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第十七話 半魔の身体能力



 ムヅキに全部話した。


 ひょっとすると僕よりこの女の方が鋭いかもしれないし、スヴェンの言うことを聞く必要はないと思ったからだ。


「正解ざんす。よう話してくれんした」

「どうする?」


 今度の相手は奴隷を更なる家畜へと堕とす連中に繋がりがある。コマ師なんぞより余程厄介な存在――闇商人と呼ぶらしい。


「この島では珍しくもありんせんが、面倒ごとは御免ざんす」

「閣下に相談するか?」

「こはばからしゅうありんす。お立場のあるお方に余計なしがらみは無用……わっちんトコで止めましか」


 口外するなということだろうが、時が経てば遊女たちの売られる危険は増すばかり。ムヅキは状況を鑑み、スヴェンの提案に乗ることに決めた。


「手持ちの半魔奴隷を複数の人間奴隷と交換するのでありんしたね?」

「できるだけ多くだ。交渉は任せろと言ってた」

「その商談。わっちも行きまし」

「わかった」


 ムヅキならそう言い出すような気がしていた。


 遊女たちが遊郭より酷い地獄へ落ちるか否かの瀬戸際にあって、この女が黙って見ていられるはずがない。


 檻に入れられている奴隷たちの様を見てきた僕としては、正直言ってどうでもいい。


 気を張って生きることをやめた時点で死んだも同じ。他の食い物になるのは当たり前のことだからだ。


(……産まれたのか?)

 

 ふと、先日訪ねた際に破水していた妊婦のことを思い出した。


 あの女は遊女ではないし、僕もビビッとこないし、あんな環境で出産に耐えられるとも思えない。


 他の連中とは少し違うが、気を張って生きてもダメな時は死ぬ。人間はそれを他人事と呼ぶ。


 僕にとっても、ムヅキにとっても同じこと。


 あの女は誰からも好かれていないのだ。



**********



 翌日、ムヅキと共にスヴェン号が着く桟橋までやってきた。


 約束の正午には『黒いの』を伴ったスヴェンが待ち構えていて、ご丁寧に西湖岸までの足として馬車まで用意している。


「いやいやいや! ようこそおいでくださいました!」

「お初にお目にかかりまし。ムヅキざんす」

「もちろん存じております。ムヅキ姉さんのお噂は方々から聞こえてきますからねぇ」


 やけに腰の低いスヴェンはムヅキにペコペコ頭を下げて馬車へと誘う。昨日は終始歩きだったのにどういう風の吹き回しか。


「あいや失礼を。私はスヴェンと申します。詳しいお話は移動しながらでよろしいでしょうか?」

「よかざんす」


 馬車が走り出し、同時に『黒いの』も走り出した。川辺に入り速度を上げた馬車にも楽々付いてくるほどの健脚だ。


「ムヅキ。ソイツは弱いがアイツは強い」

「なら主さんも駆けなんし。横槍が入らんとも限りんせん」


 車内でムヅキを守るより車外から馬車を衛る方がやり易い。今回、ウーマはいないが、湖までなら馬と並走もできる。


 半魔の身体能力をこの目で見ておきたかった。


 僕は馬車から飛び降りて駆け出し、フードを押さえながら笑って走る『黒いの』の背後に回って追走する。


(……すごい。全然本気じゃない)


 極端に軽い足音は澱みなく、独特だが呼吸法も使っている。


 地面を蹴る際に聞こえる筋肉と骨の音から膂力を逆算してみたが読み切れなかった。


(軽い。とにかく軽い)


 一歩の幅が異常に大きい。動きから腰の位置がかなり高いことはわかるが、それを加味しても人間とは体の使い方から異なっている。


 おそらくだが、見た目の体格からは考えられないほど体重が軽いのだ。


 これ以上は詳しく調べなければわからない。肉や骨、魔血を採取できれば何かわかるかもしれないが、この女を敵に回してまで得るべき情報とも思えなかった。


(並の人間じゃ無理だ)


 まともに戦っても相手にならないだろう。


 魔法や魔堰を駆使すれば結果は違うのだろうが、戦いを旨とする兵隊ですら魔法の使いどころをわかっていないのだから、1対1では及ぶべくもない。


 ましてや無力化して捕らえることなどできるのだろうか。逃げられない状況にした上で、多勢で囲めば何とかなるか。


 スヴェンの命令に従うということは、『黒いの』は口を利かないまでも人語を理解している。


 つまり人間並の知能があり、教育を受ければ総合的に人を上回る生き物となり得るということだ。


(人間よりは手強いだろうけど……)


 とはいえ、僕にはその区別がイマイチわからない。


 人間にも個体差は様々にあり、半魔シャチなどと比べると『黒いの』は明らかに人間だ。


 犬猫の耳や尻尾が生えていたり、猛獣の爪牙を持っていようと僕には半魔が人間に見える。


(ニホン国は滅ぼそうとしてるんだったか……何のために?)


 滅ぼす理由がわからない。


 半魔と交われば子供は自分よりも確実に強い個体として産まれる。生き物として願ったり叶ったりではないのか。


 ツノが立派、毛並みが良い、体躯が大きい、睾丸が大きいなど、獣にも強さの目安は色々とある。


 人間の女が男を選ぶ目安は何なのだろう。何となく単純な強さではない気もするが――、


(はっ!? そういえばアイゼは……!)


 僕のナニを触りたがっていた。つまり、女の目安はソコにあるということ。


 アイゼが何をしたかったのか理解して、僕はようやく納得できた。


(やっぱり……大きい方がいいのか?)


 帰ったらティタンやハリッシュのものと比べてみよう。



**********



 湖を渡り、奴隷市場にやってきた。


「くそっ! 負けた!」

「半魔と競ってどうするでありんす……」


 スヴェンに頼んで本気を出すよう『黒いの』に命令してもらい、奴隷市場の手前まで競走してみた。

 

 結果は僕の負け。僅差で負けた。僅差である。


「ヤクト君はホントに人間かい?」

「というか、わっちの護衛は……まぁいいざんす」


 徒競走はいい勝負だった。だが水泳は惨敗。途中から諦めて水上歩法で走ったが、『黒いの』は速すぎた。


「お前! 水中で息してるだろ!」

「ヤクト君〜! 行くよ〜!」


 こんなに抵抗の大きそうな服を着たままで僕の水上歩法より速く、しかも一切浮上することなく湖を泳ぎ切ったのだ。


 水中から聞こえる呼吸音もガラリと変わった。人間からは発しない音だった。


「どうなってるか見せろ!」

「ちょっと!? やめてくれ! 私の商品に何するんだ!」

「なら脱げって命令しろ! この女フワフワしてて読みづらい!」

「よしなんし! この七夕がぁ!」


 水を滴らせ呼吸を荒くしながらも『黒いの』は変わらずニコニコと笑っていた。


 この笑顔が最も理解できない。


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