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第二〇話 閣下の依頼



 僕は閣下に呼び出されて執務室に来ていた。


「なんだ? 僕は出勤しなきゃいけない」

「ムヅキにはわしからも言うとくが、1つ頼まれてくれんかの?」

 

 ムヅキから追加で頼まれた仕事もあるので暇ではないのだが、閣下の頼みとあれば断るはずもない。むしろ最優先でこなせと命じられるだろう。


「こき使われとるようで何よりじゃ。この状況下、遊郭まで荒れてもらっては困るでのう」


 空路の封鎖と商船の監視強化が長引いているせいで、商業港地区には平時の活気が無くなっていた。


 物流が滞って倉庫街にも閑古鳥が鳴いており、職にあぶれた日雇いの人足たちが行政地区に詰めかけている。


「遊郭も客足が落ちてるぞ。その異端審問官ってのはちゃんと仕事してるのか?」

「彼奴らの動きはわしらにもわからん。情報部も詳しい情報を出し惜しみしよるからのう」


 執務室にはアユーの姿もあった。最近は閣下を手伝って動いていたらしいが、細かいことは教えてくれなかったのだ。


 僕を睨んで何やら怒っている様子だが、まったく心当たりが無い。


「困ったもんじゃが、ヤクトに頼みたいのはより現実的な懸念への対応に関してなんじゃ」

「現実的な懸念? 艦隊の仕事か?」

「本国の意向は脇に置いても、周辺海域の安全を守ることは我ら駐留艦隊の使命じゃ。中継島に海軍力は無いからのう」


 この基地の艦隊は帝国海軍第三艦隊の一部戦力を割いて置かれており、駐在大使は艦隊司令から駐留艦隊の指揮権を委任されている。


 その大目標は中継島の治安維持であり、海賊や海獣の被害から一般商船を護ることにある。


「護ると言うても外敵からだけではない。商業港と西沖合の錨地の現状。これは非常に危険なものじゃ」

「帝国のせいじゃないか。原因はテロリストだろうが取り逃したのは帝国だろ」

「じゃから言うとるじゃろ。本国の意向は脇に置いて、わしらで独自にやるべきことがある」


 そのために閣下は自治部会が知っているであろう()()()()()を欲していると言う。


「中継島自治部会が発信する気象予報じゃ」

「発信するなら要らないじゃないか」

「日にたったの1回じゃぞ? 毎日正午に更新されとるが、いざ潮目が変わってから即時全船を退避させることなどできん」

「そうだな。無理だ」

「さらにあの混み具合じゃと、予報が少し外れただけで大惨事になりかねん。自治部会は不透明でわからん点も多い」


 西岸に屯している多数の船舶の安全のために、向こう1ヶ月の気象予報と、その確実性の裏付けが欲しいのだそうだ。


 不思議なことに、自治部会の予報は外れたことが無い。


 これは公式記録の上だけでの話だが、なんと過去3千年間に渡ってただの1度も無いらしい。


「どう考えてもおかしいんじゃ。中継島の歴史を調べ尽くしても、自治部会の発足以前から延々と続いておることしかわからん。いくら探りを入れても実態が掴めんのじゃ」


 トティアスの海をほぼ知り尽くしていると豪語する閣下ですら、時には外すこともある海の変化をピタリと当て続けるのだから、中継島には独自の気象観測および解析方法があるはずだと言うのだ。


「それを僕にどうしろって?」

「知っておる者から情報を仕入れてまいれ。海兵が動くと目立つ故、アユーに庁舎の内偵をやってもらっておったが……これ以上は難しいようじゃ」

「申し訳ありません。予報官を辿ってもよくわかりませんでした」

「成功した暁には2人とも褒美をたんまりと取らす。金でも良いが、何なら学園へ推薦状を書いてやってもよい。ブラフマ男爵家の倅が是非にと言うておったでな」


 閣下の褒美についてアイゼに尋ねたところ、絶対に推薦入学をもぎ取れと言う。王侯貴族の学生は従者の帯同を認められているが、従者用の宿舎は学生寮とは別になっていて、待遇にも雲泥の差があるらしい。


