第二六話 大英雄の最後
「その時じゃ、ホヅミが走ってきよった」
西の地平線から走ってくる人影を大勢の兵士が目撃している。
「ちょっと待て。地平線にいる人間が肉眼で見えるわけないだろ」
「鋭いのぉ。まぁ、アレは大っきくなる概念魔法じゃろう……たぶんのう」
大英雄は普通に走って現れた。
頭には見慣れない白くて丸い兜をかぶり、角張っているが柔らかそうなオレンジ色の鎧を着ていた。
ただし、黒い靴底は帝都の防壁ほどに大きかったと言う。
「ホヅミは奇襲を仕掛けて大魔人に体当たりをかまし! 腰にしがみついて勢いそのまま! 北方大運河までぶっ飛ばしたのじゃあ!」
「「おおおおおおおっ!」」
ようやく大英雄の登場だが、僕なら発勁の一撃で挽き肉に変えているだろう。
そして、閣下の語り口が盛り上がったのもこの奇襲シーンだけだった。
「ただのぅ……凄かったのは初撃だけじゃった。ホヅミは戦いに関しては素人じゃったし、本当にただ大っきくなっただけじゃった」
「「……え?」」
「ショボいな」
やはり名前負けもいいところだ。
ただし兜には変な効果があったらしく、大魔人の打撃を正面から受けて衝撃を吸収しつつ弾き返す謎の反発性を見せた。
「ホヅミも後から気付きよった。兜を手に持ち替えて……武器代わりじゃ。へっぴり腰で体重も乗っておらん素人の拳打が何故か効いておった」
大陸北方を舞台とした超大型生物同士の近接格闘戦は唐突に始まった。大地を揺るがし、山を踏み潰し、溜池を埋め立てながら何時間にも渡って延々と続いたと言う。
「敵は再生するんじゃないのか?」
「……そうじゃ」
だから、血を流して負傷が増すばかりの大英雄は敗色濃厚だった。
援護しようにも概念魔法『大っきくなる』で巨大化した大英雄は極度に声が大きく、また耳は遠かった。
人間がノミの大きさに見えたであろうし、近くにいれば踏み潰されても気付かれず、そうでなくとも足踏みの衝撃で吹き飛ばされる。
ありったけの砲魔堰と砲弾を馬車に積んで無理やりに戦線を押し出し、2体の挙動と距離に注意しながら、大英雄の足によじ登って邪魔する魔人群を抑えるだけで精一杯だった。
「その移動砲兵隊が現在の帝国陸軍の主力、戦車部隊の前身じゃ。ホヅミと共闘したことが彼奴らの誇りらしいが……アレを共闘とは呼ばんじゃろう」
興奮から冷めた様子のティタンとハリッシュはハラハラして聞いているが、その体たらくで一体どうやって勝ったのか、僕も不思議だった。
「夜中に西の空から太陽が昇ったんじゃ」
そこから先は実際に目撃した閣下にもわけがわからないと言う。
帝都から見て西にはパルム大湖があり、その対岸には女神教会総本山の座する聖都があり、その向こうには樹海と現在のタミアラ自治区もある。
誰の仕業かわからないが、大陸西部の何処かから打ち上がった火の玉が破裂するや、太陽が出現して大陸の夜が昼に変わったと言うのだ。
「青空から酒瓶が降ってきたんじゃ」
天空の雲を突き破って落ちてきた巨大な酒瓶が大魔人を直撃し、叩き潰して大地に散らばる挽き肉へと変え、割れることもなく忽然と消えた。
大英雄が放ったトドメの一撃――概念魔法『大魔人クラッシャー』であるとされているが、閣下は絶対に違うと断言する。
「たまげた様子じゃった。数秒後にごちゃごちゃと叫んで、何やら思いついたように技名を唱えたんじゃから、アレはホヅミの魔法ではない」
大陸北部の銘酒『大魔人ころし』はこうして生まれたらしいが、要するに誰かがお遊びのように行使した大魔法に助けられ、あまつさえ自分の手柄にしただけなのだ。
「くだらない。何が大英雄だ」
「たしかに英雄となれるような器ではなかったが……ヤクトならどうするかの?」
「僕なら最初の不意打ちで終わってる」
「そうではなくて、倒した後の話じゃ」
潰された大魔人に再生の兆しは無かったが、しかし大英雄は大っきくなったままだった。
「なんで戻らなかったんだ?」
「それは誰にもわからんが……わしは戻れなかったのでないかと思うとる」
大魔人という脅威が消えて、その後に取り残された大英雄。もし自分がその巨人だったどうするか。
その問いに僕は即答できなかったが、わかり切っている結末は見えた。
「どうやって殺したんだ?」
ティタンやハリッシュが僕を責めるような目で見るので『黒いの』の様子を確認すると、笑顔も気配も匂いも変わっていない。
