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第二五話 大陸人魔戦記



 大陸人魔戦線の始まり。


 海を渡った魔人の群れの先鋒がムーア大陸北岸の広い範囲に上陸し、海岸の防衛線は僅か3日で突破されて内陸への侵入を許してしまう。


 この時点で沿岸に領地を持つ貴族家の多くが潰れた。


「ほとんどノーマンの派閥貴族じゃ」

「敗因は何だったのですか?」

「負けを認めず逃げなんだ。それに尽きるのう」


 当時の帝国はガチガチの封建社会で下剋上などという言葉は無く、貴族は先祖伝来の領地と家格を守ることが命より大事だった。特にノーマン派閥には間違った脳筋貴族が多くいたため、無駄に将兵を死なせて敵を増やす結果となった。


「敵が増えたとは……何故でありますか?」

「要するに第一世代の半魔じゃな。1万年ぶりの魔人襲来じゃぞ? 最低限の生態は教会から周知されとったが、初めから戦術に落とし込むことなぞ不可能じゃ。まともに戦えたのは異端審問官のみじゃった」

 

 初期に上陸した魔人は好戦的ではなかったが、非常に精力的であった。


「「……精力的?」」

「知っとるじゃろう? 魔人は雌雄の別なくあらゆる異種生物を孕ませるとな。戦死者の大半は悲嘆に暮れての自殺か、あるいは戦友による介錯じゃったそうな」


 僕が思っていた敵と違う。強靭な薄紫の皮膚と普通の動物より硬質な骨を持つタフな化け物とは聞いていたが、タフネスの方向性が違う。


「5メートルの巨躯が10メートルも跳ねて、上から大量の白濁液を放ちよる。生身で浴びたら行動不能じゃ」

「……毒ですか?」

「違うのう。特殊な媚薬成分を含有しておると最近の生理研究で判明しとる。死にはせんが……自力ではどうにもならん。退避できねば苗床まっしぐらじゃ」


 なんだそれは。そんな面白い遠距離攻撃をしてくる生き物がいるのか。


 アイゼとアユーが1歩下がった。『黒いの』は我関せずニコニコしているが、遠縁の親類の話だ。


「ガハハっ! 実のところ、わしも精力魔人は知らん!」

「え? 知らないんですか?」

「大陸に着いた時には戦局が次の段階に入っておったでな。その手の魔人を相手に指揮しとったのは息子のノックスじゃし、孫のムスカは最前線でやり合うとったでの。これは又聞きじゃ」


 そんな精力魔人との間で攻撃魔法と白濁液の撃ち合いが続けられていたが、種としての生存本能をぶつけ合うような戦争も、大陸北方にあったノース遊郭防衛戦で一変する。


「最重要機密に触れる故、詳しくは話せぬ」

「早く話せ。というか大英雄は何処に行ったんだ」

「身長1万メートルの大魔人が沿岸まで迫り」

「おい閣下。大英雄は?」

「先代皇帝陛下が御自ら討伐なされたのじゃが……」


 その先代皇帝というのはかなり強いようだ。強すぎる。たぶん師匠並みに強い。


 大陸に着いても油断は禁物ということだ。


「遊郭防衛戦の魔人群の中で……突然変異が起きたんじゃ」

「ある時点から凶暴になったとは聞いたことがあります。突然変異ということは、その個体は半魔の中に生まれたのですね?」

「いや、違うのう。その変異は既存の魔人群の中で拡がりを見せ、数多の魔人がそうなったんじゃ。さらには大魔人も同じく変異し――、復活したんじゃよ」


 変異した個体はそれまでの生殖行為をやめて、人間も動物も魔人も区別なく殺し始めた。


 大魔人は自分から産まれ落ちる魔人を踏み殺すことに躍起になった。産まれる子魔人はすべて変異個体だった。


 いずれも食べるためではなく、ただ殺すためだけに生きとし生けるものを追いかけた。


「そんな生き物はいない」

「そうじゃな。生命の道理に反しとる。しかし事実じゃ」


 変異後の個体には異常な再生能力が備わり、中には頭部を潰しても脳みそから再生するものまであった。


 そうした個体は強力な熱量魔法で消し炭にするか、完全な挽き肉にするまで生き続け、ただただ他者を殺し続けた。


「そんな生き物はいない!」

「居る。事実じゃと言うとろう」


 さらに致命的な事態が起こる。変異魔人の血を浴びると人間も動物も同様に変異する。


 実戦を重ねるうちに、血液感染する病気のようなものであることが判明した。


「陸獣や海獣が積極的に魔人を襲うというのは有名な話じゃが、結果的に傷付いた大型も変異しよった。改造魔獣と同等の再生能力を持つ高脅威目標が大陸北部に多数出現したのじゃ」