「推薦入学でしかも私の従者……あぁ……ってことは女装させれば同室も認められるかも」

「アイゼ。涎がスゴいぞ」


 フェイスベールの下からポタポタ滴り、首すじから胸を伝って谷間へと落ちていく唾液は夥しい量だった。


 何事かと思えば、学生寮の食堂はビュッフェスタイルでメニューは抱負。会場にもよるが、かなりの美味なのだとか。


「そ、そうだ! 食べ物が美味しいんだ! 思わず涎も出るほどにな!」

「ビュッフェって何だ?」

「大英雄の考案された食事形式のことだ。各自が好きなものを好きなだけ皿に盛って食べることができる。しかも食べ放題だ」

「食べ……放題!? 際限なく食べられると言うことか!?」

「そ、そうだな。お腹がいっぱいになるまで食べていいんだ」


 何ということか。学園に入学するだけで働かずとも生き物の本懐が遂げられる。


 ちなみに従者の食事はと言えば、主人がビュッフェでタッパーに入れたものを与えられるのが一般的だとか。学生は無料らしいが、持ち帰り用のタッパーは1人1つまでと決まっている。


「アユー! 行くぞぉ!」

「まったく……浅ましいものですね」

「アユー……! ちょっとこっち来い……! お前も男装すれば……ほれ……なぁ?」

「アイゼ様……? そんな事が可能なのですか……?」

「何やってんだ! 早く来い!」


 アイゼとゴニョゴニョやっているアユーの尻を叩いて急かした。座禅を組むハリッシュの胡乱な視線を感じるが、今の僕にとって大切なことはビュッフェの権利を得ることだけだ。


「さっさとしろ! 予報官って何処にいる!?」

「気象予報の出所! 必ずや手に入れて参ります!」

 

 急にやる気を出したアユーと共に基地を飛び出し、行政地区を目指して駆け出した。


 アユーが居るので今日の出勤は無し。遊郭を迂回し周辺家屋の屋根を伝って走る。身軽なアユーは歩法も上達しており、僕の移動速度にも楽に付いて来ていた。


「予報官ってどんな奴だ?」

「何と言いますか……閑職の役人です。いわゆる出世街道から外れた負け犬です」

「なんだそれ?」


 アユーの見立てでは平凡な中年男らしい。


 朝から夕方まで庁舎1階の壁際の席で暇そうにしており、必ず定時に帰宅する。ただし、昼時には皆が昼食へ向かう中、1人だけ別室へ消えて帰って来ない。


「部長とかいう奴は最上階に居たぞ。1階には受付しか無いだろ?」

「受付奥のパーテーションのさらに奥の席でポツンと座っているのです」


 毎日正午に文伝で最新の気象予報が発せられていることから見て、昼休憩の時間帯は通信室へ篭っていると推察されるが、さすがに中で何が行われているかまではわからない。

 

「特殊な知識を持ってるんじゃないのか?」

「予報官ですから……当然そのはずです。閣下がおっしゃるには相当な有識者……のはずです」


 気象海象を正確に読み切るにはかなりの経験と、何より膨大な観測データの蓄積が不可欠だとトティアス最高の船乗りとして名を馳せた閣下は断言した。


 となれば予報官という仕事は相当な激務のはずであり、中継島の近海域だけとは言え、精緻極まる気象予報の重要性は計り知れないのだから、その地位も責任に見合うものであるべきだ。


「ところが、受付嬢にすら小馬鹿にされる始末です」

「……どうなってんだ?」


 しかも、自治部会という組織の中で予報に携わっている人間はその男しか居ないのだと言う。


 他に情報源が無いなら仕方ない。


 その日、僕とアユーは予報官に張り付いてみたが、男の仕事ぶりは呆れるほど呑気なものだった。


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