「大魔人と同じくらい危険だ。けど、ずっと殺しやすい」
一安心して続けたがティタンの目つきが険しくなっただけで、閣下は動じず頷いた。
僕の判断は自然なものだったようだ。ティタンが甘いだけで。
「同じように考え、弔おうとした者がおったのだろう」
大陸を照らす太陽が大英雄を目掛けて落ちてきた。周囲の人間どころか、大陸北部を丸ごと道連れにするような無茶苦茶な攻撃だったが、閣下はそれでいいと思って覚悟を決めたらしい。
「ところがじゃ。大魔人の骸に変化が起きた」
広大な青緑の湿原と化していた大魔人の血肉が真っ白な砂に変わり、白い大地に真紅の聖痕が駆け巡った。
すべての白砂が寄り集まり、盛り上がって粘土細工のようにカタチを変えて、やがて人のカタチを成した。
「白い女じゃ。大きさ以外、姿かたちは普通の人間じゃった」
「……錬成魔法でしょうか?」
「人形ではない。しかと生きておったよ。大魔人と同じように胎が膨らんどっての……巨大な人間の妊婦じゃ」
そして、一帯に『消える領域』が顕現した。
落ちてきた太陽は上空でパッと消え失せた。
「消える領域ってなんだ?」
「ホヅミの持つチカラじゃ。あらゆる攻撃魔法が領域の境で消えるというものじゃが、姫殿下はよく知っておるじゃろ?」
「はい。裏の入学試験としても有名です」
「入学試験か。なるほどのう……我慢ならん者もおるじゃろう」
僕たちの中で知っている――感じたことがあるのはアイゼだけだが、大英雄と大魔人の戦場一帯、旧帝都、さらには大運河流域を包むように顕現した『消える領域』には覇気のような独特の気配があり、それに耐えられない人間もいるのだとか。
「やはりアレは大英雄殿の気配なのですか?」
「そうじゃが……人間に放てるようなものではない」
「変な覇気に耐えるのが試験って……ヘクサ・オルターと同じじゃないか」
「ヤ、ヤクト……っ!」
ティタンが肘で僕の脇腹を小突いてきた。
「――ぬあっ!?」
敢えて受けて、肘が曲がらなくなるツボを押してやった。
「ま、曲がらない! 肘が曲がらないぃ〜!」
「膝よりマシだろ」
「戻せ! 今すぐ戻せ〜!」
「左腕だ。弓の精度が上がる……たぶん」
「ガハハ……面白いの〜。ヘクサ・オルターの銘を知っておるのか?」
大英雄にも古代語が聞き取れたらしいので縁の深い人間なら知っていても不思議はないが、少し迂闊だったろうか。
この老人の直情な性質はわかりやすくて助かるが、気を許し過ぎたかもしれない。ティタンの肘は後で戻してやろう。
「アレも浪漫……とは言いがたいもんじゃが、お主らはまだ若い。己れで見定めるがよいじゃろう」
「……聞かないのか?」
「何かの拍子に裏を知る。それが真か否かはさておき、世の中そういうこともある。それよりも……ヤクトならどうするかの?」
また同じ問いかけだ。試されているような気もするが嫌な感じではない。
「デカい女は暴れたか?」
「いや、大人しかったのう。わしの目には大魔人とは別モノに見えたが……」
「なら生かしておく。残りの魔人を潰すのが先だ」
「……」
「あとは水と食べ物だ。パルム大湖は譲らない。食料は大型海獣を狩ればいい」
「……」
「戻る方法が見つかったら、準備を整えてから女を殺して終わりだ」
僕ならどうするか。閣下は黙ってその考えを聞き届けると、暑苦しく破顔して僕の頭をガシガシ撫でた。
敢えて避けなかったが、気を許し過ぎだろうか。
「本当に強いのう! お主ならやれそうではある! ガハハハっ! うむ! そうでなくてはいかん!」
満足した様子の閣下はこのまま語り終えそうな雰囲気だが、大英雄の選択をまだ聞いていない。
「あの馬鹿者はバカじゃ!」
「そりゃ馬鹿者ならバカだろう」
大英雄は『消える領域』の顕現とほぼ同時に白い女の頬を撫でて、普通におんぶして夜の海へ立ち去ったそうだ。
「わしの孫娘をくれてやったというに! 孕ませた挙げ句に放っぽり出して勝手に逝きよった!」
飛行魔堰で追いかけた帝国情報部の人間が捜索するも、大陸海溝の海上に浮かぶオレンジ色の鎧だけが発見された。水に浮かぶ鎧の大きさは普通の人間サイズに戻っていて、それ即ち魔法の効果が切れたということになる。
「何が大英雄じゃ! あんのスケコマシがぁ!」
大陸西方に広く連なる海溝は大型海獣の巣。
大英雄、もといスケコマシは白い女とともに深海へ沈み、海獣の餌になったということだ。




