第二七話 陽気な女
閣下の体験談はなかなかに興味深いものだった。
読み物と噂でしか知らなかったが、僕の離脱後の大陸は想像以上に混沌としていたようだ。
あの教皇がそこまで状況を悪化させてしまったとは信じられないが、その場に居れば死ぬまで働き詰めになっていただろう。
早々に殉教しておいて正解だったかもしれない。
「学園にはわしの曾孫も居るでのう! よろしく頼むぞぃ!」
閣下はニイタカ・ホヅミのダメなところを暑苦しく語り終えると、一転して孫娘が産んだ曾孫を自慢し始めた。弛み切った好々爺の顔はさらに暑苦しい。
「モーガンはええ海兵になる! 父親のヘタレた根性を受け継がんかったからのう! ガハハハハっ!」
「義姉上……モーガン殿といえば……」
「あの暑苦しいヤツか……思い出すだけで暑苦しい。良かったなティタン。同輩だぞ」
「入学してまだ1年じゃというのに決闘の勝ち星は20を超える逸材じゃ! 共に切磋琢磨するが良い!」
曾祖父がこれなら学園で待つ熱血漢も相当だろうと予想は付く。モーガン・ノーマンという同い年の少年にヤクトも興味を抱いた様子だ。
「決闘って何だ? ソイツを倒せばいいのか?」
「ヤクトはダメじゃ。お主の決闘は禁ずる。わしには何の権限の無いが、教師陣に言うとくからのう」
「……教師を倒せばいいのか?」
違った。興味を引いたのは決闘の方だったようだ。
「教師を倒してどうすんじゃい! よいか? そも魔法学園とは――」
神聖ムーア帝国立魔法学園――新暦2年に創設されたばかり教育機関であるが、元々このトティアスに国が主導する教育体制など存在しなかったのだから歴史が浅くても仕方ない。
世界各地の人魔戦線が長引く中で魔人と戦える人材の育成は人類共通の急務だったが、帝国の被った人的被害は大きすぎた。
大人たちは国の立て直しに奔走し、混乱する世界の中で覇権を維持することで手一杯。そうする内にも魔人の巣窟となったラクナウ列島では半魔獣が増え続け、水棲の個体は世界の海に散ってしまった。
何処もかしこも深刻な人手不足に喘ぎ、以前のような封建社会でのんびりと子供を育て、貴族は貴族に、漁師は漁師にと家業を継がせる時代は終わりを告げた。
「大陸中から子供を掻き集めて食わせ、同じ土俵で育てたのじゃ。貧困程度で無意味に死なせとる場合ではないとな」
貴賤の別なく拾える才能はすべて拾い集め、学園卒の肩書きを持たせることで各分野の要職に捻じ込む。
見切り発車の新制度は開始から数年は成果が上がらず、先代皇帝が責任を取って退位してまで存続させたことで学生側に意識改革が起こった。国を挙げての大混乱と産みの苦しみを経て、帝国は生まれ変わったのだ。
「もちろん学内でも大混乱じゃ。貴族と平民の喧嘩など日常の一幕じゃし、貴族社会の因習に縛られる子らも多かった。そんな環境で実力主義を押し付けられ、キレた一部学生が生み出したものが――決闘じゃ」
決闘とは、魔法学園内部にいつの間にやら誕生し、なし崩し的に黙認されている学生同士の私闘を示す隠語らしい。
当初は専ら喧嘩の解決手段として用いられたため単純な格闘戦や魔法対決などが多かったが、年を追うごとに決闘の様式は複雑化し、今では様々な分野で何かを賭けて勝負するイベントのようになっている。
「アイゼも決闘したことあるのか?」
「まぁな。決闘の結果には必ず従わなければいけないから、調子に乗ってるヤツを調伏するのに便利ではある」
「なるほど……そういうことか」
ヤクトは何か勘違いをしている。アイゼの『調伏』という文言を切り取って自分の理解として落とし込んだに違いない。
どうせ決闘は手段でしかないから禁じられても問題ない。要は相手を調伏できればそれでいいとか考えているのだ。あの男が島の大型にそうしていたように。
「閣下。ご歓談中に失礼します」
