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第二三話 進撃のアイゼ



 ムヅキの証言でコマ師→遊女→身請け→奴隷商人←半魔奴隷/人間奴隷→闇商人の流れをザックリと把握したアイゼ。


 ヤクトがフマフラーにビビッときたらしいことを知り、昨夜の蒼白となって泣きじゃくる姿の原因でもあることを理解するや、そのまま奴隷商館へ侵攻を開始した。


 ゆっくりとした歩みで湖畔を左回りで移動するアイゼの後ろには、仲間内だけでなく多くの人間たちが行列を作っている。


 ほとんどは怖いもの見たさの野次馬ばかりだが、悲壮感たっぷりに続く遊郭関係者は切実だった。


 殺気とともに質量を撒き散らす鉄血鬼に物申すわけにはいかないが、愛の無い身請けに応じてしまった遊女たちを気遣ったムヅキが口止めしていたコマ師たちの暗躍を知り、騒ぎの元凶と目される奴隷商人から無理やり損害賠償を求めるつもりで付いて来ていた。


「なんだ貴様……ら!?」


 昼時を過ぎ、たっぷりと時間を掛けて進む行列は野次馬をドンドン吸収し、騒ぎを聞きつけた文屋連中も合流して取材を始めたりしている。


 先頭を征くは地上10メートルに浮かび少年を抱きしめる少女。


「ひぃいいいい〜!」


 怒れるアイゼは実年齢からは考えられない女の鬼気を纏っており、玄関先でガンつけるだけが仕事のチンピラを退散させるには十分過ぎる迫力があった。


 ファンタスマゴリアの腕が玄関扉を手荒にノックして鉄粉を屋内へ侵入させ、廊下を埋め尽くす鉄の波が目当ての人間を呑み込んで屋外へと引きずり出した。


「アイゼンプルート・ドラントである」

「…………――痛ぁ!?」


 白目を剥いて気絶していた奴隷商人をキュっと絞めてチクっと刺して覚醒させると、再び名乗る。


「アイゼンプルート・ドラントである」

「キャアアアアア〜!」


 遊女のような叫び声を上げる初老の男に数多の視線が集中した。


「黒髪の半魔を売れ。代金としてコレを与える」


 以前ヤクトからプレゼントされた金鉱石を奴隷商人の腹に押し付け、鉄の腹巻きで固縛し無理やり受け取らせると、地べたでへたり込むチンピラに「連れてこい」と命じた。


 商談ではない。これは冗談でもない。


 命令を受けたチンピラはまるで隷属契約を交わした奴隷のように平屋へ走り、40秒ほどでフマフラーを連れて戻ってきた。


 ニコニコ笑う黒髪の半魔奴隷を目にした野次馬が騒つく。


「…………」


 敵を見る目でフマフラーを見下ろすアイゼはその髪色、その笑顔と順繰りに視線を移し、胸元に抱かれた赤ん坊を見つけると殺気を解いた。


「1人分……買い得だな。貴様、名は何という?」

「……」

「私はアイゼンプルート・ドラントという」

「……」

「名乗るか、赤子を渡して潰れるか。選べ」


 フマフラーは笑顔を崩さず、声も発さず、赤ん坊は手放さない。


 2分、5分、10分。


 無言の応酬が続き、30分以上の時が経過したところで――、


「ふぇ……ふぎゃあ! ほんぎゃ! ほんぎゃ!」


 眠りから覚めた赤ん坊が泣き始めてしまった。


 フマフラーは僅かにお包みを揺らしてあやしながらも、笑顔と無言は崩さない。


「……気に入った。お前がヤクトの奴隷となることを許す。ただし、契約内容は私が決める」


 アイゼは放心状態の奴隷商人を殴って活を入れ、隷属契約の主をヤクトに変更させた。


「ヤクト。最初の命令はお前に譲る。好きに命じろ」


 アイゼの剛腕に振り回されっぱなしのヤクトが何と命じるのか。


 珍しいことに、答えを出すまでかなりの間があった。


「………………………………僕の傍にいろ」


