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第十八話 黒いの



 何度も忍び込んで勝手知ったる商館の廊下を進み、コマ師を迎えた応接室へ通された。


 中では奴隷商人の男が仏頂面で待っており、ソファーに座ったまま顎をしゃくって着席を促す。


「ようこそ我が商館へ」


 まったく歓迎の意思を感じられない声音で迎えられたのはムヅキとスヴェン。僕と『黒いの』には目もくれないかと思えば、結構気にしている。


「そこの若衆が噂の小鬼ですかな?」

「小鬼? はて、何のことざんしょ? アレはわっちのオモチャでありんすえ?」


 ムヅキのセリフに苦虫を噛み潰したような顔をして息を吐いた奴隷商人は、続けてスヴェンを睨み付けた。

 

「おい貴様……よくもまた顔を出せたな」

「え? 私ですか? 初めましてスヴェンと申します。どこかでお会いしていたらすみません。人の顔を覚えるのが苦手でして。はははっ」

「……ふざけているのか? だったら早々に帰れ」

「おや? おやおやおや? 半魔奴隷が欲しくないとおっしゃる?」


 スヴェンが大袈裟にパンと手を叩いた。


 奴隷商人の意識が集中したところで気配を消し、無音歩法で背後へ回ると――、


「おい。遊女を返せ」

「――ひっ」


 打ち合わせ通りに動いた。


 壁際に立っていた厳つい男たちがドサドサ倒れる。ただの眠りのツボ押しだ。


 これで十分な脅しになるらしいが、ウィンウィンウィンとは何だったのかわからなくなる。

 

「わ、我が商館は自治部会とも付き合いのある老舗だぞ!? こんな事をしてただで済むと思っておるまいな!」

「あの部長さんがコマ師の元締めなんでありんすか? それは困りんした。遊郭を出禁になるかもしりんせん。永遠に」


 ムヅキの背後に閣下を幻視している奴隷商人は自分も同等の大物を持ち出して、裏目に出たことを知る。


 脳内では帝国大使館と中継島自治部会の一触即発が巻き起こっているだろう。


 その場合、真っ先に切り捨てられるコマ師たちと、芋づる式に引きずり出される自分の姿を想像しているのだ。


「ギリギリ奴隷法に抵触するかなぁ。どうかなぁ。私は微妙なところだと思います」

「貴様が言えたことか! この闇商人め!」

「闇だなんて人聞きの悪い。ギリギリ夕暮れ一歩手前ですよ。とはいえ、私もスネに傷はありますから貴方の気持ちはわかります」


 ムヅキが味方に付いた時点で勝敗は決している。やはりウィンウィンウィンなどあり得ないのだ。


(ムヅキに気を使って当然か)

 

 ただ、奴隷商人はブマフマ男爵のようにゼロサム詐欺に引っ掛かったわけではない。かろうじて商談の延長であるという点ではまだ救いがある。

 

「……100人は無理だ」

「はははっ……ご冗談を」

「本当に無理だ!」

「いえいえ。私の船に100人も乗りませんから」

「……」

「50人が限界かなぁ。ただし、質は吟味します」


 絶妙な情けなさを発揮して交渉の余地を匂わせ、空気が弛んだところで半値を告げて、すかさず厳しめの条件を追加する。


「あと、遊女の皆さんは奴隷じゃないですよね?」

「アレらの証券も我がものだ。決まっておろう」

「証券の違法性のお話です」

「何も知らぬ。売りに来たから買っただけだ」


 遊女たちを50人の中に含めるか否かが争点になった。スヴェンがそのように誘導した。


(50人を選ばせたらダメだろ。コイツの負けだな)


 最も重要な条件がなし崩しに決まったようなものだ。悪どい商売は手段がバレると弱い。


 悪どさで言えばスヴェンも相当なものだと思うが、奴隷商人の方は詳しい情報を持っていないと見える。闇商人だと当たりはつけられても、同じように脅迫できるだけのネタが無いのだ。

