


 他人の覇気を浴びて気を乱すようではまだまだ精進が足らない。アイゼのように気を逸らせるぐらいになってもらわねば。


「なになに!? なに今の!? 妙に強い子が居るなぁ〜とは思ってたけど! 何かな今の!?」

「其奴らには聞かせても良い。子供ながら強者揃いじゃ。ハリッシュなど魔力容量70超えじゃぞ? わしもびっくらこいた」

「70!? えっ!? ワァーオ! 私より断然スゴいじゃん! で? どの子がハリッシュ? さっきのパァン君?」


 エルフはハリッシュの魔力容量を聞いて陽気に驚愕しているが、閣下の方はびっくりしたと言う割に落ち着いている。


 僕からハリッシュにエルフの興味を逸せる――そのためだけに70を持ち出したようにも聞こえた。


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