「それは……もう無理では?」

「じゃな。実際に大陸を捨てて西南五島へ移住する計画が持ち上がったしのう。わしが総参謀長を止めねば、彼奴はドラントに侵攻しとったぞ?」

「「――えっ!?」」

「あっ。言うてしもうた。昔の話じゃから忘れておけぃ」

 

 敵わぬと見れば弱いところから奪い取って生き延びる。その生存戦略はよく理解できる。


 対魔人戦で消耗していたとしても、帝国にはドラント州王国を潰して土地を奪い取る程度の力は残されていたのだろう。


「大魔人が西方大運河の目前まで迫っておった。アレの歩幅なら帝都もすぐじゃ。ここで言う帝都とは今の学園都市じゃが、そこが最後の砦じゃった」

「なるほど。兵站の維持ですね? 兵糧の集積地として最適でしょう」

「そうじゃ王太子殿下。よう勉強しとるのう」

「いえ、そんなぁ〜。まだこれからです」

「チョロいな」

「チョロいです」

「義姉上はまだしもアユー! お前は何だ!?」


 帝都の放棄は大陸北方のそれと同義だったが、必死に守ったとしても時間の問題に過ぎなかった。


 大魔人の前では人間の建造物などオモチャのようなもので、高速で再生する1万メートルの超巨体を滅却できるような魔法は存在しない。


「可能性だけの話をするなら女神の裁きじゃな。サース湾を創ったとされるアレなら滅せたじゃろうが、その時点で女神は消えとったでの」

「……3千年前の伝説では?」

「閣下……よほどの機密に触れられたご様子」

「ガハハっ! 教えん! 教えんぞい! 自分で調べた方が楽しかろう! それこそが浪漫じゃ!」

「調べてもよろしいので!?」

「わしは構わん。わしはな。情報部に気取られんように嗅ぎ回ることじゃ」

「ロマンって何だ? 食えるのか?」


 ティタンとハリッシュはワクワクが止まらない様子だが、『女神の裁き』とは3千年前に叛逆者を滅したという天罰の事だ。当てにする方がどうかしている。


「つまらん奴じゃの。まあ、浪漫は蛇足じゃがな」

「それが金になるなら話は別だ」

「益々つまらん」

 

 浪漫は脇に置くとして、大魔人の他にも致命的な事態は人知れず進行していた。


 大陸北方には西の樹海を水源とする世界最大の淡水湖パルム大湖があり、その湖から引かれた水がハブ大貯水池を起点として東南北の大運河へ流れることで全土に真水を行き渡らせている。


 穀倉地帯もある東側は降水量が少なく、真水を導く大運河は帝国の最も重要なインフラと言えるのだが、主戦場が貯水池の上流だったために変異魔人の血が大運河に流れ込んでしまった。


「その水を飲むと……感染してしまうと?」

「かなり希釈されとるし、結論から申せば問題なかった。じゃが、この不安が兵の士気を下げたんじゃ」


 家族を南方に疎開させた者は通信魔堰に殺到するほどの慌てぶりだった。


 平時から錬成魔法による飲み水の成分分析は励行されていたが、戦時下に詳しい調査まではできない。


 大本営にも同様の懸念はあり、神経質になった兵士を納得させるため仕方なく『飲むと魔人化する』と石橋を叩くような情報を流すだけに留められた。


「民草相手に欺瞞情報を流すのは如何なものでありましょう? 混乱を増長するだけです」

「……変異魔人との戦闘が続くに連れ、感染して生き残った兵らに問題が生じた。これが最も厄介じゃったとも言われておる」


 ほとんどの感染者はすぐに死亡したが、中には耐える者も居た。そうした兵士は暴れるわけでもなく平静を保ち、態度や会話も普段と変わらず、不審な点は見当たらなかった。


「後方へ下がった後に、親しい者から順に殺したのじゃ」

「「――は?」」

「とても穏やかな表情で……慈しむように妻や子から殺したという」

「それが……変異?」

「肉体の再生能力は表面的なものに過ぎんのじゃ。獣や人間、果ては魔人まで……侵された者の精神が変容する病――これが人を恐れさせた」


 帝国の滅亡は誰の目にも明らかであった。


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