「……なんじゃい」
モーガン少年が決闘でどのような勝利を収めてきたか、ノックの音にも気付かず上機嫌で語り続ける閣下は、構わず入室して曾孫の武勇伝をぶった斬った部下に胡乱な目を向けた。
「閣下に急患です」
「キューカンって何じゃ?」
「急を要する患者の略称です」
「わしゃ、いつから医者に転職したんじゃ?」
「そうは申されましても『閣下に会うまで治らない』とのことで……いかが致しましょう?」
この男は海兵ではなく駐在大使としての閣下の部下らしい。帝国政府から派遣された文官とのことだったが、僕から見れば物腰からして只者でないことがわかる。
「何じゃそりゃ? 会うまで帰らんというのはよう聞くがの」
「瀕死の女ですが、陽気に訪ねてきました」
益々わけがわからない。瀕死なのに陽気とはこれ如何に――と思ったのも束の間、僕の脳みその片隅でホコリをかぶっていた記憶が蘇ってきた。
そういえば、この島に来ていたのだった。当直の部隊が全滅する前に迎えた方が賢明だろう。
僕も逢いたくはないが、どうせナレーションは誰にも届かず、何者もナレーターに干渉できない。だから僕は平気だ。
「こ〜んに〜ちは〜!」
扉をリズミカルにコンコンコココンとノックする女の声が廊下から聞こえてきた。
遅かったらしい。可哀想な海兵たちは虫の息だろう。
「あれあれ〜? ブリエタース・ノーマンさ〜ん! いらっしゃいませんか〜ゲフッ!? アタタタっ! 肋骨が肺に刺さっちゃった〜!」
「……………………入れ」
閣下は全員を扉と反対側の壁際に寄らせて、聖痕を走らせ『風刃』を準備してから入室を許可した。
「おっじゃまっしま〜す!」
バタンと扉を開けて入ってきたのは血塗れの女。くるくると陽気に踊りながら鮮血を撒き散らす見るからに頭のおかしいヤツだった。
「ヤクト。待て」
「……わかった」
閣下が『風刃』を放たずに解いたことでヤクトも先制攻撃を控えた。
それでいい。この女との近接格闘は無意味だ。
「その漆黒の法衣……異端審問官かのう?」
「はい、そうです! 私が噂の異端し――ゲブォオ!」
「絨毯を汚すでないわい。もう会うたじゃろ」
「ゲフゲフっ! ごめんなさぁ〜い! 今すぐ治りますから許してくださ〜い――ねぃ!」
踊りが佳境を迎え、片手を腰に当てて天井をビシっと指差すポーズを取ると聖痕が走ってパッと光り、飛行魔堰からの転落で生じた負傷をパッと治癒した。
「異端審問官! 第十一席のエルフでっす! 永遠の29歳独身! 結婚しないのって? 絶対しないと誓ったのです! 私は一途な女なので! えっへん!」
「兵らは?」
「皆さん寝てるだけですから心配ご無用! 練度はそこそこ高いですね! 本国の第三艦隊に比べれば!」
しゃべるのが大好きで片時も黙ることができず、人の話を聞く時も陽気にしていなければ聞いていられない。
エルフは総本山に戻ると必ず僕に逢いに来て、どうでもいい話を延々と聞かされた。何処に隠れても、任務中でも、樹海に逃げ込んでも絶対に見つかって絡まれるので精神的に参ってしまう。
「それより聞いてください酷いんですよ? 痛いよ〜痛いよ〜って痛む身体を押して歩いてきたのに、お宅の兵隊には人の情けってもんがまるで無いんです! 海兵って冷血漢じゃないと思ってたのに私は残念でなりません! ぷんぷんっ!」
「用向きは何じゃ?」
「残念な気持ちを歌にしてみました。聞いてくださいこの想い『私は残念です』……ズンチャ♪ ズンチャ♪ ズンチャ♪ ズン♪ とってもとっても♪ とっても残ね――「さっさと言わんかぁ!」」
「ズゥ〜ン。そのお歳で生き急いでどうするんですか?」
本当に余計なことしか言わない女だ。
ちなみにエルフが29歳のはずはない。見た目は昔と変わらないが、10はサバを読んでいるとだけ言っておこう。