 やはり強い子だ。


 逃げずに恐怖へ挑み、乗り越えることで生き抜いてきた島でのやり方を変えるつもりは無いらしい。


 自分を恐怖させるものを敢えて近くに置いて克服と理解に努める。理解できれば自ずと恐怖は消えるのだと言っていたが、実践できる者はそう多くない。


 最近は理解できないものが多過ぎて定まらなかったようだが、フマフラーを通して見えた己れが恐怖の源だと気付いたらしい。


 この隷属契約は主従関係に非ず。


 ヤクトは奴隷を求めたわけでも半魔を欲したわけでもなく、自分を写す鏡としてフマフラーを選んだのだ。


 この出会いがヤクトの大いなる成長に繋がるものと期待したい。


「さて、どうするか……あぁ……私はなんてことをしてしまったんだ」

 

 勢いに任せてやってしまったアイゼが悩むのは遊郭の破壊についてではなく、契りを交わした人間を性的に魅了するという半魔の能力を如何にして封じるか――ただそれだけだった。



**********



 笑う『黒いの』と赤ん坊を伴い基地に戻ると、閣下に土下座するムヅキの姿があった。


 行列の中にはいなかったが、アイゼの強襲を受けてすぐに参じたようだ。

 

「昔、誰ぞかに土下座された覚えがあってのう。当時は意味がわからんので、こう言うてやったんじゃ」


 閣下は老体に見合わない暑苦しさを迸らせて、限界まで平伏するムヅキに辛辣な一言を放った。

 

「首ぃ落とせいうことかの~?」

「はい……慎んでお受けいたします」


 帝国の長過ぎる歴史の中で常に海軍と共にあって組織を牽引し、10年前までは世界最強と謳われた第四艦隊を率いるノーマン公爵家。


(猪武者、海獣番、脳筋一家。庁舎では色々と言われてたけど……)


 他と比べて明らかに強過ぎる老人が気になって調べてみたが、ブリエタース・ノーマンという男は船乗りなら知らぬ者がいないほどの海兵であり、将であり、大派閥を抱える貴族であり、また帝国法を定める立場にある元老院の元十賢者だった。


 文武両道の極みを絵に描いたような経歴を持ち、帝国の中でいち早く大英雄を見出し助けた慧眼の持ち主でもある。


 一族は海陸の別なく大陸人魔戦線の勝利に大きく貢献したというし、一線を退いたとはいえその気は衰えを感じさせず、翁の丹田は暑苦しいほどよく回っていた。


(そんな男に土下座なんか……)


 ムヅキもわかっているのだろう。これは許しを得るための土下座ではなく、首を差し出して介錯を願い出ているのだと思う。


「ヤクトを見誤ったの。此奴は強過ぎるし聡過ぎるし、なんかもうアレな奴じゃが……まだ童じゃ」

「このような時節に取り返しの付かないご迷惑をお掛けしました。かくなる上は、この一命をお役立ていただきたく存じます」


 アレとはどういう意味か気になるところだが、僕の方がおかしいらしいことはわかったので文句も言えない。


 ムヅキは騒動の責任を取ろうとしているし、アイゼに迫られた僕も思わずムヅキの名前を出してしまったが――、


(遊郭を壊したのはアイゼ……だよな?)


 僕を見誤ったというよくわからない理由でムヅキが悪者になっている状況を疑問に思い、アイゼを見ると――、


「接触禁止……いやそれだと、いざとなったら助けることも……では性行為厳禁……いやそれは当たり前だろ……問題はどこまでならOK……いやどこまでもダメだけども……唾液に媚薬成分は含まれるのか……? よし……面倒だからティタンに全部調べさせよう」


 アイゼは全然違うことを考えていたようで、何やらブツブツ言っていた。


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