 

「むぅ。なかなか交渉上手ですね」

「ふん……根無し草の若造が」


 スヴェンもそんな事はわかっていて、奴隷商人を持ち上げ謙遜しつつ、貼り付けたような笑顔で内心を隠している。


「私の商品は本当にスゴいのです。たぶん世界に1匹だけでしょう」

「これはまた……大きく出たものだな」


 それがスヴェンの自信の源だ。


 弱みを握っている、ムヅキを味方に付けている、僕という牙もある。


 しかし、それらはオマケに過ぎず、商人の武器はあくまでも商品。

 

「遊女を全員オマケしてくれたら譲ります」

「50人でも法外だ。人間はそこまで安くない」

「安いですよ。アレに比べれば」


 スヴェンが意味ありげに『黒いの』を見やると、奴隷商人も吊られて視線を向けた。


「……その肌の薄紫は間違いなく半魔だろう」


 ニコニコ笑う濡れ鼠は目元しか見えないが、さすがに中継島で1、2を争う大手奴隷商の主。その目利きは確かなようだ。


「だが、たとえ魔血持ちだとしても、せいぜい人間奴隷20人分だ。欲を掻きすぎると寿命が縮むぞ」

「最後のは大いに同意します。昨日は欲を掻いた暴漢に襲われましてねぇ。全員返り討ちにしてやりました。はははっ」


 そもそも、この奴隷商人は昨日も『黒いの』を売り込まれている。割に合わないと見て買わなかったわけだが、ならばと強引な手に打って出たのだから半魔は欲しいに違いない。


「遊女を含めて50人。さらに、全員に守秘義務契約を交わしてもらう。それが条件だ」

「そんな枷は要りんせん。魔法的な契約なぞ邪魔なだけざんす」

「ムヅキ姉さんのご意向を叶えることは私が提供すべき最大のサービスです。ここは譲れませんねぇ」


 奴隷商人が黙り込んだ。


 どれほど優位に交渉を進めたとしても、隷属契約の主であるこの男が自発的に応じなければ譲渡には至らない。


 自発的にならざるを得ないようにすることもできるが、この場にムヅキが居る以上、僕がそこまでしてやる必要は無いだろう。

 

「黒いの。フードを外せ」


 スヴェンが切り札を切った。


 ぶかぶかの袖がフードの端を摘んで押し上げると、『黒いの』の()()()たる所以が露わになる。


「……バカにするのも大概にしろ」

「やっぱり染めてると思いますよねぇ。わかります。私も始めはそう思いましたから」


 ウェーブの掛かった長い髪は見事な漆黒だった。


 世界中で黒染めが流行っている理由――黒は魔人に無い色だから。


 すなわち、半魔にも黒髪の個体はいないはずだ。


 ブリーダーが半ば人工的に生み出したとしても、黒髪の遺伝子はタミアラ人の末裔か、あるいは大英雄の子らにしか無いらしい。


 師匠も黒髪だったから僕は気にしていなかったが、非常に稀少な身体的特徴なのだ。


「あり得ない! タミアラ自治区は帝国の庇護下にある! 大英雄の子など……尚のこと手出しできるものか!」

「私も詳しい背景は知りません。たまたま手に入った珍品ですが、手放すなら中継島を置いて他に無いでしょう?」


 真っ当に売れば必ず出所を探られるだろう。スヴェンの立場でその危険は冒せない。


 蛇の道は蛇ということで、裏のルートを持つ奴隷商に卸すしかなかった。これはスヴェンの弱みだったろうが、今となっては付け込む隙になり得ない。

 

「……毛髪を寄越せ」

「ご随意にどうぞ」


 奴隷商人は『黒いの』の髪の毛を数本採取して別室へ向かい、1時間後に戻ってくるとスヴェンの条件をすべて受け入れた。


 50人の人間奴隷に、騙された遊女たちを加えて、笑う半魔奴隷『黒いの』との交換が合意されたのだ。


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